〔1〕

暑い夏の日。昼間に散歩をするのは拷問に近い。
夕方、日が落ちるくらいを見計らって、犬のチェスと一緒に、
小さな川沿いの道を歩いていく。それはいつもの散歩道。

それこそ、「テクテク」と、変わらぬテンポの変わらぬスピードで
歩く一人と一匹。たまに、チェスが立ち止まって、
周りの匂いをかいだりしているが、それは、犬の本能。
止めるのもなんだし、一緒に立ち止まり、待つことにしている。

しばらく歩いていると、ベンチの所に、
制服をきた、女子高生らしき人影が目に入る。
それほど長くない黒い髪が横顔を隠してしまっているが、
下を向き、両手を目のところにあてている。
何をしているのかは、近づかなくてもわかった。

(回れ右するのもなんだしな…)
そう思っていたら、なぜか、チェスが走り出し、
ベンチに座る女の子一直線に向かっていく。
「あっ、こら、チェス!いきなり走るな!」
チェスは、柴犬に見える雑種だ。そう大きいわけでもなく、
力もあるわけでもないけれど、いきなり走られたら、
嫌でも、引きずられる形となってしまう。

チェスは、女の子の前で行儀よく座り、
「クゥ〜ン…」と、切なげな鳴き声をあげた。
(しょうがないな…)
そう思いながら、私は、ポケットからハンカチを出し、
涙を指の間から落とし、スカートを濡らしている女の子の
顔の前に差し出した。

「何があったのかは聞かないから、これで、涙を拭きなさい…」
とりあえず、そういってみた。彼女がハンカチを受け取るか
半信半疑だったが、少し顔を上げると、彼女は、
「ありがとうございます…」
と、わずかに耳に入る程度の音量の声で感謝の意を示すと、
手を震わせながら、私のハンカチに手を伸ばしてきた。

そのままその場を去りたかったが、
チェスが座り込んでしまったのと、
何らかの形で彼女にかかわってしまったので、
放って行ってしまうのも後味が悪いと思い直す。

「チェスが動かないんで、私もここにいさせてもらうね」
断ることも、言い訳がましい説明も不要かと思ったが、
彼女を気にしているのではないと思わせたかった。
すぐ右脇に空いたスペースに、腰を落ち着ける。

チェスは、相変わらず、彼女の前に座り、
覗き込むように顔を動かしている。
時折、鼻を「フッ」と鳴らしている。
私は、そんな行動をとっているチェスより、
彼女の方に、関心がでてきていた。
白い半そでのブラウスに、赤いひもリボン。
黒といってもいいくらいの紺のスカート。
夏休みに入っているから、部活の帰りだろう。
彼女はなぜここで泣いているのだろうか。

(…性分だな)
困っている人を見捨てていられないのだ。
仕事先でも、学生バイトや、パートの子達が悩んでいると、
つい、相談にのってしまい、「世話焼きお姉さん」と
なってしまっているのだ。

(放っておく方がその人のためかもしれないのに…)
そう思った。隣で泣いている、彼女からすれば、
泣かれている姿を見られるのはつらいはずだ。
でも、やっぱり、何か自分にできる事があるはずと、
そのまま隣にいることを決心する。

「…すみません、肩、お借りしていいですか?」
少しして相変わらず俯きながらだったが、私に尋ねてきた。
何も聞くようなことをしなかったから、安堵できたのかもしれない。
(きっと、失恋か何かだな…)
人肌を求める時は、心に傷を得た時が多い。
私はそう察して、彼女に一時、自分を貸すことに決めた。
別に、減るものでもない。それで彼女の心を癒せるのなら、安いものだ。

「いいわよ。何なら、ない胸も貸してあげましょうか?」
少しでも気分を楽にしてあげようと、軽い調子で話した。
…と、彼女は私の言葉を素直に受け入れ、
私の胸に飛び込むような形で、体を預けてきた。
聞こえる。彼女がすすり泣く声が。私はたまらなくなり、
左手を背中にもっていき、さするような動作を取り、
右手は、彼女の頭を優しくなでる。
(泣いちゃえ、泣いちゃって楽になるのなら、思いっきり…)

チェスは、首をかしげるような動作を取りながら、
私たち二人を見ている。周りに人気はない。
チェスと夕日だけが私たちをみている。



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