それは私が中学生の頃だった。
私は自己不信と、人間恐怖症とに陥っていた。
理由は…今となってはどうでもいい。
「自分なんか、存在しなければ良かった!」
誰しもが一度は思う、自己否定。
私も同じような経験をしている。
自己否定の極の自殺を行えなかったのは、
「死」への恐怖に打ち勝てなかっただけ。
もし、自分が死ぬだけの勇気をもてたのなら、
おそらく、もっと楽に生きられたのかもしれない。
逆説ではなく、本心からそう思う。
死ぬ気でもっと色々とやっていたら、その時の自分はきっといない。
死ぬことも出来ず、さりとて、生きることをも拒否をする私。
仙人のように霞のみを食べ生きられたらと望んだこともある。
だけど、私は人間だ。しかも、凡人だ。
そんなことは死ぬより難しい。
ならどうするか。
幼い私は、単純な答えを出した。
「生きた痕跡を残さないこと」
それは、自分とわかるものをなるべく残さないようにすることだった。
後々残るもの。日記、写真、手紙…を。
今思えばなんてバカなことをと思う。
でも、その時の自分は、真剣だった。
「無になりたい…」そんな叶えられない願いを思いながら、
自分が生きたという痕跡を残すことを拒否したのだった。
写真を拒否するのには、けっこう努力が必要だった。
なぜなら、家族が写真を撮ろうとする時、不機嫌な顔をしても、
無理矢理、「記念なんだから!」と、横を向く私の姿を写された。
その「記念」が嫌だということは、もちろん家族には説明しない。
自分がこうなったのは両親のせいではないから。
自分のせい。自分が悪い。自分でこの状況を生み出した。
放任主義と、仕事が忙しく、ほとんど家にいることがなく、
まともに会話を持つことすらなかった両親に、今更、なにを求めようか。
助けてもらいたいとは思わなかった。
ただ、今の自分のすることの邪魔をして欲しくなかった。
-------------------------------------------------------
「何を書いているの?」
「うげ!」
机の上でレポート用紙に向かって書いていた私に、
背後から首をしめるように腕を回された。
いきなりなのと、苦しかったので、声にもならない声をあげる。
「バンバン」と机をたたき、「ギブ」の意思表示をする。
「ごほっ、ごほ!!おい、市子!あんた私を殺す気?」
「あれ、死にたくなかったっけ?」
「うっ、また昔の話を…」
「で、なにを書いているのかな?」
「自分のことだよ」
あれから何年も時を経た。
私は大学に通っている。
今、一緒にいる市子は、
寮のルームメートであり、親友であり…恋人でもある。
最初はすべてを拒否していた私の凍った心を、
ゆっくりと溶かしていってくれた。
唯一、私のすべてをさらけ出せる人。
そう、彼女は私のすべてを知っている。
人間不信だったこと。
自己否定ばかりしていたこと。
誰とも上手く付き合えなかったこと。
周りを傷つけてばかりいたこと。
ずっと、死の願望を抱いていたこと…。
彼女は教えてくれた。
時は一人で過ごすものじゃないと。
---------------------------------------------
「寺田さん、よく言うでしょ?
人って言う字は、二人の人間が寄り添った形なんだよ。
人は一人じゃ生きられないんだよ」
ルームメイトでありながら、何も話さない私に、
彼女は、こんなことをある日言ってきた。
机に向かい、宿題をしている私に。
それは突然のことだった。
「生きたくないのに、生きている人も?」
今考えると、そう返事をしたことすら不思議だ。
…心のどこかで市子に何かを感じていたのだろうか。
「もちろん。そういう人こそ、人であるべきじゃない?」
「…」
「あっ、一緒にいられる人がいないとか?大丈夫よ。寺田さんには私がいるもの!」
「!?」
目を見開き、口をポカーンと開けている私をみて、
市子は、私に近づくと、抱擁してくれた。
「今まで一人だったんでしょ?これからは私がいてあげる」
冗談だとおもった。でも、それが本気だったら…。
頭の中が半錯乱状態になりつつあった私は、
とにかく、市子を振り払おうとした。
…そうしたら、市子は逆に力を入れて、私を離すまいとした。
「寺田さん、信じて。私を信じて」
市子の必死に訴えかける声が私の心の中に入ってきた。
「信じるなんて。裏切られるのがおちだよ…」
「私、裏切らない。あなたが私を裏切っても、私はあなたを裏切らない」
「…なんでそんなことが言えるの?」
「なんで?理由が要るの?」
「…」
「好きになった人に告白するのに、理由が必要?」
「…」
「冗談でも、嘘でも、建前でも、なんでもないわよ。私の、本当の気持ち」
力が入らなくなっている私を、
市子は体全体で包み込むような形をとった。
「守ってあげる…」そんな市子の気持ちを表しているかのようだった。
---------------------------------------------------
「あれ、どうしたの、物思い顔になっちゃって?」
「いやね、市子と激しくやりあってた頃をフト思い出してね」
苦笑しながら、思い出したことを伝えた。
「そうだったね、寮母さんが、『二人、そんなに仲が悪いなら、部屋を替えましょうか?』って心配してくれたんだっけ」
そう、初めからすんなり上手くいったわけではなかった。
上手く行くための過程を踏んでいたに過ぎないのだけれど。
「毎日だったもんね、口ゲンカ」
「でも、あれがなければ、輪子は心を開いてくれようとしなかったでしょ?」
「感謝してる…今はね」
「じゃぁ、その時は?」
「ものすごく迷惑。腹が立ってた。顔も見たくなかった」
「私は、逆だったのにね」
「そうなの?」
「うん。もっと、怒って欲しかった。もっと、色んな表情を見せて欲しかった。もっと話して欲しかった」
と、あっさり言われて、私は、顔が赤くなるのを感じた。
思わず、片手が後頭部をかいている。
「で、なんて書いたの?」
「読んでいいよ」
「あっ、今回は写真嫌いの事を書いてたんだ。今でも嫌いだもんね」
「しょうがないよ。そんなに簡単にはなおらないって。でも…」
そういって、机の上に置いてあるフォトスタンドに目をやる。
「市子となら残したい。自分がこの場に確かにいるという証拠を…」
---------------------------------------------------------
写真。
今の私にとっては、大切な人との大切な時間を大切にする為のもの。
今まで写真を撮ってこなかったことに、後悔はない。
これからの自分を写真で残せればそれで十分。
ねっ、市子。
あとがき
オリジナル小説に戻る トップに戻る