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マーサの幸せレシピ /
Bella Martha /
Mostly Martha

Sandra Nettelbeck

2001 D/Ö/I/CH 105 Min. 劇映画

出演者

Martina Gedeck
(Martha - フランス料理のコック長)

Sergio Castellitto
(Mario - イタリア料理のコック、マルタの代理)

Maxime Foerste
(Lina - マルタの姪、8歳)

August Zimer
(マルタの精神分析医)

Sibylle Canonica
(Frida - フランス・レストランのオーナー)

見た時期:2002年9月

ストーリーの説明あり

井上さんにお薦めの作品です。事情の説明などもあるのでちょっと長目になります。

ドイツ、オーストリー、イタリア、スイスの共同制作。こうも国が多いとたいていは取りとめのないつまらない作品になるのですが、珍しく統一の取れたまとまりのいい作品です。欧州の女性監督には自己満足用の作品を作ってみたり、足元がおぼつかない人もまだまだいますが、これは男だ、女だと言われることのない、足が地についた作品です。女性らしい視点はありますが、それだけに流されていません。

主演のマルティナ・ゲデックという人はドイツ語圏では有名なベテラン女優。40歳になる手前の南ドイツ出身の人で、これまで南が舞台の作品を2つ見たことがあります。1つはロッシーニ悦楽晩餐会、または誰と寝るかという重要な問題)といい、日本でも公開されています。もう1つは Alles Bob!。両方とも何のために作ったのか分からないようなつまらない筋で、Alles Bob! ではちょっと太目で、疲れ切った母親を演じていました。

マーサの幸せレシピは何のために作った作品か。マルティナ・ゲデックを褒め称えるために作った作品です。彼女の体調は Alles Bob! より良く、魅力的です。無理が無く、自然な演技ができる役です。

ストーリーの説明をします。見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

ドイツ語でゲデックというのは「定食」、あるいは「1人分の洋食の食器(ナイフ、フォーク、スプーン、皿など)」という意味なのですが、女優ゲデックの役はハンブルクにあるフランス料理の高級レストランのコック長。皆さんもご存知でしょうが、家でご飯を作るのは女性、店でご飯を作るのは男性と相場は決まっています。ですから彼女の役はとても大変な思いをして上まで上がって来た料理人です。俳優の名前がゲデックというのは偶然でしょうが、洒落になっています。ロッシーニもそう言えばイタリア・レストランの物語でした。

女性にはまだまだ門の狭い職種なので、女性コック長ともなるとストレスはかなりなものでしょう。女性でも雇って貰えているのは、レストランのオーナーも女性だという背景があるのだと思います。部下の1人は妊娠して臨月の近い女性。全体的に女性の比率の高いレストランで、そういうのは一流レストランでは珍しいです。

ゲデック演ずるところのマルタはフランス人の父親譲りの腕前で、お情けで雇ってもらったとか、女性解放運動の一環でというのではなく、本当に腕があるという設定。調理場のシーンは退屈しません。撮影前にみな本格的に料理の研究をしたような感じで、私がチラッと知っているレストランの舞台裏と似ていました。私が見た頃は女人禁制という雰囲気で、私は見物人だから入っていられたという印象ですが、この作品では女性がしっかり働いています。唯一文句を言いたかったのはナイフの使い方。元々西洋料理の人と和食の人では包丁自体が違うだけでなく、包丁の持ち方、使い方もかなり違うのですが、このシーンだけはあまりプロらしくなく、もしかして一部はスタントを使ったのか、とかんぐっています。ゲデックが物を切るシーンになるとカメラが上に上がって、手が見えなくなります。それ以外の点、体の動かし方、スプーンやしゃもじの使い方はプロっぽく見えます。

また、これも本物臭いなあと思ったのは仕事にかかる前のシーン。こういうタイプのレストランでは従業員が集まって一緒に食べたりします。お客さんがたくさん来る時間になると、もう戦争のような騒ぎで、息が合っていないと、物を落としたり、従業員同志がぶつかったり、大変なことになります。誰かが呼び出されたら、他の人がタイミング良く後を引き継がないと物は焦げ、食べ物がさめてしまったり、とカタストローフェ(大惨事)になります。

冒頭は彼女が精神分析医にいろいろ語っているところ。

「あなたはなぜ私の所に毎週通って来るのですか」
「来ないと仕事を首になるから」
という会話が交わされます。この先生と彼女のシーンはその後ランニング・ギャグという形で続きます。ゲデックにはユーモアのセンスもあり、Alles Bob! では家事、育児、仕事で忙しいのでアプローチして来るボブを窓から放り出してしまうというシーンで笑いを取っていました。他には取り柄の無い作品でしたが、彼女のユーモアは生きていました。それはこちらでは少々抑え気味。診療室のシーンで静かに出しています。

それからざっと彼女の生活が紹介されます。本人は独身。家族持ちの姉がいて時々電話。アパートでは下の隣人と最近知り合いになって、食事を食べないかと誘っています。一緒にどこかへ食べに行くのではなく、彼女が食事を作り、彼に食べさせるつもりだというのが見ているうちに分かって来ます。家に帰っても仕事熱心。客が不当に料理を断ると、怒り出すというぐらい自分の仕事に誇りを持っています。

ある日レストランに電話が入り、マルタはショック。姉が交通事故で死んだ様子。普段滅多に仕事に穴をあけないマルタですが、さすがにこの時は仕事を置いて、病院へ駆けつけます。姉は死んでしまい、8歳になる娘リーナが残されます。母子家庭だったのでリーナは孤児に。施設に預けられるのを防ごうと、マルタはとりあえずリーナの面倒を見始めます。父親の事はジュセッペという名前でイタリア人だぐらいしか分かりません。

リーナの世話は思ったより大変。ショックで拒食症になっています。聞いてみると母親が生きていた時も家を空けがちな母親だったので、リーナはたいてい一人きりでした。新しい環境にはなかなか慣れません。マルタは独身で、仕事に凝り過ぎてボーイフレンドもいないので、他人の世話をするのは元々得意ではありません。ただ、ヒュー・グラントアバオウト・ア・ボーイと違うのは、マルタには至らないけれどリーナの世話をしようという気がある点で、大好きな仕事を休んでも時間をやりくりします。

彼女のストレス状態にはレストランも理解があり、オーナーのフリーダはあっという間に代理人のイタリア人コック長マリオを雇います。フリーダにしてみればマルタを首にする気はなく、この苦境を乗り切るまでのつもりだったのですが、マルタにしてみれば自分の仕事が奪われる脅威に映ります。ですからマルタとマリオはうまく行きません。マリオはドイツ人が《イタリア人はこういうものだ》と考えているようなステレオタイプ。時間にルーズで女性にはチャーミングさを発揮、音楽好きの楽天家。こういった性格の全てがマルタの神経を逆撫でします。家ではリーナとうまく行っているとは言えません。これはマルタのせいではなく、リーナのわがまま。食事をしないのはマルタを苦しめるのにそれが1番の手だからです。母親が死んだということの前に、生きていた時の母親も滅多に家にいなかったので、今マルタを相手にその腹いせをしているわけです。そんな事は分からないのでマルタの心労は深まるばかり。時々下の隣人が助っ人に来てくれるのがせめてもの慰め。

一方レストランではマルタの方はマリオにカリカリしているのですが、マリオは日を追ってマルタの腕に魅了され、尊敬し始めます。ですからトラブルが頂点に達しようという時にマリオは休戦協定を提案します。何でも1人でやるマルタですが、マリオがイタリア人だということに遅まきながら気付いて助けを求めます。リーナの父親がイタリア人で、名前が残っていたため、電話をたどって相手を確認しようとしたり、マルタの書いた手紙をイタリア語に訳してもらいます。これでマリオにはマルタのストレスの原因が分かります。このあたりからマリオは協力的になり、2人の間は徐々にいい方に向かって行きます。

しかしリーナは相変わらず難しい。マルタはリーナがマリオの策略でご飯を食べるようになったので、ちょくちょくレストランにつれて来るようになります。マリオは少しずつリーナに食料品のことなどを教え始め、リーナは興味を示します。ところがある日学校から呼び出しが来ます。教師曰く

「マルタはリーナを虐待している」
「なんですって?」
リーナはほとんど学校に来ておらず、来ても眠ってばかり。その理由として、マルタがレストランに連れて行き、夜遅くまで働かせている、そのお金が無いと家に泊めてもらえない云々。真っ赤な嘘。

この嘘を知ってマルタは絶望。「私はあなたの母親でもないし、母親になる気なんか元々ない。それでもできる限りのことはしている」と言って泣き始めます。ヒュー・グラントと何たる違い。リーナはそれでも学校に行く気はなく、口答え。家出をして警察に捕まります。この時はイタリアに行こうとしていました。リーナはマルタが何もしていないように思っていますが、マルタはマリオと一緒に書いた手紙の返事を待っているところでした。

最近はよく助けてくれるマリオがある日マルタを自宅の台所から追い出して、リーナと2人でマルタのためにご飯を作ります。3人でご馳走を平らげくつろいでいるところにリーナの父親、リーナが生まれた事も知らなかったジュセッペが訪ねて来ます。なかなか良さそうな人で、すぐリーナを引き取ります。

これで難しい子供は実の父親に引き取られ、マルタとマリオの間にはちょっとロマンスも・・・という状態だったのでめでたしめでたしのはずですが、何かがうまくいきません。この何ヶ月かリーナの世話をしていたのが急にいなくなってしまったのでぽっかり穴があいてしまったんですね。レストランで客相手に大立ち回りをやらかしてマルタは首。

首は覚悟だったので、その足でマリオを訪ね、助っ人を頼み2人で一路イタリアへ。車でハンブルクからイタリアではかなりの距離です。レストランは急にコック長が2人ともいなくなって大混乱のはずですが、それは画面には出ません。2人の行き先はリーナの住んでいる所。結局2人は結婚して、リーナと3人でレストランを開くということでハッピー・エンド。これですと店で料理を作る夫婦。妻はフランス料理の名人、亭主はイタリア料理の名人。養子の娘は料理を習いたがると、まあ三方丸く収まり、イタリアに行ったことのないマルタは時々ジュセッペの家を訪ねるか、マリオの実家に行けばいい、手が足りなくなったら昔のレストランの仲間に来てもらえばいい、とそんなことは監督は言っていませんが、そういう様子が最後のシーンからうかがえます。

長くなってすみません。間もなく終わります。マリオはこちらの人がマッチョと呼ぶ男尊女卑男。洋食のコックの世界ではこういう誇り高い男が多いようです。対するマルタはそんなことで負けているような人ではありません。そのやりとりがなかなかいいです。結婚しても喧嘩は派手にやるでしょう。マリオが「マンマ・ミーア」と言う声がもう聞こえてきそうです。ゲデックという人は、崇拝者が現われているのに仕事が忙しくて無視、という役をやるとコミカルでとてもいいです。なかなか気合を入れて、それでも自然に演じていました。

言っておきますが私はゲデックのファンではありません。でもこんなにいい作品見てしまうと誉めてしまいます。ついでに私の趣味とは違うのですが、キース・ジャレットやチック・コリアが好きな人はバックに流れる音楽にも満足するでしょう。

さて、井上さん、忙しくて欧州まで来てプロの台所を覗くなんてことは無理かと思いますが、この作品見る機会があったらマジでお薦めします。洋食作る人の気合が見られます。従業員のティームワークが大切だという話を前から聞いていましたが、納得。

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