映画のページ

ぼくの好きな先生/
Être et avoir /
To Be and to Have /
Sein und haben

Nicolas Philibert

2002 F 104 Min. ドキュメンタリー

出演者

Georges Lopez
(教師 - 本人)

生徒、生徒の家族など

見た時期:2002年11月

★ フランス語は苦手なんですよ

ベルリンで有名な雑誌のただ券に当たり、突然メイルが飛び込んできました。「今夜8時半記録映画の試写をやるぞ、お前は券が当たったから来ていいぞ」と書いてありました。この日は憂さ晴らしに哲学的な深い意味の全然無い、スポーツ・オンリーのトリプルX を半額で我が区の最新式映画館へ見に行こうと決めていたのですが、当選したからには文句を言わずに見に行くという原則に従い、フランス館なので一抹の不安を抱きながらも素直に北でなく、一路南へ。(注: 私はフランス語はからっきしだめです。専門館だから字幕が無かったらどうしよう・・・。)

★ お歴々

結果、日本で言えばアテネ・フランスのような場所で教育関係のお偉方まで招待した試写会に参加することができました。司会者の話の様子では教師を仕事としている人もたくさん招かれていたようです。ただ券が当たると、当たった人だけが見られる試写会とか、一般のお客さんの他に100人ほどただ券が当たった人が来ているというケースが多いのですが、今回はフランス人が大半。ドイツ人でもフランス語に堪能な人がかなり多く、ただ券で入って来た人はそれほど多くなかったようです。比較的こじんまりとした映画館で、普段圧倒的にフランスの映画を中心に上映しています。

この建物は以前テロの被害に遭って爆弾が爆発したことがあったので、ちょっとはらはらしましたが、この日はいたって平和。お偉方のためのボディー・ガードがいてもおかしくありませんが、物々しい姿のそれらしい人も見かけませんでした。

映画館は西ベルリンの目抜き通りにあるのですが、フランス人や、フランス文化に親しんでいるドイツ人が100人以上集まると雰囲気は全然違います。言葉で言い表わしにくいですが、お偉方でも一般の人でも皆人の目を意識していて、いつどこから見られてもポーズが決まっているという感じです。ドイツ人というのは無骨と言われるかも知れませんが、普段は自分そのままを表に出し、その辺を歩いている時や、映画館で上映を待っている時は人の目を全然気にしません。そういう人から見ると、360度の角度から常に100%決まっていないと行けないというフランス式の生活は肩がこるなあという感想。しかし見方を変えると、一旦家の外に出たら手を抜かず何もかもに気を配っているということでもあります。そうでないとお洒落などはできないのかも知れません。どうもステレオ・タイプの感想ですみません・・・。

この日来ていたお偉方の頂点に当たるのが大臣級の女性。名前は前から聞いていましたが、顔を見るのは初めて。政治家についてその人の政策内容をよく知らずにこんな事を言うのは語弊があるかも知れませんが、私は顔を見ただけで魅了されました。彼女を美しい女性と表現するとこれまた反対する人が出るかも知れませんが、骨のある手堅い美しさを持った女性です。この人は周囲のフランス的な人と全く違い、人が自分を見て何を言おうが一切気にしないという感じで、どんと座っていました。

大学で良くあるように定刻より15分遅れて始まり、有名人の挨拶などが延々と続き、映画は30分近く遅れて始まりました。突然招待されたので、予備知識は無し。フランスの田舎の学校の話で、いろいろな生徒が1つのクラスで勉強しているという事しか聞いていませんでした。日本の離島の分校みたいな話かと想像して見始めました。

★ あらすじ

舞台になったのは Volvic という水で有名な地方、ジョン・フランケンハイマーのグランプリのレース場クレルモン・フェランの近く。あそこは天候が変わりやすいとか聞いていました。

案の定、グランプリの会場の近くに住む人は悪天候の田舎道でも物凄いスピードで飛ばします。車に小学生が乗っていても気にしない、気にしない。雪がちらつく中、運転手は村に住む子供を10人ほど集めて回ります。家に車が迎えに来て小学校に行くなんて、楽でいいなあ。私の時はスクールバスがあったけれど、バス停まで行かなければならなかった・・・なんて子供の頃を思い出しました。

冒頭この地方の様子を表現するためか、森や山道、牧場などが出て来ます。私はこのシーンで心を奪われました。雪が降り始め、森の大木が風で揺れます。牧場で牛を追う人たちの所にもどんどん雪が降って来ます。学校の窓の外もだんだん雪に覆われて来ます。私が以前住んでいた140センチも雪の積もる地方、そこで友達と毎日スクールバスに乗って幼稚園や学校に通った日々を思い出しました。あの頃は楽しかった・・・。

さて映画の主人公は定年までにあと少しという男性の先生と、まだ赤ん坊ではないかと思える就学最年少の子供から、もう生意気盛りになっている若者になる寸前の少年までの混成クラス。自分が学校で楽しく暮らした時期と重なり、涙が出そうになりました。

ストーリーはいたって簡単。冬から学年が終わる夏までを追うという形で子供が学校へ来るところ、授業風景、余所見をしている子供、練習してもうまく行かないところ、子供の間の喧嘩など、まあ学校で考えられるいろいろな場面が記録されて行きます。ただそれだけ。特にヒューマンさを目指したとか、何かを訴えるという作品ではありません。

これがフランスでは記録映画としては記録的な記録を残し、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブと比較されるような有名な賞ももらったようです。観客動員数130万人だとかで、これは注目に値する数なのだそうです。なぜこの映画がそれほど注目されたのかは分かりません。私なら派手さも無く、音楽で勝負しているのでもないこの作品を特に高く評価するという風には考えられません。しかしこういう映画が映画界に残るということには大いに賛成します。それほど地味な作りです。

★ 私の先生 - いい先生が多かった

なぜここでちょっと評価にブレーキをかけてしまったか考えてみたところ、自分の先生たちの方が良かったと考えているからかもしれないと気づきました。私はこれまで何度かいい先生にぶつかっています。公立の学校ばかりでしたが、卒業してもずっと葉書を送ってくれる先生が時々いました。そしてその先生方は何か本質的な事を教えてくれたように思います。時々悪さをして立たされたこともあるのですが、細かい事はあまりガタガタ言わない先生が多かったです。ついそれと比較してしまって、この作品に出て来る先生は小言衡兵だなあ、と思ってしまった次第。

★ 監督本人の口から話が聞けた

監督が会場に来ていて、長時間説明をしてくれました。アクション映画でも作りそうな出で立ちで、およそこういう手堅い記録映画の監督という感じではありませんでした。この映画の圧倒的な強みはユーモアなのですが、監督の出で立ちもそのユーモアの1つなのかも知れません。ドイツ語には unfreiwilliger Humor という言葉があります。本人が「今から冗談を言う」と意識しないで笑いになってしまうようなユーモアです。例えば生徒本人は一生懸命に文字を書いていますが、生まれて初めて書くので、傾いてしまったりします。ところが出来上がった文字は文字としてはだめでも模様としてはおもしろい出来だったので、先生もけなすわけに行かなくなってしまいます。先生も子供も笑わないのですが、観客はつい笑ってしまいます。こういったタイプのユーモアが至る所にあり、地味なストーリーを引き立てています。

撮影は10週間。意外と短いと思いました。1週間撮っては休み、また1週間撮っては休むということをしたのだそうです。フィルムは冬の始めから夏まで60時間分撮ったそうです。苦労したのは学校を探すこと。撮影の機材が持ち込めるようにある程度広い教室でなければならず、先生が学期の途中で年金生活に入るので退職などということがあってはならず、特別なプロジェクトではないので、ごく普通の村の学校という雰囲気が必要。いろいろな条件をすべて満たしてくれる学校を見つけるまでに5ヶ月近くかかったとか。

ドイツ側は1つのクラスに年齢の違う生徒を置いて、1人の先生が授業をするという点に驚きを示し、その苦労をねぎらうような発言がありました。これは現場で仕事をしている人は比較的楽にクリアーできる問題ではないかと思いました。年齢が違うというのは教えるレベルが違うという事ですが、そういうのは語学学校などでも良くあるケース。初心者クラスだというのに経験のある人が入って来てしまって、レベルに差が出てしまうなどという事がよくありますが、どの先生もうまくこなしています。海外に住むドイツ人の子供はドイッチェ・シューレという所に行きます。東京のドイッチェ・シューレは大きいので、各学年に先生がそれぞれつくようですが、ドイツ人の絶対数が少ない地域では、学年混成のクラスになります。そういう先生の状況とも同じです。

子供の時に東京の学校の映画会で見せられた作品は白黒の教育映画、離島の学校の話などが多く、そこの先生の苦労話ですが、それとも状況は似ています。母親が年の違う子供の世話をするのと同じで、端で見るほど大きな苦労はないのでは・・・と思いました。

この学校を卒業した後、町の大きな学校へ行く、その切り替えは大変そうです。村の先生はいわば教育係のお父さんみたいなもので、担当した子供の事を何でも知っているため、木目細かい配慮ができます。そこから急に同じ学年の子供が何十人もいる学校に入るとなると、先生が1人1人の生徒に費やす時間が短くなり、それだけ扱いも雑になります。それをどうやって乗り切っていくか、「それが課題だ」というところで終わります。

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