珍しく、祐巳と志摩子が、薔薇の館で二人きりになった。
当然同じクラスなのだから、教室や、一緒にお昼を一緒にすると、
二人きりになることはあるが、この場所では、あまりなかった。

「志摩子さん、ほんと…ごめん!」
「あら?祐巳さん、何のことをいってらっしゃるの?」
「えっと、白薔薇さまとのこと…」
「お姉さまと祐巳さん、別になにかありまして?」
「あ、あの、さっきの場面見て、何も感じなかった?」
「先ほど?ああ、あのこと?」

それはつい先刻のことだった。
掃除を終え、日誌を担任に渡してから、
薔薇の館に向かう。ゆっくりと、階段を上り、
誰かに開けてもらうのを待つかのように存在する、
ビスケット色の扉を開ける。

目に入ってきたのは、
お姉さまである白薔薇さまに抱きすくめられて戸惑っている、
級友の祐巳さんの姿であった。
「あっ、志摩子、紅茶入っているよ」
まるで何ごともないかのように、いつもと同じお姉さま。
対照的に、祐巳さんは、いたずらがばれてしまって
言い訳を一生懸命考えている子供のように戸惑っている。
「ごきげんよう、お姉さま、祐巳さん」
私は特になにを思うこともなく、お姉さまの隣の席に座った。

祐巳さんのいう、「さっきの場面」とは、そのことであろう。
私自身は、特に気にしていなかったが、
祐巳さんのほうは、「見られた」ことに対して、
私に対して申し訳ないという気持ちがあるようだ。

「祐巳さん、私はあなたにはなれないもの」
「…どういうこと?」
「祐巳さんが、私の代わりになれないように、
私も、祐巳さんの代わりにはなれないの」
「まだ、わからないんだけど?」
真剣に考えている祐巳の姿を見て、
志摩子は、微笑みながら、続きを話し始める。

「ごめんなさいね。お姉さまが祐巳さんをかまうのが、
祐巳さんには重荷のようね」
「そ、そんなことはないんだけど…」
顔を赤くして俯く祐巳。
「でも、祐巳さんだけよ。お姉さまが可愛がるのは」
「あれが、可愛がっているの?」
「私では無理なの」
「えっ?」
「鏡は鏡。そこに存在さえすればいいのよ。
だから祐巳さん。もしご迷惑でなければ、
お姉さまの悪ふざけにも付き合ってあげてくださいね」
「そんな、悪ふざけだなんて。…でも、志摩子さん、それでいいの?」
「いいのよ、私たちはそれで」

そこまで話をするのを待っていたかのように、
令さまと、祥子さまがお揃いで部屋に入ってこられた。
それを機に、二人の会話は、終了した。


そのまま会話が続いていたら、志摩子は祐巳に伝えたかった。

「私も、お姉さまも、互いを写す鏡のようなもの。
存在さえすれば、互いの必要性を感じられるの。
でも、鏡だから、相手の考えていることも、はっきりとわかるの。
今のお姉さまには、祐巳さんが必要。
私が、祐巳さんを必要としているように…」

言うことが出来なかったのは、それがきっと最善だからと思う。
だから、そっと、胸のポケットに、しまっておくことにする。
志摩子が抱いた、祐巳への淡い思いを。

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あとがき

何も言うことはありません。私の中の志摩子がこう考えていました。
私は、それを書いただけです。はい。
2001.07.19

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