サンジはせっせと料理を作っていた。
いつもの料理とはちょっと違う。
この前の港で見つけた、新しいレシピ本。
それぞれの地方の料理法が詳しく載っている。
じっと見ているうちに気づいたある地方の料理。
何度も見たため、ページが痛んでいる。
今まで、作ったことのない料理だ。
「スシ」ってのが、酢と米と食材を生かした料理で「テンプラ」ってのが揚げ物だ。
どちらも微妙なコツが要りそうだ。
慎重に食材を準備し、味付けをする。
料理は時間との闘いだ。
だらだら作ってるだけじゃ旨いものはつくれねえ。
一番、食材が旨くなる状態で食わせる。
それが一流の料理人てもんだ。
本を見つけた瞬間から、今日、この料理を作ることに決めた。
今日は11月11日だ。
いつか、雑談の中で、ゾロの誕生日であることを知った。
かなり前のことだったが、サンジは覚えていた。
考えた末、自分はゾロの地方の料理を作ってやることにした。
コレなら、いいだろ。
そんなに、ヘンじゃねえよな。
ナミさんは当然だが、どうせ、ルフィやウソップにも何か作るだろうし。
こういう日は料理人の腕の見せ所だ。
ゾロが喜ぶ料理。
ゾロの好きなもの。
ゾロの好きな酒。
色々準備した。
いつになく不安な気持ちで。
ゾロは喜ぶだろうか。
うまいって言うだろうか。
いつも無表情にメシを食うゾロ。
メシなんてどうでもいいってツラをして。
だけど、ちっとは喜んでもらいてえよ。
ゾロの好きなものでいっぱいにしたら、嬉しいだろ。
オレ、アホみてえに緊張して作ってるかも。
何で・・・。
何でゾロのためにこんなに。
けど、ゾロに一回くらいは「うまい」とか言って欲しいだろ。
サンジは出来上がりを確認した。
悪くねえ。
「メシだ!!!」
いつものように、皆を呼ぶと、転がり込むようにルフィが駆け込んできた。
椅子に座った瞬間にがつがつと食い始める。
「サンジ・・・今日の料理、いつものとちょっと違うな・・・・・うめえ!!」
ルフィは食う合間に喋る。
「ホント、これ、何て料理? おいしいわ」
サンジは素早く新しい皿をナミに差し出す。
「スシと言う食い物です」
「へえ、旨いよ、これ」
ウソップもがつがつと平らげる。めずらしい料理なのでいつもより食が進む。
「あの・・・アイツは?」
「ああ、ゾロね。また修業してるわよ。ノルマが終わるまでやるんですって」
「・・・ああ、一万回素振りするんだってよ、放っとけよ・・・」
ルフィは尚もがつがつと食い続けている。
サンジの表情がかすかに曇る。
この料理はゾロの為に作ったのに・・・。
「ちょっと見てきます」
ナミに言うと、食っている奴等をそのままにして、ゾロの所に向かう。
何日も前から、誕生日にはコレって決めてた。
絶対、食わすって・・・。
だけど、口が裂けても、「てめえの為に作った」なんて言えねえ。
最高の食材。
最高の技術。
だけど、肝心のゾロがいねえ。
デッキの上では、昇りかけた月を背景にゾロが素振りをしていた。
鉛のように重いものを剣の先につけている。
「3562,3563,3564・・・」
滝のようにしたたる汗。
真剣な表情に集中していることが分かる。
どれ程、一生懸命かも。
だけど・・・。
「オイ!!!」
サンジはゾロの近くで大声で怒鳴った。
「メシだ!!食いやがれ!!」
振り返りもしないゾロにもう一度声をかける。
「食えっていってんだろ!!」
ゾロはサンジの方も見ない。
「いらねえ」
ゾロはそう言い捨てるとまた力を込めた。
気を散らすのは負けにつながる。
メシなど食わなくてもどうってこた、ねえ。
「食えよ!!」
サンジがいつになくしつこく繰り返すが、無視した。
目標の為に。
食欲など無に等しい。
つまらねえものだ。
やがて無の時がやってくる。
それは、ゾロが子供の頃から教えられた「ゼン」の感覚に近い。
肉体は苛酷だが、精神は解き放たれる。
雑音はすべて消え、辺りには静かな「無」の世界が広がる。
この世界を自由にあやつることが出来たら、心は揺らぐことはない。
心が静まると肉体は最高の力を発揮する。
サンジは振り返りもせず、剣を振りおろし続けるゾロの姿をしばらく茫然と見ていた。
「食」に対して、何の興味も関心も示さない、ゾロ。
返事もせず、我が道を行く。
まるで、お前なんかいらないんだと言わんばかりの素っ気なさ。
しばらくその光景をじっと見る。
立ちつくす事しか出来ない自分に嫌悪さえ感じながら。
やがて踵を返し、とぼとぼと食堂に向かった。
「おせえぞ!!サンジ!!」
ルフィがキッチンの床に寝転がっている。
既に体は2倍くらいにふくれあがって寝息をたてている。
ウソップは乾いた笑い声をたてた。
「はははは。わりいな、皆食っちまった・・・。食うのに夢中でルフィ止めるの忘れてた」
めずらしい料理で、旨かったもんだから、つい、食い過ぎちまった。
「ホントにおいしかったわ、サンジ君。ごちそうさま」
ナミの言葉にサンジは笑顔を浮かべ、送りだす。
ウソップは送りだした後の事を考えると身構えた。
蹴りがくるよな、確実に。
全部食っちまった。
ゾロの分もサンジの分も。
「あはははは。いやあ、旨いメシだよな、うん」
冷や汗を流しながら、どう逃げるか考える。
しまった、キャプテン・ウソップともあろうものが!!
さっさと寝たふりするんだった。
「オレ、眠くなってきた。段々、眠くなってきた。寝・・・寝ようかな・・・」
そう言って素早く床に臥せる。
「・・・・?」
絶対、蹴られる、と思った。
なのに反応が無い。
恐る恐る顔を上げるとぼんやりと椅子に座るサンジが見えた。
白い横顔には覇気がない。
・・・。
ドキドキドキ。
ど・・・・どうしたんだ、サンジ。
らしくねえ。
なんか、元気ねえぞ。
なんか、別人みてえじゃねえか。
どうしたってんだ、一体。
ドキドキドキ。
動けん!!
このままでは動けん!!
ウソップは床で汗を流し続けた。
ゾロは和風で育ったって設定。