「蓉子さん、白薔薇の蕾さまにどなたか意中の方がいらっしゃるか御存知ではなくて?」

昼休みのひととき。
すでに皆お昼ご飯は終っていて、
それぞれ思い思いの時を過ごしている。
私は自分の席で読みかけの小説を読んでいた。

つい本に熱中してしまい、
いつの間にかに自分の前に人が立っていたことに気がついていなかった。
声だけで、目の前に立つ人物が誰かは察しがついた。
キリの良い所まで読み終えると、本に栞をはさみ、
その人物の問いに答えた。

「それを私にお聞きになるのは筋違いでなくて?」

色々な意味で筋違いも甚だしい問いである。
確かに私は紅薔薇の蕾の妹になり、
他の方々よりは薔薇ファミリーの事は詳しいと思われるのは当然の事

でも、紅薔薇に白薔薇の事を聞くことがまず一つ。
それに、白薔薇の蕾ご本人に質問をしないで、
私に尋ねることがもう一つ。
なにより、誰がどなたの妹になろうと、それは当事者間の問題であり、
仮にそれが全校生徒の注目が集まる薔薇ファミリーであったとしても、
それに首を突っ込むようなマネはすべきでないはず。

「もちろんそれは重々承知しています。
ただ、最近白薔薇の蕾がある方に申し込みをしようとしているとの噂が出ているのだけれど、
それだけですと新聞部として記事にすることができないので、もしどなたかがわかるようでしたらと思い」

「お聞きになる方を間違えているわよ。
私がそれを知っていたとしても、話すと思っていて?」

「えっ、いえ、そうは思いませんが、
もしご存知ならせめてどんな方か・・・」

「ご存知なくてよ。あの方はご自分の事はお話にならないから」

「そうですか・・・お邪魔しましたわ、失礼」




白薔薇の蕾、とても明るく、話題も豊富なあの方だけれど、
なぜか自分の事はお話にならない。

新学期そうそうに紅と黄の蕾には妹ができていて、
残りは白ばかり。でも、だからといって急いで妹を作るような方とも思えないし、
ご本人も「ま、縁ですからね、姉妹なんて」と言っていらしたし。

私の姉である紅薔薇の蕾とある意味対照的である。





入学式を終えたばかりでその余韻もまだ残るある日のこと。
教室の前で顔見知りの人物が立っていた。

顔見知りだからと言って、知り合いとは限らない。
実際の所、その方と話したことはおろか、
お互いの存在を意識し合ったこともない。

山百合会主催の歓迎会。
その会で私におメデイを胸に着けてくれた方の脇にいた方。
紅薔薇の蕾・・・そう呼ばれているお方。
学園で知らない人は誰もいない山百合会のメンバーのお一人。

そんな方が1年生の教室の前にお一人で立っていることに違和感を感じたけれど、
何か用事があってと気にもとめずに教室の中へと私は歩いていこうとした。

「お待ちになって」

私に用があるとは考えていなかったから、
そのまま軽く会釈だけをその方にしてから教室内に入ろうとすると、
紅薔薇の蕾は私に声を掛けてきた。

「ごきげんよう。水野蓉子さんね、はじめまして」

「ごきげんよう、紅薔薇の蕾」

「あら、私のことをご存知なの?なら話が早いわ
あなたにお願いしたいことがあるの。少し付き合っていただける?」

「少しでしたら」



「単刀直入に言うわね。蓉子さん、あなた山百合会に入らない?」

「?」

「他の言い方をすれば、私の妹になってとも言えるかしら?」

「はぁ」

「山百合会にあなたは必要な人材よ。どう?この申し出受けていただけて?」

「紅薔薇の蕾、山百合会は私という存在を必要としているから妹になれというのですか?」

「そうよ」

「なぜ私が必要だと言い切れるのですか?」

「入学式の時に代表だったこと、クラス委員を勤めていたこと、世話好きで面倒見がとても良い事。
あなたみたいな人が山百合会に入らないのは罪だと思わなくて?」

「私の意思はどうなるのですか?」

「強制はしなくてよ。私はあなたが山百合会に必要だと思ったから自分の妹にしたいと思ったの。
だって、自分が楽できるじゃない?できる子を妹にできたら」

悪びれる事もなく淡々と話すそのお姿を見て、
その物言いに何の打算もないことを感じた。
この方は単純に水野蓉子という存在を認めてくれて、
自分の傍に置いておきたい、そう考えているとストレートに言ってくれているのだ。

中等部からリリアンに編入して、高等部にスール制度があるのはもちろん知っていた。
でも、なぜか自分が姉を持つことに対して、憧れはもてなかったし、
山百合会を高嶺の花と思う以前に、特に気になる存在とも考えていなかったから。

そんな自分にいきなり薔薇の蕾の一人から山百合会が自分を必要としているから妹になってくれと言われるなんて、
誘われるかもしれないと思っていたとしても、考えもつかない申し出だった。

「私で力になれるのでしょうか」

「それは私次第でしょうね」

紅薔薇の蕾は私の姉として過不足のない方だと思えた。
全体のことを考えながらも、しっかりと目の前のことも見てくれる方。
そんな方を姉に持つことに何の不安があることか。

「・・・わかりました、申し出ありがたくお受けします」



続く


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