慰安旅行で、芦ノ湖湖に行った帰りに、
若いメンバーで、飲みに行ったときのことだった。
「西田さんて、彼氏はいないんですか?」
「いないよ。今も、昔も。これからもないかもね。
一人で生きていくのが性にあっているし。」
「告白されたことないんですか?」
「ないよ。誰かが、私のことを好きらしいとかは
よく周りから聞かされたけど、なぜか告白されたことってないね。」
「じゃぁ、もし今、誰かに告白されたら、付き合います?」
「それはないと思う。さっきも言ったけど、
一人で生きていくつもりでいるし。私、恋愛感情が欠けているしね。」
チェーン店の居酒屋での飲み。私だけが社員。後の子達はパート。
私が一番の年長者で、後は、22歳前後の女5人での飲み。
他の3人は、他の3人で話しに盛り上がっているようだ。
私は、仕事が出来るので、目をかけている美里と話をしていた。
普段、店では話す時間がほとんどないから、
そうお互いのことを詳しく知っているわけではない。
だから、今日の慰安旅行で、美里を含め、店のパートさん達の、
いろいろなことを知ることが出来た。
おばさんパートたちは、「おせっかいだと」いうことも、身にしみた。
「西田さん、良い人見つけたら、早く結婚しちゃいなさいよ。」
「彼氏作る気ないといっているけど、出来ちゃったから、
会社辞めますでも、全然、いいからね。」
余計なお世話である。
美里とは、バスの席が隣になり、
乗ってからずっと、話をしていた。といっても、
話をしていたのは、店長の文句と、嫌な客の話だった。
特に意識していたわけではないが、お互い自身のことは、
ほとんど話をしなかった
夕方には、慰安旅行の行程も終了した。
そのあと、若い面子で飲みに行こうということになり、
「生チュウ」から始まる飲みがスタートした。
しばらくたってから、美里が席を立つ。どこに行くのかと思ったら、
おもむろに、私の右隣に座り、話し掛けてきた。
「西田さんて、本当に今まで彼氏がいなかったんですか?」
「彼氏いない歴26年だけど。」
笑いながら、正直に私は答える。
「えーっ、好きになった人とかいないんですか?」
「う〜ん、いないな。そう思ったこともないし。」
その後、さんざん、私の「恋愛」について、根掘り葉掘りきこうとし、
切り返そうとすると、「だめですよ。しっかり答えてください。」
と言われてしまった。
結局、居酒屋にいた2時間、他の3人とは、別の席にいかされ、
私は美里に根掘り葉掘り昔のことを聞かれた。
学生自体に抱いた私の恋に似た感情を抱いた人の話や、
就職したばかりの頃、かなり仲のよかった男性がいた話まで
してしまった。誰にも話したことなかったのに。
多分、お酒のせいだとは思うけど、みょうに熱心に聞いてくる
美里に隠せなかったと言うのが正直なところか。
「さて、明日も仕事あるし、そろそろお開きにしますか。」
もっと美里は何か聞きたそうな感じではあったが、
私は、明日、早番で、しかも、通しだったから、
さすがに、もう帰りたかった。
お会計を済まし、家路に向かおうとすると、
美里が、私に声をかけてきた。
「西田さん、私の所にきませんか?どうせ西田さんのことだから、
少し酔い覚ましてから車で帰るんですよね?私のアパートすぐ近くですし、
お茶でもどうですか?」
他の3人は、すでに帰ってしまっていた。
一瞬、どうしようかと迷ったが、せっかくの好意を無にするのも悪いと、
「じゃぁ、少しだけお邪魔しよっかな。」と、好意に甘える。
居酒屋から歩いて5分とかからないところにある美里のアパート。
家族と最近まで一緒に住んでいたのだが、
弟が結婚し、両親と同居することになったため、
家を出て、近くのこのアパートに住み始めたのだ。
「お邪魔します。」
そう言って、部屋に入る。「女の子女の子」している部屋ではないが、
こざっぱりとして、広く感じるように家具などが配置してある。
もっとも、おいてあるのが、TVと、テーブルと、ベッドだけだから
広く見えるのであろう。
「ベッドに腰掛けていてください。
今、お湯沸かしますから、ちょっと待っていてくださいね。」
そういいながら、紅茶の準備をしてくれる。
ティーバックではなく、ポットで入れてくれるようだ。
「なんか悪いね。すぐお暇するから、気使わないで。」
「私が飲みたいんですよ。」と、微笑みながら美里が言う。
紅茶セットを一式、テーブルにのせ、紅茶を待つ。
…と、美里が話し掛けてきた。
「西田さん、今日はごめんなさい。」
「えっ、何のこと?」
「居酒屋で、私、西田さんに、話したくないことまで話させたんじゃないですか?
なんか、最後のほう、かなりつらそうになってたんで、気になって…。」
「まぁ、同性のことを好きになっちゃって、しかも、中途半端な関係で終わらしてしまったんで、
今も引きずっているなんてこと、軽くは言えないよ。でもね、美里が真剣に
聞いてくれてたんで、話したんだよ。今まで、誰にも話したことないし…。
とにかく、謝る必要はないって。」
ただ、好奇心で聞きたいんじゃなかったってことがなんとなくわかっていたから、
別に、話したことに後悔はしてない。「同性が好きだった」ということを言って、
私のことを軽蔑するかとも思ったけど、こうしてアパートにまで呼んで、
謝ってくれまでしているから、そんなこともなさそうだ。
「もし気にしているんだったら、今度は美里のことを話してよ。
全然そういう話をしないけど、彼氏いないの?」
美里は、店でたまに話をしていても、恋愛話をすることはまずない。
だから、今日、私に聞いてくるなんて、想像していなかった。
今日も、聞いてくるだけで、話はしてこなかった。
興味もあったし、聞いてみる。
ちょっと話すのをためらっている様であったが、
色が出た紅茶を入れてくれながら、すぐに、話し始めてくれた。
「えっと、高校生のときに、付き合った彼氏がいましたよ。
クラスの同級生の子。向こうのほうから、告白されて付き合ったんです。
でも、私、短大に行ったとき、自宅から通ったんですけど、
彼は、大阪に出たんです。遠距離恋愛になると、お決まりの、
自然消滅しちゃいました。
で、短大時代は、自宅と、学校の往復だけで、終わっちゃいましたね。
卒業してからは、ここのパートやる前は、事務のパートやっていたんですけど、
周りは、おじさんばかりで、やっぱり出会う機会はなし。
今のところは、男の人っていったら、店長ぐらいじゃないですか。
『めぐり合う』っていう環境にいないんですよね。」
「でも、出会いがないっていうけど、合コンとかしないの?」
「うちの両親、結構外出には厳しいんです。そんなの無理でしたよ。」
「へーっ、以外。ミサちゃん、まじめで、いい子だし、
尽くしそうなタイプだから、もっと、付き合っていると思った。」
「うーん、たしかに『尽くす』とは自分でも思いますけど、
結構、バンバン何でもいっちゃうほうなんで、近づきにくいみたいです。」
たしかに、美里は、歯に絹を着せぬタイプである。
私は、そんな美里を気に入っているのだが、人によっては、
「こうるさいやつ」と映るのかもしれない。
「じゃぁ、お互いこれからだね。もっとも、私は一生結婚する気ないけど。」
入れてもらった紅茶に、砂糖を入れる。猫舌なので、すぐには飲めない。
スプーンでかきまぜ、冷まそうとする。
美里はストレートで、そのまま口をつける。
一口飲んで、カップを置いた後、おもむろに口を開く。
「西田さん、誰とも付き合わないって決めたのって、
今日、話していた高校生のときの人の件が原因ですか?」
「さっきあんまり詳しく話さなかったけど、なんか感じた?」
「えっと、西田さんは、普段から、よく『自分の精神年齢は15歳で止まっている』
って冗談でいっているじゃないですか?高校生のときですよね?その人と出会ったのも
中学の終わりって言ってたんで、『もしかしたら…』って思ったんです。」
「そっか。詳しく聞きたい?」
本当は話したくなかった。話せば胸が苦しくなることがわかっていたから。
でも、なぜか美里には話してもいいかと思った。
美里が首を縦に振る。
「O.K. じゃぁ、車こっち移動させてきてもいい?
少し長くなるから。いいよね?」と聞く。
もう一度、首を縦に振る美里を確認して、
少し冷めた紅茶を一気に飲み、車をとめてある駐車場に戻ろうとする。
「すぐ戻るから、もう一杯、紅茶を入れといて。」
美里のアパートに車を持ってくるまでの短い間、
私は今までの中で一番楽しかった時期であり、
一番つらかった時期でもある、高校時代のことを思い出していた。
(何で美里に話そうとするんだろう。私に理解を示してくれているから?)
とにかく、美里にどこから話すかを考えていた。
「…とまぁ、こういうことがあったわけ。
結局、今の自分を作ったのは、自分自身だし、
こうして、自分が苦しんでいるのも、自分のせいなわけ。」
私の初恋と言えるかどうかわからない経験から、
つい最近までの、「自分が好きだった」人の話をすべて美里に話した。
異性に対して、恋愛感情らしきものを抱いた事も、すべて話した。
私が海外にいるときに遊びにきて、告白された、幼馴染の話。
大学の頃、ちょっとかっこいいなと思った、ゼミ仲間の友人の話。
それから、寮にいた頃、私の部屋にご飯を食べにきたこともある、同期の話。
でも、生きてきた26年間、自分の中で恋に似た感情を一番激しく抱いたのは、
高校生の時に出会った、晶子という人だということも、全て…。
「西田さん、今でもその人のことを?」
「…うん。忘れられない。きっと、一生ね。」
それこそ、瞬きもしないくらい真剣な表情で私の話に聞き入っていた
美里はなぜか少し不安そうな顔でいる。
二人の間に沈黙が訪れた。
そして、それはわずかな間を置いて破られた。
「…ダメですか、私じゃ?」
ベッドに座る私の顔を、床に座る美里は見上げるような形で
見ながら、少し苦しそうな表情をしつつ私に尋ねてきた。
「…ごめん、簡単に恋愛はできないんだ、私。」
やたらと私のことを聞いてきていたので、
もしやとは思っていた。だから、驚くことはない。
落ち着いて、自分の正直な気持ちを話す。
そう、私は恋に恋をすることがない。
なぜと考える気もない。
私は一人で生きていくべきだから。
本当は、傷つきやすく、常に誰かにいてもらいたいのを隠してでも…。
「…西田さんて、処女ですか?」
「は?」
さすがにこの唐突な質問には胸がドキッとした。
軽く呼吸を整えると、正直に答えを伝えた。
バレはしないけど、嘘をついても何も得しない。
「そうだよ。キスもしたことない。」
「…ごめんなさい!」
「!?」
ベッドに腰掛ける私にすばやく近づくと、
美里は私の唇に自分の唇を重ねてきた。
…初めて感じる自分以外の人の唇。
気持ち温かいのは、飲んでいた紅茶のせいか。
私の首に手を回し、私という人間を感じようとしている美里。
感じる、美里の息遣い。体温。早まっている鼓動。
おそらく、私のも彼女が感じているのだろう。
頭に血が上ってくるような感覚。
と、美里の唇が少し動くと、私の唇に、
何か、くすぐったさを感じた。
私は美里の鎖骨付近に両手を当て、
ゆっくりと、顔を離していった。
「ミサちゃん…」
「私、西田さんのことが好きなんです。
ずっとこうしたかったんです…」
じっと私のほうを見つめる真剣な顔。
なぜ、私なんかを好きになってくれたんだろう。
「迷惑…だよ。なんで、なんで告白するの?」
自分の中で、気持ちが高ぶりつつあるのを感じる。
「私、それに対して答えられないのに。私は誰も愛さない。
愛したくない。怖いんだよ、壊されるのが!失うのが!傷つくのが!
やめてよ、私は誰とも付き合わない。男だろうが、女だろうが!」
体が震えている。落ち着かせるために、何度か深呼吸をする。
そして目を閉じると、もう一人の自分に切り替えようと意識を飛ばす。
そんな私を目の前で見守る美里に諭すように言う。
「美里、こんな私のどこを好きになったか知らないけど、
好きになるだけ時間の無駄だよ。今日のことはなかったことにするから…」
そういっている私の声に、美里の声が重なってきた。
余裕のない、追い詰められたような声だった。
「待って下さい!私も…私だって、西田さんと同類なんです。逃げているんです、
人を愛することから。男の人に振られて、男性恐怖症になって、男の人に恋することが出来なくて…。
正直、西田さんのことが好きだと気付いた時、ショックでした。男の人を愛せないから、
同性に走ったのかって、自分で自分を責めました。でも、やっぱり、時間を置いても、
何度、自分に言い聞かせても、答えは一緒なんです。好きなんです!」
私の体に美里の体が触れる。
再び唇を重ねられる。
今度は、軽く開いた私の唇の隙間から、舌をねじ込まれた。
ほんの少しの告白で、私の気持ちが揺らぐことはない。私は誰も愛さない。
愛すべきじゃない。相手が傷ついてしまうことを、自分が傷つくことを恐れる自分。
それを乗り越えるだけの勇気を私は持ち合わせていない。
一人では…なら二人なら乗り越えられるというのか?
(ふっ、無理だね…)
美里が行う行為になすがままにされる自分。
だが、それに応じることはしなかった。
それが、私の答え。美里は嫌いじゃない。
今、こうされていても、彼女を不快には思うことはない。
だけど、やはり、美里の気持ちに私は答えられない。
「西田さん…」
「私には資格はない。美里を愛する資格なんて。」
「そんな、私だって、西田さんを愛する資格なんてないかもしれないです。
でも、自分の気持ちに正直になりたいんです。胸が苦しいんです…」
「私にそれを拒否する権利はあるよね。」
「えっ?」
美里が見せる戸惑いの表情。
冷たいか。でも、これも私。
自分以外の人の気持ちなんか考えられない私。
「私は美里のことが好き。これは嘘じゃない。
でも、付き合う気はない。私は誰とも恋愛する気はない。」
「そんな…傷つくのが怖いんですか?」
「そうだよ。別れるとわかっているのに、付き合う気はない。」
「なんで別れるってわかるんですか?なんで決めつけるんですか?」
「じゃぁ、聞くけど、一生、私と一緒にいられる?私が痴呆になっても介護できる?」
「…考えたことないです」
「付き合っているのが同性だってわかったら、周りは冷たいよ。
両親と縁を切ることになるかもしれないよ。その覚悟はあるの?」
「…」
「…私が恋愛を出来ないのは、こう先々のあるかわからない苦労を考えてしまうから。
今だけよければの考え方は私には出来ない。それに、相手の気持ちを考えてあげられるほど、
私は人間が出来ていない。精神年齢が15歳で止まった人間だからね。」
その言葉が終わるやいなや、
美里を力の限り抱きしめ、深く口付けをする。
互いの息が苦しくなっても続けた。
いきなりだったし、苦しくなったからか、
美里がたまらず、私を突き放してきた。
「に、西田さん、何をするんです?」
「気持ちよかった?」
「なにを?…良かったですが?」
「そう、それは良かった。私は嫌だったし、何も感じなかった。」
表情を変えずにいう私の顔を見て、
怒りの表情をわずかに見せる美里。
「おや、怒るのはお門違いじゃない?
私はあなたに事実を認識させる為にやったんだよ。
美里は私が好きだけど、私は美里が好きじゃない。
だから、キスしても感じることはない。」
「!?」
「わかった?あなたは私が仕事で見せている私の一面だけしか見ていないの。
全部を知ったら、きっと私のことが嫌いになれるよ。」
薄ら笑いを浮かべている私。
そう、これも自分。自分で嫌いな自分。
でも、どうしようもない。
「なにをどう見て私のことを好きになったか知らないけど、
こんな私も好きになれる?…それでも好きと言われても、困るけどね。」
もし、これが相手のためを思っての言葉なら、許されるのだろうか。
今、しゃべっている言葉はすべて私の本心だった。
私は彼女とは付き合えない。好きだという気持ちを抱いてくれたことは正直に嬉しい。
でも、それに答えられない。私は美里を恋人としてみることは出来ない。
私はベッドから立ち上がると、そのまま玄関の方に向かっていく。
「仕事には来るんだよ。他の人に迷惑かかるからね。」
身動ぎひとつせづ、呆然としている美里。
そんな彼女を放って、部屋を後にする。
自分の気持ちに素直に行動したはずなのに込み上げてくる苦い思い。
何かが間違っているのだろう。でも、私はそれを正すことは出来ない。
(やっぱり一人でいるべきだよ…自分は)
後ろから聞こえる、誰かが走ってくる足音を聞きながら、
そう心に決めていた。