忘却の空
 
 

温室

ワイパー×サンジ
 
 

1
 
 
 
 
 

その街では毎日のように血が流れていた。
弱い者は強い者に支配され、
人々は生きるためにより強い力を求めた。

よりよい生のために権力を。
よりよい生のために金を。
よりよい生のために暴力を。

戦わないものは、
戦う前に負ける。
だから、戦うしかない。
それしか生きるすべがないのだから。

暴力と抗争にあけくれる街。
血を望んだわけではない。
だが、力はさらなる力を求める。

イーストブルーに知らぬもののないバラティエ組。
組長は赫足のゼフと呼ばれる蹴りの達人だった。
その岩のような存在を慕い、
次々と組には人が集まってきていた。
ゼフが存在するかぎり、組は安泰だ。

だれもがそう信じていた。
ゼフの存在は絶対のものだった。
 
 
 

黒塗りの車たちに護衛されながら、
ゼフは昼間の視察を終え、ときどき訪れる厨房を覗いた。
「オイ、あいつはどこに行った?」
がらんとした、ひと気のない厨房はきれいに整頓されていた。

「あっ、組長、お帰りで?
はあ、サンジのやつ、ここのところ姿が見えませんで・・・。
またどこぞのノラ犬やノラ猫に餌でもやってるんじゃねえかと・・・」
いかついコックが振り返って、困ったような顔をした。

ゼフの表情は変わることがなく、心中ははかり知れない。
 
 
 

サンジはどこからかゼフが拾ってきた子どもだった。

ゼフには妻も子もない。
そのゼフがある日、子どもを拾ってきた。
血まみれになって、片足を失っていたのに、
それでもゼフは子どもを抱えていた。

組員は動転した。
なぜ、ゼフがその子どもを拾ってきたのか分からなかった。
 
 

ゼフは何も語らなかった。
だから、ゼフの真実は誰も知らない。

あれは誰だ?
あの子どもは何だ?

はじめ組員たちに動揺が広がったが、
その金髪の子どもの存在に誰もが慣れていった。
 

やがて子どもは育てられ、
ゼフの真似事をして厨房に立つようになった。
ゼフは組長であったが、
最高の料理人でもあった。
サンジは見よう見まねでゼフの真似をして料理を作った。
それはなかなかの腕前だったが、
ゼフは容赦せず厳しく接した。

料理を教え、身を守るすべを教えた。
 
 
 
 

ゼフがサンジを拾ってきて10年近くたつ。

10年前と少しも変わらない厨房。

ゼフは誰もいない厨房を睨み付けた。
いままでのチビナスならここにいやがるはずだ。
ただの生意気なクソガキだったサンジは変わりつつあった。
ここのところ、妙な『艶』が出て来ている。
まだ15.6のクソガキのはずだ。
女か?
だが、そういう感じではねえ。
なら、男か?
ガキに色事はつきものだ。
男が手を出したって、口出しする問題じゃねえ。
だが、あいつの最近の『艶』はよくねえ。
混乱のもとになるような雰囲気をまとい始めている。

誰だ?
相手は?
 
 
 
 

その射的場は、普段は誰も使わない旧式のものだった。
他の建物から離れた場所にあるため、
そこに近づくものは皆無だった。
その射的場を使う男はただ一人しかいない。
バラティエ組にふらりとあらわれて居ついた男。
組員達はその男を『戦鬼』と呼んだ。
冷静にして大胆な攻撃と的確な判断。
力のある男だ。
普段は無口で冷静だが、逆鱗にふれると仲間にでも容赦はしない。
組員達は、ワイパーを恐れ接触を避けていた。

ワイパーは浮いた存在だった。

戦闘がない時は、
何だか分からないエネルギーを持て余していた。
じっとしていることが出来なくて、
手当たり次第に組員に戦いを挑んだ。
無駄な戦いは組員の血を流すだけだ。
幹部たちは協議し、
戦うことしか知らないワイパーに、特別な射撃場が与えられた。

好きに機械を動かし、
好きなだけここで銃を撃ってもよい。

ある程度の防音装置もあるし、
特殊ガラスで外から中の様子は見えなくなっている。

彼らは考えた。
この射撃場一つで、『戦鬼』が大人しくなるのならそれでいい。
一人で勝手に訓練でもなんでもするがいい。
 
 
 

彼らはそれで『戦鬼』を飼い馴らせると思った。
ワイパーの中の『鬼』を消すことができると。
 
 

誰も近寄らない、壊れかけた射的場。
そこはいつの間にかワイパーの家になっていた。
ワイパーの内側になっていた。
その建物がワイパーと同化し、
呼吸をしているようにすら感じた。
 

足音が近づいてくる。
ワイパーは気を集中して、その足音を待った。

この建物内はあたたかい。
かすかに埃がまい、
まぶしくあたたかい光に満ちている。

やがて、篭を手にした金髪の少年があらわれた。

ワイパーは待ち人が来ると、
内側から鍵をかけた。

サンジ。

自分がここに入ることを許す唯一の存在。

ワイパーはサンジの手から篭を奪うと、床に放りなげた。

あらあらしくその身体をかき抱く。

無言で激しく口づけ、
乱暴にサンジの身体にまといつく邪魔な布を取り去る。
 
 
 
 

「・・・ワイパー・・・、
・・・ゆっくり・・・」
サンジの声が閉ざされた空間に響く。

そこでは時が止まっていた。
閉ざされた場所。
閉ざされた心。

共存できるのは二人きり。
存在するのは二人きり。

他には何もいらない。
 

他に求めるものなど、
何もない。

何も。
 
 
 
 
 

2
 
 

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