大学通用口の近くで雨宿りをしていると、
ブルーの傘をさしてうつむきがちないつもと違う祐巳ちゃんの姿を見つけた。
(おや?どうしたんだろう?祥子のことで何かあったのかな?)
「祐巳ちゃん」
 そう呼びかけると、呼ばれた相手である祐巳ちゃんは、
誰に呼びかけられたのかわからなかったようだけど、
私はもう祐巳ちゃんだと確信していたから、傘をめがけて駆け寄っていった。
「傘入れてちょ」
「聖さま!?」
 びっくりしたことで、考えていたことも吹き飛んだようだ。
「傘に入れてくれるようなお友達、たくさんいるでしょうに」
 少し嫌味交じりの言葉を掛けながら、傘を差し掛けてくれた。
 濡れたブラウスをハンカチで叩くように軽く拭いた後、
傘の柄を奪って雨を吹き飛ばすくらいに笑った。
「でも降り出したのさっきだもん。お友達が帰る時は、まだ降っていなかったしね」
「聖さまは、何か用事でもあって残っていたんですか」
「んー。まあ、大したことじゃないんだけど―」
 ・・・祐巳ちゃんと会えたのは、きっとこれを聞くのに適任な人物なんだろうな。よし。
一度つい何ヶ月か前まで通っていた高等部校舎の方に視線を向けてけから、祐巳ちゃんに尋ねた。
「志摩子は変わりないんでしょ?」
「志摩子さん?」
 そう言って首をかしげる祐巳ちゃん。無理もないか、卒業したんだから頼らないでと言った本人が、
子離れできない母親のように志摩子のことを気にかけているのだから。でも、今回は特別。
「昨日の昼休み、この辺りで志摩子らしき人を見たっていう人がいてね。
私、昨日の授業サボったから、今朝聞いたわけよ、その情報。
休み時間、大学校舎の近くを意味もなくうろうろするような子じゃないし。
もしかして私に何か用でもあったかな、なんて思ってさ」
 祐巳ちゃんも大事だけど、志摩子も大事。祐巳ちゃんには申し訳ないけど、
今だけ志摩子のことを心配させてよ。その代わり、君のことも全部引き受けるからさ。
 あわてて目をそらす祐巳ちゃん。ごめんね、祥子となにかトラブルがあったときに。
「志摩子さんなら、たぶん乃梨子ちゃんとどこかで雨宿りしているはず・・・・・・」
「―ならいいか。祐巳ちゃんと帰る。駅まで入れてって」
 小さくうなずいて、一緒に歩き出す祐巳ちゃん。祥子には悪いけど、これは君のためでもあるからね。
 いつだったか、やっぱり落ち込んだ祐巳ちゃんにお節介を焼いたっけ。
あれはバレンタインデーの直前。祥子と上手くいっていなくて、古い温室でいじけていたんだよね。
どうやら、私は高校を卒業しても、高校の仲間からは卒業できないみたいだね。
 「―何?」
校門のそばまで来た時、祐巳ちゃんに言った。
「は?」
 何も言っていないのに悩んでいたって何でわかるんですかって顔だね。
確かにお得意の百面相は見せていなかったけど、君のことはお見通しだよ。
「さしずめ、悩みの原因は縦ロール?」
「・・・・・・なんで知っているんですか」
「さっき、祥子がこの道を通った。私には気づかなかったけどね」
 祐巳ちゃんの顔の表情がにわかに曇る。これはかなりの訳ありのようだ。
「相合傘じゃなかったよ」
「そんなこと―」
「うん。そんなこと、だったね」
 祥子が相合傘じゃなかったと聞いてホッとしている祐巳ちゃん。
 停留所でバスを待つ間も、祐巳ちゃんは「ぶちまける」ことをしなかった。
それだけことが祐巳ちゃんにとって重大なことなのだろうし、自力で解決しようとしているのかもしれない。
そうだね、頼ることも時には必要だけど、きっと今回は祐巳ちゃん自身が解決すべき問題なんだろうね。
 私は何があったかを祐巳ちゃんからあえて聞こうとはしなかった。
ただ、いちばん簡単な解決法だけはとって欲しくない。だから、一言だけ言った。
「祐巳ちゃん。祥子を見捨てないでやってよ」












「・・・聖さま」
 銀杏並木を講義仲間と一緒に歩いていたら、耳に聞き覚えのある声がかすかに入ってきた。
(祐巳ちゃん・・・の声だ)
 ゆっくりと振り返ると、他の人たちはその声が聞こえていなかったらしく、もともと会話には参加していなかったから、
私が立ち止まったことさえも話を中断する理由となりえず、そのまま校門を抜けて歩いていった。
 傘を持っているのにずぶぬれとなっている祐巳ちゃん。私は驚いて叫んだ。
「祐巳ちゃん、どうしたの!?」
「聖さまあっ」
 祐巳ちゃんは傘も鞄もその場に捨てて、真っ直ぐ私の胸に飛び込んできた。
「いったいどうしたの」
 そう声を掛けても、ただ泣き続ける祐巳ちゃん。なぜ泣いているのか訳もわからずオロオロしてしまった。
「ああよしよし」
 しゃくりあげる祐巳ちゃんの背中を、ただなだめるように優しく撫でることしか出来なかった。
祐巳ちゃんは全てを委ねるような感じで私に身を預けてくれている。何があったんだ。
「・・・祥子」
 祐巳ちゃんをなだめていた手を止めた。その声で祐巳ちゃんも祥子が現れたことを知ったはずなのに、
私から離れないばかりか、逆に力を入れてしがみついてきた。まるで返さないでって訴えかけているようだ。
 祥子は私達二人の姿を見ても逆上することなく、ゆっくりと近づいてきた。
「祐巳」
 静かに祐巳ちゃんの名前を祥子が呼んだけれど、祐巳ちゃんは答えなかった。
私の腕の中で、いやいやと首を振り、顔をあげもしなかった。
 どうするという表情で祥子の方をみる。
 やがて、祥子のため息が聞こえた。
「お世話おかけします」
 なにがあったかよくまだわからないが、乗りかかった船だ。私は小さくうなずいた。
鞄と傘とを私に黙って渡すと、静かに一礼をして、ゆっくりと祥子は歩いていった。
「祐巳ちゃん。いいの?祥子、行っちゃうよ」
「いいんです」
 祐巳ちゃんは静かに顔を上げた。すると、腕に引っ掛かった赤い傘と、鞄に気がついた。
「これ」
「祥子が拾って私に渡した」
「・・・・・・祥子さま」
 祐巳ちゃんは閉じられた赤い傘をギュッと握り締めた。
 すると、いきなり何を思ったのかそれをつかんだまま私の傘から飛び出していく。
そして祥子が歩いて行った校門の方へと走っていった。
「お姉さまっ!!」
 祥子と縦ロールの女の子とが後部座席に収まっている黒い車に叫ぶ祐巳ちゃんの姿。
その悲壮感さえ漂う姿に、今二人の関係が私の考えをはるかに超えて深刻だということがわかった。
 どしゃ降りの雨が、二人の距離をどんどん離していくようだ。
「お姉さま・・・・・・」
 さっきよりもっとずぶ濡れになっている祐巳ちゃん。すでに、私の存在は頭にないようだ。
傘をささずに、濡れるがままになっている祐巳ちゃん。
 何も事情を知らない人が見れば、ダダをこねている祐巳ちゃんが、
祥子に反省を促されているようにも見えるだろう。
 でも、それは絶対に違う。私は先日会ったことを思い出して確信をした。
きっと祥子は祐巳ちゃんに対して何か言えないことがあるのだろう。
祐巳ちゃんはそれを聞きたいに違いない。
 けれど、すでにそれが原因で起きてしまった二人のすれ違いが、それを実現出来ずにいる。
きっとあの縦ロールの子も関係しているに違いない。この前の時といい、
今回も祥子と行動を共にしている。・・・・・・あのなれなれしさ。銀杏王子の親戚だろう。
 おそらく、祐巳ちゃんよりもその子を祥子が大事にしていると祐巳ちゃんは考えているんだな。
祥子も、そのことで祐巳ちゃんに話をしたいのだけど、上手く話せないでいる。
 それで、自分はもうスールでいられないと思っている・・・って所かな。
でも、走っていって祥子を追いかけたところをみると、まだ、揺れているんだろうね。
 祐巳ちゃん、自分が思うように行動しなよ。
 ずぶ濡れになっても、祥子を追いかけて、追いかけて、しがみついてみればいい。
祥子も言葉では突き放すだろうけど、それだけ自分が必要とされていると感じるはずだ。
 令や、由乃の所みたいにスール解消で解決するのならすればいい。
スールは別に人を縛るためにある訳じゃないんだから。
 自分が思うように行動して、それでもまだ「ぶちまけたい」ものがあるのなら、
私の所においでよ。私はいつでも君のためにいてあげる。
 校門の所ですでに見えなくなっている黒い車をみている祐巳ちゃんの後姿。
私はその姿を両目で見ながら、祥子のためではなく、祐巳ちゃんのために、
今回のことを解決する手助けを陰ながらすることを決心していた。




あとがき

え、えっと、「オヤジ」聖さまを書くはずだったのですが、
こうなっちゃいました。は、ハハハ・・・。(^_^;)

風邪でダウンで時間があったので久々の2次小説ですが、
さすがに「オヤジ」を書くほどの元気はないようです。

次の新刊が7月の予定なので、その前に、
「レイニーブルー」ネタをと書きました。

本当は、他の人を書くはずだったんですけど・・・、
ネタが思いつかなかったので、ここの部分に。
申し訳ございません。

2002.6.4


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