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ゾロはいつものように、
剣を振っていた。

静かな午後。
静かな日常。

剣が空気を裂く音だけが響く。
 
 
 
 
 

「うわああああああ!!!!」
いきなり悲鳴ともわめき声ともつかぬ叫び声を上げたトナカイが面前を横切った。
「待てっ!! 大人しく料理されやがれっっ!!」
包丁を片手にトナカイを追い掛けるのは、
最近この館に来たコック。

あ・・・いけねえ。
チョッパーをあいつは知らねえんだった。

物凄いスピードで逃げるトナカイ。
それを物凄いスピードで追い掛けるサンジ。

サンジは庭で見つけたトナカイを追い詰めていた。
こんなところに、こんなのがいるとは。
今晩はトナカイ料理だ!!!
いざ、とどめを!!!

凶悪な顔つきで包丁を振りおろそうとした時だ。

「オイ、やめろ!!!
そいつは食い物じゃねえ」
ゾロが剣を手にして立っていた。
修業の途中なのだろう。
汗びっしょりだ。
上半身ハダカでいるため、
胸の大きな傷が目に飛び込んでくる。

それは尋常でないほどの刀傷だった。

「・・・てめえ・・・ソレ」
サンジの視線に気づいたゾロは無表情で答えた。
「斬られた」

胸に走る刀傷。
それはサンジの理解を越えていた。
・・・ゾロは金持ちで、
何不自由ないはずだ。
なのになんでこんな傷が?
アホみてえに身体鍛えてて、
目標は世界一の剣士って・・・。
バッカじゃねえの。
でも、こいつは本気だ。
多分本気で世界一を目指してるんだろう。

トナカイは素早くゾロの後ろに回りこみながら、
おびえた声で助けを求めた。
「ゾロ、こいつが追い掛けてきて・・・」

その時、
サンジはやっと、
さっきもトナカイが「叫びながら」逃げていたことに気づいた。
・・・喋ってる。

「バケモノだ!!!!」
驚きのあまり叫ぶと、
ゾロがいきなり殴ってきた。

いてえ!!!
思わず蹴り返す。
ゾロが剣を出し、
かわして蹴り返す。
延々それをくり返していると、
いつの間にか使用人のジョニーがゾロを呼んでいた。

「ゾロのアニキ、アルビダさまがお越しです」
 
 
 
 
 
 
 
 

「騒々しいわね、ゾロ」
サンジは振り返り、
美女を見た。
その瞬間、
バケモノトナカイの事も、
クソゾロのことも綺麗さっぱり追憶の彼方へと消えた。

「なんて美しいお姉さま!!!!!!!」
目はハアトになり、
ふらふらと黒髪の美女の方へ歩いて行った。

しかし、
美女はサンジには目もくれず、
ゾロの腕を取ると、
ゾロの部屋の方へ向かい、
無言でドアを閉めた。
 
 
 
 

ジョニーはおそるおそるサンジの方を振り返った。
・・・サンジは泣いていた。
ハンカチを噛み締めて、
うらめしそうにゾロの部屋を睨んでいた。

「・・・サンジのアニキ・・・、
アルビダさまはゾロのアニキが好きみてえで、
時々来るんです。
しばらく部屋には近寄らない方が・・・。
ゾロのアニキはあのとおりの男っぷりですから、
引く手あまたでして・・」
あまりに哀れっぽいサンジの様子にさすがに気の毒になったのか、
ジョニーは色々と説明を始めた。
側にいたトナカイも、
去る機会を逃して、
その場に残っていた。

「・・・ゾロより、
オレの方がいいかもしれねえかもしれねえじゃねえか・・・。
そうだろ、トナカイ!!!!!」
いきなり名指しされて、トナカイはおびえた。
「・・・う・・うん」
つい、相づちをうってしまった。

「そうだろ・・・。
てめえにはオレの切ないキモチなんてわかりっこねえけどよ。
案外いいヤツだな・・・てめえ」
がっくりしながら言うサンジの言葉にトナカイは胸をなでおろした。

「・・・チョッパー・・・っていうんだ・・・」
おどおどしながら言うトナカイにサンジは目を向けた。
「トナカイのクセに名前があるんかよ・・・。
オレあ、サンジだ。
一流のコックにして、
全てのレディの心の恋人・・・」

「アルビダを知ってるのか?」
「知る訳ねえだろ。
っていうか、
なぜあんな美女とオレが知り合いでなくて、
あの万年腹巻き男が知り合いなんだ!!!
世の中の美女の愛は全部、
オレがいただきてえのに!!!!」

チョッパーは汗を流した。
どうやら、
このサンジとやらは追い掛けるのを止めてくれたらしい。
前のコックのシャンクスも変わった男だったが・・・。
なんでゾロがアルビダと一緒なだけで、
ここまで落ち込めるのか・・・。
八つ当たりもはなはだしい。
しかも、言ってることがバカげている。
根拠がなさすぎる・・・。

「・・・だよな!!!」
チョッパーはうわのそらで聞いていたが、
いきなり強く言われ、
ついびくっとして、
返事をしてしまう。
「・・・うん・・・」

「てめえ・・・、
いいヤツだな。
今度、うめえもん作ってやるよ」
涙目のままでサンジは言った。
 

ジョニーは唖然としながらも、
少し安心した。
案外コックのアニキはバカだから、
助かった。
女には相変わらずからきし弱いみてえだけど、
蹴りはすげえし、
強いから、
ヨサクとオレは「サンジのアニキ」って呼ぶことにした。
「ゾロのアニキ」には「御主人様」以外なら何と言ってもいいと言われたので、
そう言ってる。

ゾロのアニキがトナカイ人間をオークションで買った話は有名だ。
でも、本当は見せ物にするつもりなんてねえんだ。
楽しむためなんかじゃなかった。
オレたちだってびっくりしたけど、
どうもチョッパーのことを知って、
捨てておけなかったらしい。
だから、金を出して助けた。
膨大な金額。
なのにアニキはちっとも執着してねえ。

凄え金持ちなのに、
食い物は粗末、
服はたいてい家では腹巻きにオヤジシャツ。
知らない奴が見たら、
金持ちになんて見えやしねえ。
カッコいいよな。
実にカッコよくて、潔い。
そして、強え。
自分の力で世界一をつかみ取ることの意味をちゃんと知ってる。

ゾロのアニキは何も言わねえけど、
オレたちは知ってる。
変な家だけど、
ここはスゲえとこなんだ。
 
 
 
 
 


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