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サフラン風味に魚を煮る。 マリオのメニューにあるサフラン風味の魚料理。でも、私はその料理をどうして作ったのかを思い出すことができません。…2003年8月6日 いつの頃からか分からないのですが、マリオのレパートリーのなかにサフラン風味に煮る魚料理が入っています。クリームを使った黄色いソースの料理なのですが、どうしてそういう料理を作ることになったのかは、実は当の私も知りません。おそらくあまり深く考えずに即興で実行して、よかったからそのままになったものでしょう。追手筋へ移ったばかりの頃でしょうか? 作り方はこうです。 まず、魚100gにつき45cc程度を目安に、それぞれ白ワインとフュメ・ド・ポワソン、生クリームを準備します。エシャロットの小片とサフランも忘れずに。 ナイフで刻み目を入れたエシャロットとサフランを白ワインで煮出します。その間に、たとえば舌平目のフィレを調味し、折りたたんで形を整えます。準備ができれば、その鍋にフュメ・ド・ポワソンを加え、用意した魚を入れて穏やかに煮ます。 魚が煮上がると、魚を適当な皿に取りあげて保温し、エシャロットを取り出して鍋の煮汁を煮詰めます。十分に詰まったら、生クリームを加えさらに煮詰め、適当なソースの濃度になったら味を調え、バターでモンテしてできあがり。魚を皿に盛り、ソースをかけます。 調味は塩こしょう、レモン、カエン・ペパーで行い、酸味を引き立てておくのがポイントです。 生クリームの量は多少の加減が必要です。また、仕上げに角切りのトマトや少し堅めにゆでた赤ピーマンやキュウリ。刻んだシブレットやパセリを散らすと、見た目も香りも、歯触りもゆたかに演出できます。 ところで、サフランと言えば、すぐに思い出すのが南仏の有名な魚のスープ、<ブイヤベース>です。 「サフランは高いから・・・。」 という人の多くがこのブイヤベースを作ろうとして、思いがけず値の張るサフランに出くわして、そのことを強く記憶にとどめているようです。もっとも、実際の使用量から考えれば決して高いものではないのですが・・・。 参考までにロジェ・ヴェルジェ氏の<ムーラン風スープ・ド・ポワソン>を紹介します。作り方はブイヤベースとよく似ていますから、我と思わん方はお試しを。なお、出典は同氏の<Ma Cuisine du Soleil >です。
ブイヤベースでは、魚は別皿に取りますが、このスープ・ド・ポワソンでは野菜などと一緒に強く押して漉し、うまみはすべてスープに集めます。 ブイヤベースに代表されるこの種のスープは多様な変化が可能です。私の場合、エビやカニを加え、オレンジピールを入れたり、フェンネルを種子や枝で行ったり、エトセトラにエトセトラ。ついには肝心のサフランだって消えました。 ところで、レイモン・オリヴィエ氏の<La Cuisine>(日本語訳、現代フランス料理全書)の中に<舌平目のクリーム煮>という料理が紹介されています。1965年の本というから、かなり古い本なのですが、ちょっとおもしろいので紹介します。
作り方はこうです。 調味をしポピエットに巻いたり折りたたんだりした舌平目のフィレをバターを塗ったカスロールに並べ、白ワインとレモン汁を振りかけます。あらかじめとっておいた出し汁も、魚の3分の1ぐらいの高さまでそそぎ、、保湿用にバターを塗った硫酸紙をかけてオーブンで加熱する。 火が通れば魚を皿に空けて保温し、他方で煮汁を煮詰めます。煮詰まれば生クリームを加えて更に煮詰め、味を整えバターでモンテして仕上がり。魚と付け合わせを皿に盛ってソースで魚を覆います。 実に簡単。ソースに小麦粉の入ったルーを用いるのに比べ、料理は、その作り方に集中性と一貫性が生まれ、仕上がりもきわめて明晰です。そして、このやり方と、最初にお話ししたマリオのサフラン煮と酷似していることにご注意頂きたいと思います。 オーギュスト・エスコフィエは20世紀初頭の著書<Le Guide Culinaire>の中で、ソースについて注目すべき意見を述べています。抜粋すると次のようなものです。
エスコフィエのこの予言的忠告は、レイモン・オリヴィエ氏の上記の料理では完全に実行されていると思います。しかし、60年代半ばといえば、日本の西洋料理界では小麦粉を用いたホワイトソースやドゥミ・グラスが全盛の時代です。その時代、洋食とはルーでソースを作ることであり、「そんなのはちょっと面倒だし、自分にはできそうにない。」と考える人がかなり多くありました。そして今もそうでしょう。そういう意味では、料理とソースをめぐる日仏のこの意識ギャップは、そう簡単には埋まらないかも知れません。 それにしても、「フランス料理のソースは、鮮度が落ちた肉をごまかして食べるための工夫。」とはなんというおぞましい誤解でしょう。 さて、再びサフラン煮の話に戻りましょう。 実はマリオの店には、もう一つサフランで煮る魚料理があります。クリームを使わない、トマト風味のソースで、はりまや橋時代に<甘鯛のサフラン煮>として始めたものなのですが、こちらのほうにはもっとはっきりとした動機がありました。 古くからの人気料理で<ルージェのオリエンタル>というのがあって、ここではヒメイチのような魚が冷たい前菜になるのですが、その時私は、トマト・フォンデュー(刻んで煮溶かしたトマト)をたっぷり使ったこの料理を、後口のさっぱりした温製の魚料理に仕立てなおしてみたかった。 味の透明感が失われるため、魚は炒めません。煮汁はクールブイヨンと白ワイン。用意すべきはトマト・フォンデュー。サフラン。オリーブ・オイル。ニンニクの小片。レモン。 魚が煮えたら、例によって煮汁を煮詰め、緩やかにつながるフォンデューになったら味をととのえ、オリーブ・オイルをたらしてできあがり。皿に盛った魚にフォンデューを着せかけ、刻みパセリを散らします。調味のポイントは、キリッとレモンをきかすこと。 さて、サフランは古くて新しい食材です。現代の巨匠たちのレシピもたくさん発表されています。 たとえば、ポール・ボキューズ氏の<ムール貝のスープ>。先に述べたブイヤベースに似た魚のスープで、それにたっぷりのムール貝が入り、生クリームで乳化しています。 ロジェ・ヴェルジェ氏の<舌平目とムール貝のクリーム煮、サフラン風味>は、つなぎにジャガイモのピュレを用いた個性的なクリーム・ソースです。 また、フレディー・ジラルデ氏の<舌平目と鮭のポーピエット、サフラン風味>というのは、レイモン・オリヴィエ氏の前記のクリーム煮に似ているのですが、たっぷりトマトが入ったクリームのソースで、それに、ニンニクや粉末サフランが使われます。 あらゆることができるのが料理です。しかも、そのために誰も不幸になることがない。いや、誰でも簡単に楽しめる。ソースの基本も分かったことだし、あなたも、オリジナルの魚料理に挑戦してみてはいかがでしょう。 ちなみに、サフランはアヤメ科の植物で、クロッカスの仲間だそうです。百科事典にそう書いてありました。別の本でクロッカスを引いたら、サフランの仲間だとか。ウーム? 秋にクロッカスによく似た花が咲きます。先年≪丸福農園≫にそれがあって、愛らしく咲いているのを、おもしろがってもらって帰りました。驚いたことに、咲いた花のめしべが、ある時期土に届くほど長くのびてきて、それを切って乾燥させたらそれらしいものができあがり、使ったらうまく料理になって、「案ずるより、料理だな。」と思いました。 2003年8月6日 マリオ |
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