CHEF'S OFFICE
<道具>
長持ち道具。大きいナイフは1968年購入。
  包丁のメンテナンス
  (きちんとやれば一生もの。)
包丁の手入れは大切です。手入れが悪いと.料理がうまくできないだけでなく、ケガなどの事故に結びつきやすいものです。包丁は、よく手入れし、正しく使って、安全においしい料理を作りたいと思います。 マリオ 2003年8月8日



もう少し包丁の話を続けようと思います。今度はメンテナンスの話です。
(多少長いのでお急ぎの方は適当にジャンプしてください。)

1.ゆがみやサビを取る 2.欠損やかえりを修復。
3.包丁を知る。 4.研ぎと砥石。
5.研ぎ

あなたの包丁はきれいですか。錆びてませんか。ゆがんでませんか。欠けたり、握りにガタが来てませんか。

包丁は切れることが大事ですが、清潔であることや、見た目の美しさも大切です。ひどく欠けたり、握りにガタが来れば修繕に出すしかありませんが、しかしそれ以外であれば、ちゃんと洗ったり拭いたり、軽く研ぐだけでほとんど一生ものの道具です。

よく、「手を切るのが怖いから。」と切れなくなった包丁をそのままにして使っている人がありますね。気持ちは分からぬではないのですが、しかしこれは間違いです。

切れない包丁は、<引っかかる。><ツルリと滑る。><突然大きく切り進む。>など予想を超えたことが起こりがち。そして、それだけでも十分危険だと思うのですが、加えて、そのような切れない包丁を使うときは、決まって、包丁を持つ手と材料を持つ手の両方に強く力が入っていて、手や指が硬くなり、自然で柔軟な動きができないためかえって事故を呼び寄せ、また咄嗟の対処を遅らせて、事故が大きくなりがちです。包丁は、よく手入れし、正しく使って事故を防ぎたいと思います。
  1. ゆがみやサビを取る
    何かの拍子で包丁がゆがむことがあります。たいていは横から強く力がかかったためで、握りの根本から少しゆがんだ場合は、滑らないようにしめった布巾で包んだり、柄のみを出した形で本などに挟んでしっかりした台の上に置き、握りを持って刃の基部と柄の部分を同時にぐっと押せば割に簡単に直ります。

    ただし、重症の場合は注意が必要です。ゆがんだ部位に大きなひずみができているためで、そこから錆びて包丁がひどく弱ります。また、刃物の中途がゆがんだ場合もなかなか修復が難しい。ともに、買い換えるかプロに見てもらうことをおすすめしたいと思います。

    包丁の赤さびは大敵です。堅くてツルツルの黒い酸化被膜は問題ないのですが、このざらざらした赤さびは、第一に色や食味を損ない、その上不衛生。包丁を浸食し、さらに引っかかって調理の質を損ない、安全を犯します。

    メンテナンスの時間がとりにくい人はステンレス包丁がオススメです。さびの浮いた鉄製の包丁はきめの細かい砥石や台所用クレンザーなどで磨き、薄くラードなどを塗っておくとよいでしょう。

    重症の時は粗めの砥石で手早く落としてください。浸食は意外に深く進んでいるものです。また、粗い砥石をかけたあとは、必ずきめの細かい砥石で表面の傷をとってください。無数の白い傷のある包丁は錆びやすく、放置すれば錆とのイタチごっこになってしまいます。

  2. 欠損やかえりを修復する
    包丁が欠けることがあります。欠けないまでも、刃の一部が小さくゆがんでかえりやふくらみができてしまうことも・・・。堅いものに当たったり、強くこねてしまったときなどにそのようなことが起こるわけですが、これらはどちらもいただけません。

    調理にあまり関係のない部位で、傷みの程度も軽ければ別ですが、先端や中程というのなら、ぜひ修復が必要です。

    ひどければ段階的な修復を工夫する必要が生まれます。しかし、このような場合はすでに素人の処理する範囲を超えていますから、プロに修復を依頼するのも一方です。

    修復のポイントは、粗い砥石やグラインダー、ヤスリなどを用いてさっさと削り取り、刃の凹凸をなくすことだと思います。ただし、発熱は大敵。凹凸がとれたら、粗めの砥石で刃を付け直します。そして仕上げ。

    このような修復を行ったあとは包丁の様子が少し変わります。使用を再開した直後は特に用心が必要です。

  3. 研ぐためには包丁を知る
    研ぎの対象として包丁を考えるときは、全体的な形状と、刃という二つの側面から考える必要があります。つまり、大きいか小さいか。厚いか薄いか。硬いか柔らかいか。カーブしているか真っ直ぐか。両刃か片刃かなどです。

    闇雲に包丁を砥石に当てたからといって包丁が切れるようになるわけではありません。ちゃんと包丁を理解し、何をどう研ぐかを考えた上で取り組まないと、包丁も砥石も、あっという間に傷んでしまい、おまけに研ぎ手は疲れている。

    さて、ここで簡単に包丁の形状をイメージしてみましょう。文化包丁や三徳包丁など標準的な家庭包丁です。

    20センチ程度で、適度に高さがあり、厚みは中ぐらいか少し薄め。刃、背ともにカーブして、先端がとがった両刃包丁。

    このように、三徳包丁、文化包丁などは、普通両刃がついていますが、これは、切れ味よりも汎用性や操作の安定性を重視しているからで、誰でも安全に使えるという課題からすれば、これは当然のことだと思います。(少し誇張しましたが、包丁の構造を示します。)

    包丁の高さ、つまり胴の幅は包丁の直進性に関わっています。
    幅が狭いと小回りがきき、また、幅が広いと安定性が増します。言葉を換えれば前者は不安定ということだし、後者は融通が利かないということです。また刃物がすっぽり材料に挟まれたとき、幅のある包丁は運動性が落ち、逆に幅がなければ、そのような状況でも動きが取れるということでもあります。

    包丁の厚みは包丁の強度と材料を押し分ける度合いに関係します。
    薄い包丁はそれだけ薄切りに適しており、、仮に分厚い包丁で、たとえば野菜の薄切りを試みれば、切ると言うより裂く感じになり、材料が硬ければ、遂には割れてしまいます。

    反面、薄い包丁は押し分ける度合いがあまりにも緩やかで、そのため、しばしば切った材料が裁けずに、包丁面にくっつくというトラブルが生じます。また、ペニャペニャの薄刃では、材料にかんだまま包丁がゆがむため、正しく操作できなくなるだけでなく、破断、折損などの危険が生まれます。いわゆる牛刀が、幅の広い肉厚の刃物である理由はこの二つのことで容易にご理解頂けると思います。

    さて、刃のそりあがるカーブは、なめらかな動きと切れ味を約束します。背のカーブは、先端に向けて包丁の幅が急に狭くなるので、包丁が軽くなり、同時に操作性もあがります。そして、当然ながら、とがった先端で刺したり、切ったり、先端部に生じた柔軟な腰を利用するなど、包丁の操作に新しいレパ−トリーが加わります。

    いよいよ刃です。
    包丁の刃は大きく分けて二つの部分から成り立っています。一つは言うまでもなく材料に傷を付けて切り進む先端部分と、進む力を利用して材料を押し分ける刃の主要部分です。

    刃の先端部分が薄く鋭利であればそれだけ刃物はよく切れるわけですが、逆にそのような刃先は繊細であり、傷みやすいうえ、何にでも引っかかり、触れた相手を不用意に傷付けるという欠陥を生じます。つまり逆ならば、丈夫でなめらかに仕事が運べる反面、多少切れにくいということです。

    刃の主要部分は先端部と胴に段差なくつながっています。そして、その大きさと厚みの変化する度合いに応じて、実際の切れ味というか、切っているときの手応えが大きく違ってしまいます。

    つまり、変化の度合いが大きいと強い抵抗が生じ、場合によっては、傷は付けても切り進まず、滑り抜けたり、材料から跳ね返されることすら起こります。また、変化が乏しいと、切れた材料がうまく裁けなかったり、材料の吸着によってスムーズな操作が阻害されてしまうのです。

    ひと言で言えば、刃の組み立てというのは、相互的なものであり、利用目的に応じた適当なバランスが求められるということです。

    少し話がややこしくなりました。
    プロは自分なりの包丁を目的に応じて<研ぎ出してゆく>のが普通です。
    しかし、通常の家庭での利用では、そのようなことはまず必要ありません。買ったなりの包丁をそのまま使い、切れなくなったら研ぐ。それでいいと思います。
    そしてそれを繰り返すうち、ある程度包丁がすり減って、研いでも切れ味が回復しなくなったら、今申し上げたようなことを参考に、補正を試みればよいでしょう。

  4. 研ぎと砥石
    さてお待たせしました。待望の研ぎ方です。

    研ぐのは簡単です。私の場合、もともと管理されている包丁なので、1本あたり20秒程度。数本の包丁であれば2〜3分で十分です。

    普通研ぐのは刃の先端部分のみです。無論少し切れ味が落ちたら刃の主要部分を補正しますが、それとても、文化包丁の家庭的な利用なら、おおむね1〜2ヶ月に1度で十分だろうと思います。

    前後しますが、包丁を研ぐには砥石が必要です。へこみやムラのないものが望ましく、品物としては、普通の人工砥石で十分です。

    私の場合は、粗砥、中砥、仕上げの3つを用いていますが、日常的には粗砥と仕上げのみを用い、中砥は刃をつけ直すような大がかりな作業の中継ぎに用いています。また、砥石同士ををすりあわせて研ぎによる砥石のひずみ補正するのにもこの中砥は重要な道具です。

    ところで、私が行っている、<粗砥と仕上げ砥石のみによる研ぎ>というのは少し変わっているのかも知れません。つまり刃の先端部はもっぱら仕上げ砥石で研ぎ、粗砥は刃の主要部分の補正に用いるわけですが、これは、ステンレス包丁でなければ決して出来ない、特殊な使い方だと思います。

    もう少し説明が必要かも知れません。
    刃の主要部分をきめの細かい砥石でより鏡面に近づけて研ぐと、材料が吸着して切り進みにくくなります。逆に、この部分に無数の微細な傷があるなどして、材料と刃物との間に空気や水の層が挟まっていると、材料がスムーズに裁けるので刃物がよく切れるということです。

    しかし、もしこの刃物がステンレスではなく普通の鉄製なら、そのような傷の多い刃物はすぐにサビや金臭みが出てしまい、調理にあらゆる悪いことが起こります。板前さんが、布巾で包丁をしめらせ、脂を落としながら刺身を切るのはよく見かける光景ですが、鉄製の包丁とステンレス包丁とでは、研ぎにも使い方にも、異なるさじ加減があることは確かです。

    ところで、ステンレス包丁の研ぎについて包丁メーカーはどう言っているかというと、おおよそ「刃は中砥で研ぐ。」というのが一般です。

    確かによく切れます。理由は、刃の先端部が細かいノコギリ状になる度合いが仕上げ砥石によるよりもかなり粗く、そのため、掛かりというか、材料をとらえる力が強く、切り裂いて進む力に勝ります。

    がしかし、私はその研ぎ方を好みません。材料がかなり傷つき、包丁が急速にすり減ります。ケガしても、ガサガサした刃ではなんだか大きくなりそうで、それをおそれる気持ちもはたらきます。研ぎというのは、使う人の気持ちやポリシーによって、違うものだなと思います。

    ともあれ砥石です。
    一口に粗砥、中砥、仕上げと言っても、実際は、粗め、細め、硬め、柔らかめなど種類は豊富です。ご自分の好みでお選びください。あとは買った砥石にあわせて自分の研ぎを工夫すればよいでしょう。

  5. 研ぎ
    砥石に直角。さて、研ぎの続きです。

    文化包丁など家庭用の包丁が、分厚すぎるということはありません。ですから、その研ぎは、刃だけを念頭に置けばよく、難しいところは何一つありません。

    まず最初に粗砥でざっと刃を研ぎ出します。
    ただし、割に新しい包丁なら、この作業は省略してください。

    一般に砥石面に対して15度ほど浮かした感じ。メーカーがつけてある刃の角度と一致させて問題ないはずですが、時には極度に鋭利なものや、逆に鈍角のものがあり、その時はいずれも適当な補正が必要です。

    もっともこの補正は、一度にすべてをやりきろうとは思わず、少しずつ作業を分けて、時間をかけて行えばよいでしょう。実際、かなり鈍角の刃でも、とりあえずわずかな出っ張りを落としただけで、切れ味は大幅に改善しますから、次の補正作業が楽しみになりますし、薄過ぎる刃の再成形などは、粗い砥石にとっては朝メシ前の課題です。ただしこの場合、薄すぎる部分がしばらく残りますから、その間は、取り扱いに十分な注意が必要です。

    研ぎは、必ず砥石を置いたその方向に包丁を前後させます。その方向が、刃に刻まれる微細な溝の方向であり、それをノコギリの刃と思えば、自ずから、正しい包丁のセットは理解できると思います。

    迷いがあるなら、刃先のラインが常に砥石の方向にたいして直角なるよう心がければよいでしょう。力は入れません。手にもっとも心地よい手応えが感じられる、ほどよい強さを覚えましょう。

    刃の研ぎ出しは、刃先がわずかに返るか、今にもそうなりそうなあたりでOKです。
    鉄製の包丁ならつづけてきめの細かい砥石で順次刃を研ぎあげてゆく必要がありますが、ステンレスの場合は、せいぜい中砥止まりです。つまりここまでが、1〜2ヶ月にいっぺん、場合によっては3月、半年にいっぺんの作業です。

    さて、こうして刃の形ができあがれば一段落。次は刃の先端部分に取りかかります。砥石は、お話ししたとおり、私の場合は仕上げ砥石。一般には、ステンレスなら中砥。鉄なら仕上げです。

    仕上げ研ぎの操作は、刃をつけるときと基本的には同じなのですが、包丁は先ほどの刃を研ぐときよりは一まわり起こします。また、研ぎムラをなくし、刃の直線性を保つため、時折、カーブした線に沿わせて、適度に滑るように砥石に押し当てます。

    包丁の厚みや刃の角度によってかなり違いますが、刃先の0.1〜0.5ミリ程度、大きくてもせいぜい1ミリぐらいのところに、色の違う鋭い刃が立ち上がるのが分かると思います。両面から研いで、反り返りのない鋭い刃ができれば終了です。そしてこれが、日常行えばよい、普段の包丁を研ぐ作業です。

    ちなみに、片刃の包丁の場合でも、鋭く立った、落としっぱなしの刃の裏側から、ほんのわずかに、仕上げ砥石でこのようなあたり方をしてやれば、研ぎや刃のメンテナンスは格段に楽になります。お試しください。
    刃のカーブは刃物を逆に反らして研ぎ出す。
    ところで、カーブした包丁を平らな砥石で研ぐというのはいかにも不合理だとは思いませんか。下手をするとせっかくのなめらかなカーブがとれるし、砥石にも変形が起こります。

    私は、そのような矛盾を解決するために、柔軟性のあるほとんどすべての包丁を弓なりに反らせるように持って研いでいます。スプーンを伏せた形を想像してください。砥石のような平面で研いでも、カーブしたものが型を崩さず無理なく研げるのが理解いただけると思います。また、このように反らせることで、刃物にバネのような張りが加わり、それによって、包丁の先端の柔らかく鋭い部分にいたるまで、変形に導くことなく、きれいに研ぎあげることができるのです。

    無論、このようなことは包丁が硬ければできません。また、十分な練習なしには、このような技術は実用にはなりません。

    しかし、特殊な技術を用いなくとも、<包丁を平らに置いて、砥石との接触面を直接指で強く押す。>というような乱暴なことはせず、包丁の形を尊重する研ぎ方を常に心がけてさえいれば、ことさらな変形は起きないものだと私は思います。

    とにかく、研ぎは慣れです。何度も研げば、自然に手首が決まります。そして何度も研ぐうちには、包丁の特性が見えてきますし、自分の癖もわかります。おかしいなと思ったらすぐ直す。そういう心がけで望めば、大きな失敗はないと思います。

    包丁が切れれば、能率的だし、料理は楽しいものだと思います。普段ははわずか20秒。騙されたと思って、お宅の名刀、一本研いでみてください。

    2003年8月8日 マリオ 

OfficeTopへ