忘却の空

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「サンジ」
その名を聞いた瞬間、ワイパーはラキの身体を張りとばしていた。
華奢な身体が壁に叩き付けられ、
すべり落ちたが、
ワイパーは目をぎらぎらと光らせ、
何も無い空間を睨み続けていた。
 
 

サンジ。
忘れられるはずもない。

大切で大切で・・・、
このうえなく愛していた。
片時も離せないほど、
そばに置いて、愛を確かめた。

まだ幼さを残した表情、
標的に向かうきつい表情、
乱れたときの淫らな表情。

忘れるはずもない。
息をする間も忘れることのないその存在。
 

常軌を逸している?
深入りしすぎだ?

それが何だ。
オレはサンジが欲しくて欲しくてたまらなかった。

年上ばかりで話し相手もおらず、
退屈していたサンジは簡単にオレについてきた。
オレはサンジに全てを教えた。
いいことも、
わるいことも。
何も知らないサンジは素直に身体を開いた。
疑いもせずに、
オレに身を預けた。
快楽とともにふくらむ罪悪感。
オレは快楽に、逃げた。
自らの快楽を追い求め、
サンジに快楽を教えこむことで、
全てを忘れた。

サンジを抱くのは至福のときだった。
天にも登る心地とは、ああいうことか。
だが、離れた瞬間から地獄が始まった。

嫉妬に、憎悪に、不信に、疑念。

誰にでも笑顔を向けるサンジから、
オレは笑顔を奪った。
立っていられないくらい激しく抱いておけば、
他の男と浮気することはできない。
オレはサンジの身体中に陵辱の後を残しつづけた。
 
 
 
 

・・・あの日。
運命の日となったあの日。

サンジは妙に機嫌が悪かったが、
そんなことは良くあった。
ゼフとケンカをした後はいつもそうだった。
いつものことだった。
いつものことのはずだった。
 
 
 

オレは赫足のゼフを尊敬していた。
ついていくにふさわしい偉丈夫だった。
ゼフの命を守るためには、
何をも捨てる。
その覚悟で組に入った。
 
 
 

なのに、なぜ、歯車が狂った?
 
 
 

「ジジイが、ここに来るなって」
その時、オレは何と返事をした?
覚えていない。

ただ、サンジの最後の言葉だけははっきりと覚えている。

「ジジイがいなけりゃ、ワイパーももっと好きにできるのに」
 
 
 
 

愚かな。
何と愚かな。
 
 
 
 

オレはガキの負け惜しみにしかすぎないサンジの言葉を間にうけた。

ゼフさえ、いなければ。

目の前が真紅に染まる。
激しい情動と、
狂おしい想い。

我を忘れて、ゼフのいる場所に走った。
手には最高の殺傷力を持つ、巨大な銃。
それを次々と放った。

オレは機械のように動きながら、
何も考えていなかった。

過去も、未来も。
その時の激情にかられて、
オレはゼフの命を奪った。
その他の組員の命も奪った。

オレの身体は正確にターゲットを狙い続けた。

何を憎んだのか?
何を打ち壊したかったのか?

オレたちを閉じ込める全てだ。

憎んだのは、人ではない。
けれど、死んだのは人だ。
殺したのはオレだ。

オレは壊して、壊して、壊し続けた。
目に映るものすべてを壊しつづけた。
理由など、ない。
あっても、なくても、同じだ。
すべては通りすぎてしまった。

やつらの腕ではオレを撃つことなどできない。
逆に次々と帰り撃ちにしてやった。
 
 
 
 
 

そして、オレは気づいた。
血まみれのゼフにすがりついて泣いているサンジに。
 
 
 
 
 

オレがそこにいるのに、
サンジは見向きもしなかった。

オレが銃を持っているのに、
サンジはオレに目もくれなかった。

傷一つついてない身体からは、
悲しみの涙が流れ続けていた。
 
 
 
 

オレの手から銃がすべりおちた。
 
 
 
 

あの時から、
オレの時は止まったままだ。
真紅の炎がどんなときでもちろちろとオレの身を焦がし続けている。

死んでも消えない罪。

だから、オレは生きている。

死ねば天国に行けると考えるのは間違っている。
天国も、地獄も、この空間に存在している。

ここが地獄だ。
 
 
 

なぜ生きるのか?
分からねえ。

だがオレは生きる。

業火に焼き尽くされる最後の瞬間まで。
 
 
 
 
 

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