GOURMET LABORATORY
 
サービス直前。舌平目のポピエット。
 ソール・スフレーと舌平目のポーピエット

お店の看板料理、スペシャリテと言えば、長く変わらぬことが大切だと考えられがちですが、しかし、マリオのスペシャリテは時とともに成長する料理です。マリオの献立の中でもっとも長く続いている≪舌平目のポーピエト≫とそのソースを紹介したいと思います。



シェフ・ボックスの中でメキシコ鶏のことを話しましたが、マデール風味の香草ソースを添えたロースト・ビーフなどとともに、マリオの献立の中でもっとも長く続いている料理が、この舌平目のポーピエトです。

この料理は、贅沢ですが特に難しい料理ではありません。一般には調味した舌平目のフィレに風味付けのムースなどを塗ってグルグルッと巻いて火を通し、好みのソースを添えればできあがり。形よく見せたければ真ん中で二つに割って、渦巻きの切り口を見せて盛りつけます。
カナダ産活きオマール入荷
現在マリオの店で使っているムースは甘鯛とオマールエビを用いて作ります。それぞれの正肉150gずつ。それを塩・コショウ、カトルエピスで調味し、フード・プロセッサーにかけ、これに卵白50g、生クリーム350ccを小分けして加え、なめらかな練り物に仕上げます。割りに簡単な作業です。

しかし、昔はそうはゆかなかった。

ムースのベースはカマスです。はじめは普通のカマスだったのですが、安定した入荷が難しかったのと、もう少し大型のほうが仕事が速いということもあって、次第に、いわゆる寿司カマスに移行しました。このカマスに地エビを加えて風味をのせる。

機械もフード・プロセッサーなんかではありません。家庭用のミキサーでした。これでは一度にたくさん処理できないから何度かに分けてすりつぶす。少し温かくなるのでボールにとって氷で冷やしながら生クリームを加えます。そうするとかえって品質の劣化が早いことが分かったから後にやめましたが、初めのうちはいちいち裏ごしもしていました。

とまあそんな訳で疲れます。「あーっ。フード・プロセッサー使えるぐらいの店にはしたいもの。」人と設備の整った都会の名声店やホテルなんかと見比べて、ちょっと情けなく思うときもありました。なにせマリオは、前菜からデザート、洗い場に至るまで、すべてたった一人の仕事です。


当時のルドワイヤン。
さて、いかにもフランス料理らしい料理で、長く作り続けられてお店の看板になるぐらいの料理を作りたい。そのような思いで作り始めたのがこの料理でした。確かに、フランスの名声店は、長いこと作り続けている看板料理を持っている。

シャンゼリゼにルドワイヤンというレストランがありました。いや、今でもある。シャンゼリゼの公園部分南側にあるちっちゃな宮殿のようなレストランで、当時ミシュランで二つ星。代替わりして変遷し、今は3星の評価を得ています。高級店。そしてその当時、そのお店の魚料理のスペシャリテの一つに≪舌平目のスフレルドワイヤン風≫というのがありました。

スフレは<ふくらました>という意味です。少し小さめの舌平目の頭を落とし、背の皮をはいで中央から包丁を入れ、姿を残して骨を取りのぞきます。調味して上下のフィレの間に川カマスとオマールエビで作ったムースをふっくら形よく詰めて、白ワインと魚の出し汁で作った煮汁の中に並べ、火を通し、仕上げはソース・アルモリケーヌをかけてフルーロン(付け合わせ用の小型のパイ)を添えてできあがり。

なお、ソース・アルモリケーヌはアメリケーヌの別名ですが、今のマリオの店では、生クリームを仕上げに用いてアメリケーヌとは明確に区別しています。

舌平目のスフレーこれはいいと思いました。舌平目のフィレにエビなどのムースが絡んだ料理は多数あります。ムースを塗って折りたたんだり、型にフィレを張って中にムースを詰めたり。ロールにしたり・・・。

当時のマリオでも、形式も、添えるソースも、いろんなことをやっていたのですが、このスフレと出会うことで、本来円く巻くはずのポーピエットをフィルムで扁平に細長く巻いて調理し、ソース・アルモリケーヌを添えて提供する、今の形ができました。おかげで加熱時間も短縮です。

当のルドワイヤン風の舌平目のスフレも、初期のマリオでは何度も提供したと思います。あるいはご記憶の方があるかも知れません。

がしかし、これには難がありました。丁度の大きさの魚が安定して確保できない。下ごしらえに手間がかかる。加熱のための煮汁が無駄になる。最後にエンガワと骨のチェックをしないと提供できず、そのため、提供に時間がかかる、…など。

これからいうとフィルム調理の扁平ポーピエットは格段に有利です。やはり、人も資金も潤沢な高級料理店の料理は、マリオのような小型店には適用することができません。



さて、こうして安定した形式を獲得した<舌平目のポーピエット、ソース・アルモリケーヌ>ですが、しかし、その作り方が<不変>だったわけではありません。詰め物の最初は、お話ししたようにカマスと地エビのムースですが、次第にエビが増加し、やがてカマスは甘鯛に取って代わられます。さらにエビがオマールに変わり、今では詰め物の核としてオマールの切り身が入るようになりました。

サクラガニ。高知ではトラガニ。ソースに使う甲殻類も変わりました。最初は地エビのみ。次第にその時々の伊勢エビやオマールが加わり。それが主流になり。今は地のカニ(ガザミやサクラガニなど石ガニの仲間)も加わって味に厚みを増しました。

お店の看板料理、スペシャリテと言えば、「変わらぬことが大切。」と考えられがちですが、しかし、マリオのスペシャリテは、<時とともに成長する料理>です。

さて、最後におなじみのソース・アメリケーヌ(マリオ・スタイル)とそのアルモリケーヌ仕上げを紹介したいと思います。

<マリオのソース・アメリケーヌ>
材料 フュメ・ド・ポワソン2g
材料すべてを一緒にして煮立て、穏やかに30分煮出して布ごし。
舌平目などの魚とそのアラ2kg
タマネギ、ポワロー(or白ネギ)など 200g
ニンジン140g。セロリー15gほど。
パセリの茎ひとつかみ。
粗刻みマッシュルームとその削りクズひとつかみ。
タイム。ロリエ。コショウ。適量
水2g。白ワイン150cc。
レモンジュース少々。
甲殻類2kg オマール(尾とツメを除いた胴殻および脚部)。桜ガニ(虎ガニ)ガザミなど。地エビ。合計2kg
甲殻類の処理用ブランデーなど
(フランベなどのため)
コニャック(エネシー)250cc。白ワイン200cc。ピュア・オリーブオイル適量。
ソース用香味野菜など タマネギ(およびネギ)、ニンジン各200g。セロリー30gニンニク中3片。
オリーブオイルとバター計180g程度。
小麦粉135gほど
トマト・ピューレ600cc
フェンネル。オレンジピール。タイム。パセリ茎。エストラゴン。コショウ。(煮上げにカエンペパー。)
必要に応じてレモン。
ソースの仕上げ用バターなど バター。エクストラ・バージン・オリーブ・オイル。レモン汁。それぞれ適量。
道具類 深めの鍋。フライパンまたは浅鍋(甲殻類を炒めるため)。
シノワ。木製木じゃくし。天竺さらし(布漉し用)

作り方
(ご家庭では4分の1程度の量にするとやりやすい。できるだけ多めに作って、保存するとよい。)
  1. 香味野菜をバターとオリーブオイルで炒め、水分が十分飛んだら粉を振り込みよくかき混ぜて色づかせる。フュメ・ド・ポワソンを注いでよく混ぜ、煮立ててなめらかなソースにする。
  2. 他方でエビやカニをオリーブオイルで炒め、コニャックと白ワインを注いでフランベする。
  3. アルコールが飛んだらソースに加え、香料とトマト・ピューレを加えて30分ほど煮出す。
  4. 塩コショウで調味し。カエンペパーを加えてシノワで漉す。冷却し冷蔵または冷凍
このソースを用いるときは、再加熱し、調味を確かめ、料理に応じた適当な修正を加えて利用する。仕上げにバター一片と少量のエクストラ・バージン・オリーヴ・オイル。レモン汁を加える。

アルモリケーヌ仕上げにするときは、3〜4分の一量の生クリームを加えて濃度を整え、アメリケーヌ同様の仕上げを施す。ソースは鋭さが押さえられ、ひと回りふくよかになる。

以上、マリオの舌平目のポーピエットとソース・アメリケーヌおよびアルモリケーヌです。ご家庭でどうぞというにはちょっと面倒ですが、しかし、ポーピエットはともかく、ソースだけは作っておく値打ちはあると思います。ビン詰め。冷凍。どちらも有効な保存手段です。

2003年10月21日 マリオ 
 

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