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「祐巳ちゃんの抱きごこちは一番だね!!」

「白薔薇さま?それは誰と比較しての発言ですか?」

柔らかな午後の日の光が差し込む薔薇の館。
部屋には祐巳と白薔薇さまと黄薔薇さまという珍しい顔ぶれ。
もちろん、3人同時に部屋に入ったわけではなかった。

最初、白薔薇さまが一番乗りで部屋に入ってきて、
窓枠でのんびりと日向ぼっこをしていたら、
黄薔薇さまがビスケット色のドアを音も無く開け、
いつものように何がつまらないのか、けだるそうな顔つき。
当然、それを見た白薔薇さまのご機嫌が麗しい訳が無い。

「ごきげんよう・・・白薔薇さま」

「ごきげんよう・・・黄薔薇さま・・・」

それこそ社交辞令のような挨拶が交わされたあと、
ほんの5分ほどだが、無言の空間を部屋を支配した。
祐巳が子供のような無邪気な笑顔とともに
ドアの向こうから現れた時、白薔薇さまには、
祐巳が本物の天使のように思えたに違いない。

「ごきげん・・・」

そう挨拶を言い終わる前に白薔薇さまに抱きつかれてしまった祐巳。

「ぎゃ〜〜!!」

「わっ、出た!!怪獣の声!祐巳ちゃん、お姉さんがいつも言っているでしょ?
せめて、『きゃ〜』とかにしなさいよ」

いきなり抱きつかれてそんなことを考えている余裕などあるわけがないと
祐巳が思っていると、いつもならすぐに離されるのに、そのまましっかりと
抱き締められてしまった。

「な、なんですか?白薔薇さま、突然抱きついてくるなんて?」

「うん?それはね、祐巳ちゃんに安らぎを求めているからよ」

「そ、そんな〜。私にそれを求められても・・・困ります!」

「祐巳ちゃんは何もする必要はないからね。ただこのままでいてくれればそれでオッケー!」

(それでオッケー・・・って、私はオッケーじゃないですよ!!)

祐巳がそう思ったところで、いつものことながらバタバタしても、
力では白薔薇さまにはかなわない。・・・と、椅子に座っている黄薔薇さまの姿を認め、
助けを求めようと思った祐巳。

(ハ〜ッ、黄薔薇さま・・・)

無駄ということをすぐに悟ってしまった。
そう、黄薔薇さまは、白薔薇さまに抱きしめられて、百面相をしている祐巳を、
目をキラキラさせながら見ていた。助けを求めた所で、
「もっと、からかってもらいなさい!」とでも言われるのがオチだ。

しかたなく、誰かがすぐに部屋に来てくれることを願い、
ため息をつきながら、白薔薇さまに抱きしめられている祐巳であった。


そしてしばらく抱きしめられていて、白薔薇さまがつぶやいたのがさっきの言葉。

別に嫉妬じゃないけれど、誰と比較しての言葉なのかが気になった祐巳。
白薔薇さまをとっちめようと、問い詰めようとしたら、あっさりと答えがあった。

「あ、もちろん、祐巳ちゃんしか抱いたこと無いからね。
他の人を抱くつもりなんか無いから。祐巳ちゃんが一番!!」

「本当ですか?」

「もちろん!だって、祐巳ちゃんの体を抱いたら絶対に他の人は抱けないって!!」

・・・あまり素直に喜べない誉め言葉を耳にすると、
背後で、ドアが開く気配があった。

「あ、祥子、ごきげんよう!」

「ごきげんよう・・・」

助けが欲しいと祐巳は願ったが、マリア様は試練を与えたかったのか、
山百合会のメンバーで一番祐巳と白薔薇さまとの関係を快く思っていない
祥子さまを遣わされたようだ。

祐巳は抱きしめられていて、祥子さまの凛としたお顔を拝見することはできないが、
明らかに不快感が漂っている気配だけは感じられる。

「白薔薇さま、祐巳を抱くのはおやめになって」

そう、お姉さまに言ってもらえると期待していた祐巳。
しかし、祥子さまはそのまま何も言わず、勢いよくドアを閉めると、
そのまま再び扉の向こうの人となってしまった。

「あれ?行っちゃった。どうする祐巳ちゃん?追いかける?」

珍しく、ばつの悪そうな表情をみせる白薔薇さま。
祥子さまが突っかかってくると思ったのに、飛び出してしまって、
さすがに「まずった」と悟ったのか・・・と思ったら、
まだ抱きしめ続けてる白薔薇さま。

「あ、私、お姉さまを追いかけます!」

さすがにこの時ばかりは力が出たらしく、
何とか白薔薇さまの腕から抜け出すと、
急いで祥子さまの後を追いかけた。


「お姉さま、待ってください!」

走ることなく薔薇の館を去ろうとしていた祥子さまに、
祐巳はすぐに追いつくことが出来た。
祥子さまの肩に手を掛けた瞬間、
祐巳には祥子さまが泣いているかのように感じた。

「祐巳・・・あなたは私と白薔薇さまとどちらを選ぶの?」

祐巳の方を振り向くことなく、突然、いつもの祥子さまからは
考えられない言葉を言われてしまった。

「えっ、選ぶなんて・・・。白薔薇さまは先輩ですし・・・
祥子さまは・・・私の唯一人のお姉さまですし・・・」

慌てて肩に乗せた手を下ろし、体の前で手を組むと、
戸惑う様子を体全体で表す祐巳。

「あなたはそのたった一人の姉の前で、他の方に抱きしめられ、
しかも、それを受け入れていたのよ。『誰と比較してですか・・・』
なんて、まるで自分だけを抱きしめて欲しい発言までして」

「そ、そんな、私はただ、白薔薇さまが・・・私の体の抱き心地が一番だといわれたので・・・」

「『一番』といわれるほど抱きしめられていたのね。
私が見ていないところでも、二人は会っているかしら?」

「会ってなんて、私、会ってなんていません!」

両手を顔の前で振りながら、首がちぎれるのではないかと思われるほど、
横に振りつづける祐巳。そして、ようやく祥子さまが祐巳の方へと振り向いた。

「あっ・・・」

祥子さまの顔を拝見して驚く祐巳。
いつも毅然とした態度を見せている姉の姿はそこには無く、
祐巳と白薔薇さまに自分には出来ない関係を築かれていることに
腹立たしさのような、自分でもどうして言いかわからない感情に戸惑い、
ただ、涙する祥子さまの姿があった。

「お姉さま・・・」

「祐巳・・・私はあなたの何?うるさい姉?
それとも厳しい先輩?あなたは私をどう思っているの?」

「・・・・・・」

「はっきりと言って。あなたには私が重荷なんでしょう?
遠くから見ていたら良くは見えても、近づいたら、
想像とは程遠くて、失望して・・・それで白薔薇さまに
心を開いているのでしょう?ああやって抱きしめてもらいたいんでしょう?」

いつもの祥子さまからは考えられない言葉が続く。
大声で、頬を伝う涙を拭うことなく、祐巳に感情を剥き出しにしている・・・。
そんな祥子さまを祐巳はどうしていいかわからなくなっていた。

「祐巳にはわからないでしょうね。いつもみんなに愛されていて。
私には・・・あなただけなのに。祐巳だけをいつも見ていて、
祐巳にも私だけを見ていてもらいたいのに!」

お姉さま・・・そんな風に私を想ってくれていたなんて・・・。
姉妹以上の気持ちを私に抱いてくれていたなんて・・・。
お姉さま、白薔薇さまに嫉妬してくれていたんだ・・・。

(どうしたらわかってもらえるのだろう・・・)

祥子さまの本心を聞いて、嬉しく想う反面、
今この状況をどうすればいいのかと悩む祐巳。
よし、こうなったら・・・。

「お姉さま・・・」

「なに?」

「私、白薔薇さまとお姉さまを選べといわれたら、迷わずお姉さまを選びます」

「さっきは選べないって言ってたわよね?」

「はい。確かに白薔薇さまは私にとって大切な先輩の一人です。
その方をお姉さまとしての祥子さまとを比較することは私にはできません・・・が、」

一度、言葉を止め、大きく息をすう祐巳。

「どちらが好きかと尋ねられたら、お姉さまを選びます」

いつのまにか、祐巳も涙していた。
祥子さまの本心を聞けた嬉し涙。
涙しながらも、何とか笑顔を見せようと、
ちょっと苦労している顔を祥子さまに見せながら
祐巳は自分も本心を祥子さまに告げた。

「・・・だって私はお姉さまを・・・愛していますから」

「・・・祐巳、今なんて?」

「私にはお姉さましかいないんです。お姉さまが白薔薇さまに嫉妬してくれて、
本当に嬉しかったです。そして、こうしてお姉さまの本心を聞けて・・・私・・・」

顔が真っ赤になり、下をむく祐巳の姿を見て、胸が苦しくなり、
思わず人の目を気にせず祐巳を抱きしてる祥子さま。

「お姉さま?」

「いいわよ、今は祥子で。お願い、二人きりの時だけはあなたのお姉さまから、祥子に戻らせて・・・」

「はい、わかりました・・・祥子・・・さん」

「祐巳、私もあなたを愛しているの。だから・・・私の心を乱すようなことはしないで」

返事の変わりに、お姉さまの背中に腕を回す祐巳。
この瞬間、祐巳と祥子さまの間には、姉妹関係とともに、
恋人関係も交わされたのであった。




薔薇の館の前で交わされた新しい関係。
それを遠くから見詰める二人の影があったことを、
抱き合っている祐巳と祥子さまは気がつくことが無かった。

「ねぇ、令ちゃん、祐巳さんと祥子さまがあそこで抱き合ってるけど?」

「あ、本当だ。どうしたんだろう?」

「・・・鈍いわね令ちゃん。祥子さま、祐巳さんのこと妹として見れなくて、最近、悩んでらしたでしょ?」

「そういえば、そんなことをいっていたかも」

「ついに2人は結ばれた・・・ってことじゃない?」

「そっか、ついに祥子も私達の仲間入りってわけだ」

「そういうこと!!」



(・・・ってどういうこと?)



あとがき

とりあえずタイトルなし。(思いつかない・・・)
実は、リクエストのネタとしてはこれが一番初めに思いついた。
・・・けど、どうしても上手くまとまらない。
で、時間をかけてみた・・・けど、かわらなかった。(^_^;)

本当はもっと祥子さまに感情を剥き出しにしてもらおうかと思いましたけど、
いまいち・・・。なんか、由乃ちゃんの顔が浮かんだりして、できませんでした。(笑)
そういえば、江利子さま初登場!でも、影が薄い・・・ごめんなさい。m(__)m


カオリ様、5話ほど駄文を書いてみましたが、
これで勘弁していただけますでしょうか?
あと、「壊れ」は、意識しては難しいようで・・・
ほら、私、真面目人間ですから。(嘘)

(2001.11.03)

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