クレしん科学読本 その5 ビルより硬い人体?

これはメールでいただいたネタですが、「エスパー兄妹」で、みんながビルに叩きつけられた時、ビルはひびが入って壊れていくのに押さえつけられた人間たちが無事なのかを考察してくれ、という依頼だったと思います。

超能力は電気力?
 そのシーンでは、悪のエスパーがひろしやみさえたちに超能力をかけ、その力でひろしやみさえたちを吹き飛ばし、ビルに叩きつけて苦しませていたわけですが、そもそもどのような原理で、手に触れずに人間を飛ばせるのかがよくわからないんですよね。まずはこれを科学的に考えてみましょう。
 とりあえず、直接触れることなく他の物体に影響を与えるとするなら、電磁気力か万有引力くらいしか考えられません。しかし万有引力とは文字通り引力、引っ張る力であって吹き飛ばすことはできません。すると電磁気力くらいしかないですね。電気力ならば、プラスとマイナスの電気が引き合い、プラス同士・マイナス同士は反発しあうのを利用しているのでしょう。磁気力ならN極とS極の関係ですね。超能力者が手からプラスまたはマイナスの電気、あるいはNまたはSの磁気を出していると考えられます。しかし、磁気はN極だけ、S極だけという状態では存在できません。よって、結局はNとSは常に同じだけ存在するため、外部から見ると磁気力は打ち消されてしまいます。よって、電気力だと考えるしかないわけです。

陽子で吹っ飛ぶ?
 では、プラスかマイナスに帯電した何かを超能力者が手から出したのだと考えるとして、そうすれば本当に人間が飛んでいくのでしょうか。ここで、プラスやマイナスに帯電した何かをまずは決めたいところです。身近にたくさんあるものならば、陽子や電子を使うのが手っ取り早いでしょう。人間の体には陽子や電子が大量に含まれています。そして、通常の状態では陽子と電子のバランスが取れていて、人間は電気を帯びていない状態になっています。仮に超能力者が陽子を大量に飛ばしたとするなら、人間の電子が飛んできた陽子を打ち消し、余った陽子と人間内の陽子が反発する力で吹っ飛んでいくと考えることができそうです。
 さて、ここで大きな問題があります。陽子も電子も重さが非常に軽いので、原理的には上のようになるのですが、飛ばす反発力はごくわずかだということです。実際、仮に大量の陽子が人体まで1mmまで近づいた時、人体にある陽子1個が受ける反発力はわずかに0.00000000000000000000000024(2.4×10-25)kgしかありません。しかし、人体内の陽子数もまたすごいものです。話を簡単にするために、人体が60kgの水だけでできていると考えると、水分子数は2000000000000000000000000000(2×1027)個あって、陽子数はその10倍あるので、2×1028個ですね。すると、全部の陽子が受ける反発力は4.8t!おや、これなら人間をぶっ飛ばすぐらい楽勝じゃないですか。

いきなり話を変えちゃうのかい
 こんなにあっさりと飛ばせるとは私としても意外でした。とは言え、超能力者だって体内に大量の陽子や電子を持っているわけですから、超能力者自身も影響を受けるわけですし、そもそも空気中にも大量に電子や陽子が含まれているので、本当に陽子を集めて何らかの方法で他人に向けて飛ばしたら吹き飛ばせるかとなるとかなり怪しいです。そもそも超能力を科学で解明するのはかなり無理があります。何だかんだと言いましたが、とりあえずどんな原理で飛ばすのかは放っておきましょう(えっ?)。ここでのテーマはビルが壊れるのに人間が無事なことを解明することでした。そっちを考えましょう。

「硬い」とは・・・?
 さて、ビルの建材はコンクリートなどが使われています。コンクリートと人間の体、どちらが硬いですか?もちろんコンクリートですよね。そんなコンクリートが壊れるのに人間の体が無事なわけがないと思われるのは当然だと思います。しかし、「硬い」とはどういうことなのかをここで科学的に説明します。まず、この世に存在する物体のほとんどは、結晶という状態で存在しています。結晶とは、原子や分子が規則正しく3次元的に配列したものという定義になっていますが、細かく言うと難しいのでこれぐらいにして、とにかく形のある物体は、目には見えないものの原子や分子という非常に小さな粒が集まってできているのです。そして、硬い物体というのは、この結晶を形作る原子や分子が頑丈に結びついていて、変形しにくいということなのです。たとえば、一番硬い物質はダイヤモンドですが、ダイヤモンドは炭素原子がびっしりと結びついて形作られているのです。一方、鉛筆の芯も同じ炭素原子がたくさん結びついて形作られていますが、薄くはがれやすいように結びついていて軟らかいのです。だからこそ鉛筆で字が書けるのです。おっと、ちょっと話がそれました。ダイヤモンドはびっしりと炭素原子が結びついているわけですが、逆に言えば力が加わっても変形して受けた力を分散できないということを意味しています。
 つまり、硬い物体は外部から強い衝撃を受けた時には壊れやすいのです。これが「もろさ」と言われるものです。たとえば、バラの花を握っても壊れませんが、液体窒素で凍らせたバラの花を軽く握るだけで粉々に割れてしまうのをCMで見たことがあるかもしれませんが、あれも同じことです。バラの花びらはとても柔らかく、手で握っても変形しますが、凍らせると硬くなって変形できなくなるためにガラスみたいに割れてしまうのです。硬い物は宿命的にモロいのです。ですので、同じ力を受けても人間の体は変形して衝撃を分散できるのに対し、コンクリートは変形があまりできずに、受けた力がその部分に集中するために耐え切れず、壊れてしまうということなのです。そういうわけで、ちょうどあの時の超能力はビルは破壊するけれど人体は変形して衝撃を吸収できるぐらいの強さだったというわけなのですね。結晶学を用いればこの話で起きていた現象はちゃんと説明できるわけで、やっぱりクレしんは現実的なものなんだなぁと感じました。
  「エスパー兄妹」
2001年1月5日放送のスペシャル。正式には「エスパー兄妹今世紀最初の決戦」。ちなみに、「〜だったと思います」と表現したのは、その時のメールを紛失してしまったからなのです。PC修理時に消えてしまいました。バックアップ取っとくんだった!




















陽子・電子
どちらも物質の最小単位である原子の構成要素で、陽子は原子の中心にある原子核を形作っている。プラスの電気を帯びている。電子は原子核の周りを回っていて、マイナスの電気を帯びている。通常は陽子と電子の数は同じで、原子を外部から見ると電気を帯びていないように見える。
反発力
クーロンというフランスの科学者が1785年に、2つの帯電した粒子間に働く力は2つの粒子が持つ電気の大きさの積に比例し、その距離の2乗に反比例するというクーロンを法則を発表した。ここでもそれを使わせてもらった。
重さが非常に軽い
どのくらい軽いのかというと、陽子が1.7×10-27kg、電子が9.1×10-31kg。0.00…で表すとゼロが30個程度並ぶことになる。
陽子数は10倍
1つの水分子はH2Oと表現でき、水素原子2個と酸素原子1個からできている。1つの水素原子は1つの陽子を持ち、1つの酸素原子は8個の陽子を持っている。よって、1つの水分子には10個の陽子があるというわけ。











ダイヤモンドと鉛筆の芯
このように、同じ原子だけど、その並びが違うために物質としての性質が異なるものを同素体と呼ぶ。鉛筆の芯を高温・高圧条件にすればダイヤモンドができる。このようにして作ったのが人工ダイヤモンドである。なお、鉛筆の芯は物質名としては黒鉛(またはグラファイト)と呼ぶ。



硬い物は宿命的にモロい

実はこのフレーズ、「空想科学読本3」(メディアファクトリー)でも出てきています。

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