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ソンブレロのメキシコ鶏
メキシコ鶏とその時代

<安くておいしく手間いらず。>それがメキシコ鶏のコンセプトです。レストランが低コストで手間のかからないおいしい料理を作ることを求められるのは、何も今に始まったことではありません。マリオ開店に関わったメキシコ鶏とその時代背景をお話ししたいと思います。…9月22日



メキシコ鶏という料理を作りました。
もう30年近く前のことです。マリオの人気メニューでしたし、ラ・ヴィルフランシュでも折に触れて、ビュッフェに献立られることがありましたから、ご記憶の方も多いと思います。

<安くておいしく手間いらず。>それがメキシコ鶏のコンセプトです。
レストランが低コストで手間のかからないおいしい料理を作ることを求められるのは、何も今に始まったことではありません。当節の安い料理は、なぜか人の目を欺くようなもっともらしい高級感のある体裁をまでも求められてしまうものですが、しかし、さすがに昔はそんな馬鹿なことは考えなかった。安くておいしいということは、それ自体立派な価値でありました。

70年初頭の街の西洋料理店は、1960年代の発展期以来、はじめての厳しい試練に立たされていました。

従来の簡易食堂などの分野が洋風メニューを加えて喫茶店化し、ランチを中心に洋食系の食事を提供する飲食施設が街中に現れました。加えて、郊外にはファミリー層対象のドライブイン・レストラン、いわゆるファミレスが乱立し、街の内でも外でも、激しいシェア争いが始まります。そしてそのような競争の中では、相応の材料と人手と熟練を必要とする伝統的な西洋料理のお店は、マスプロ食品を導入したそれら新興洋食店群の前には、価格面でも利便性の面でも、経営効率の面でも、また規模から来る演出力や顧客へのインパクトの面でも、到底太刀打ちできるようなものではありませんでした。

当時の洋食系のマスプロ食品は、そのほとんどが西洋料理店の<オーソドックスな売れ筋メニュー>を量産・量販用にコピーしデフォルメして作られたものでした。つまりこの時代は、伝統的な洋食人気メニューが、低価格と簡便さを武器にしたマスプロ食品に取って代わられようとする時代です。

「まごまごしてたら潰される。」
手作りを基調にする街のレストランは、今やそれへの明快な回答なしにはその存在理由を主張することはできません。かといって、ブランド店でもない限り、品質を価格に反映させることなどできるわけもなく、ただで働く人もないわけで、結局、低価格で高品位の商品を少ない人手で実現できる安定した技術を持たないことには、街の西洋料理店は、生き残ることができないように見えました。しかも、そうやって作られるメニューの一つ一つは、それを食べた誰でもが、容易にその品質を識別できる、明快な差別性を持ち合わせていなければなりません。さもなくば、そのような技術すら、今や持つ意味そのものが失われてしまうのです。

高品位の食材。センスのある高い調理意識と技術力に裏打ちされた質の高い料理。質の高い行き届いたサービス。センスよく整えられた雰囲気のあるレストラン空間。それらはすべて、ひとがレストランを問題にするとき必ず取り上げる重要な要素ですが、それらはまた、どれも例外なく、相応の高い対価を必要とする要素でもあります。しかし、それにもかかわらず、当時の実際の街のレストランは、競争の激化のなかで、<低価格での実現>という矛盾した課題を突きつけられ、引き裂かれた形でその回答を迫られていたのでした。


さて、メキシコ鶏は、そういう高いハードルを意識して作られた料理です。無論、「低価格で手間がかからず、高品質が約束される。」というのだから、難しい料理などであるわけがありません。早速、作り方を紹介したいと思います。前置きが長くなりました。

<マリオのメキシコ鶏>
材料4人分 鶏もも肉4本または1羽分ぶつ切り
(少し小振りで無駄な脂がなく、しっかりした肉質のもの)
バターまたはオイル、テーブルスプーン1杯ほど。(鶏を焼くため。)
トマト・ピューレ。赤ワイン。水ともに120cc。
冷凍カットコーン120〜150g
塩と挽きたての黒コショウ。潰しニンニク1片。ローリエ。
チリ・パウダー。カイエン・ペパー(唐辛子)少々。

バター20〜25g(仕上げ用) 
道具類 フライパン。煮物ができるフタ付きのナベ。

 調理
  1. 鶏肉は、普通に塩コショウしてフライパンで色づくように炒め、きれいに色づいたら浅いカセロール(ソテ鍋)に移します。
  2. 脂を捨てた熱いままのフライパンに潰して刻んだニンニクを入れ、チリリと泡が立ったら、赤ワインを注いででフライパンにこびりついたエキス分を煮溶かします。「デグラッセ」と言います。
  3. このデグラッセしたワインを鶏を入れた鍋に加え、さらにカイエン・ペパー以外の他のすべての材料を加えてさっと煮立てます。アクを取り、火を絞り、ことことと弱火で45分ほど煮込みます。
    (煮込み時間は肉の大きさと硬さによって違います。鶏肉の骨を抜いた場合は35分程度でOK。柔らかくなりすぎず、肉感を楽しめて、なおホクリとほぐれる程度。)
  4. 中途でアクと余分な脂肪をすくい取りながら煮込みます。時間が来ればそのままで丁度いい程度のソースの味と濃度になっているはずですが、やはり多少の補正は必要です。
  5. 最後に味を調え、カイエン・ペパーを加えてできあがり。
  6. ソースの仕上げはバター一片。好みの付け合わせ野菜と一緒に皿に盛りつけ、ソースを掛け、上から刻みパセリを散らします。
メキシコ鶏の煮上がり ヒントとテクニック
この料理は冷却しておき、必要に応じて温め直して用いて風味が損なわれることはありません。

また、この料理は、煮込みをはじめてからお客を迎え入れ、エビのサラダなどのアントレの仕上げに取りかかれば、すべて丁度のタイミングで家庭でのもてなしの2皿のコースができあがります。できたてをどうぞ!

なお、エスコフィエ・フランス料理に若鶏のソテー、メキシコ風というのがありますが、この料理はそれとは関係ありません。このエスコフィエ料理はなぜか白ワインでデグラッセしますし、付け合わせもグリルしたピーマンやマッシュルームです。



さて、マリオ開店当時のオリジナルのメキシコ鶏には、刻みタマネギもニンジンも、フォン・ド・ヴォーもいりません。いかにもシンプル&エコノミー。

小さなアイディアが形を獲得するのにそうたいしたきっかけはいりません。友達をもてなすのにおいしい鶏料理を食べさせるぐらいしかお金がなくて、たまたま手元にあったマコーミックのチリ・パウダーを使ってエイヤッとやったのが始まりです。
「ウーム。これはいける。」
以後これをなんだかんだと作り続け、チリとトウモロコシだから<メキシコ鶏>(メキシコドリ)と呼び慣わしたのでした。

マリオの開店は1977年です。私たちにとって、西洋料理店における手作り料理の復権と確立は、第一に解決しなければならない、どうしても避けては通れない重大な課題でした。
「この料理さえ売れたら店は立つ。この料理さえ売れたら、必ず未来は開かれる。」
祈る思いで、私たちはこの料理を開店のマリオの献立表に載せたのでした。

25年が経ちました。私たちがこの料理をレストランのメニューとして提供することはもうほとんどありません。しかしこれを、一レストランの過去の料理として埋もれさせてしまうには、あまりにも忍びなく、ここにオリジナルルセットを公開し、皆さんに楽しんで頂きたいと思います。

2003年9月22日 マリオ 

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