57

 
 
 
 
 
 
 

しくしく泣きながら服を着てよろよろとその場を去るウソップ。
その後ろ姿には哀愁がただよっていた。

・・・気の毒に。
アニキたちの巻きぞえにされて・・・。
ヨサクとジョニーは心から同情の視線を投げかけた。

これ以上ここにいてもとばっちりを食うだけだ・・・。
みなそそくさとその場を立ち去った。

「ミホーク、これは修正不能ではないのか?」
クロはしかめつらで言った。
「それというのも、
貴様が女に深入りするなと教え込んだからではないのか?」
「それは貴様こそ、そう言っていたではないか!!」
まったく・・・、
どこでどう間違えてゾロはあんなふうになってしまったのか・・・。
頭を抱えたい気持ちで、
ミホークとクロはため息をついた。
理想の大富豪像にふさわしいように育っていたというのに・・・。
 
 

「うあぁぁぁぁ!!!」
その時またシャワー室の方から、
サンジの悲鳴が聞こえてきた。

「・・・」
もう近づく気も起きず、
ミホークとクロは肩を落とした。
そこには、この上なくどんよりした空気が立ちこめていた。

ヨサクとジョニーもサンジの声を聞いたが、
回り続ける洗濯機の前から動こうとはしなかった。
・・・ゾロのアニキ・・・、
まさか、
またヤってるんじゃ・・・。
サンジのアニキがあんまりアホだから、
腹たててんのかも・・・。
・・・オレらはかかわりたくねえ。
ゾロのアニキとサンジのアニキの関係はオレらには奥が深すぎて理解できねえ。
・・・理解できねえ方がしあわせって気がするけど・・。
でも、なんだかとんでもねえことになっちまった。
・・・こんな騒ぎは今だけだ。
カンベンしてほしいぜ。
宝石は盗まれたらしいし、
ゾロのアニキはあんなだし・・・。
大丈夫かよ、
こんなんで・・・。

ウソップはしくしく泣きながら、
チョッパーにグチり続けていた。
チョッパーは汗を流しながらも、
ウソップのグチを聞いていた。
そのうちに、よく分からない冒険談に変わったが、
チョッパーはいちいち真剣に聞いていた。
「それ、本当か?
すごいな、お前」
「ああ、そうだ。
それもみな天才ウソップ様のおかげだ!!!!!」
完全復活し、
活舌もなめらかに語りはじめて、数時間。
疑う事を知らないチョッパーに様々な武勇伝をかなり披露したところで、
ウソップはさすがに空腹を覚え、
サンジの姿を思い浮かべた。
・・・サンジの奴、
メシつくれんのかな。
久しぶりにヨサクやジョニーのまずいメシじゃなく、
サンジのうまいメシが食いたいよな・・・。

ふらりとキッチンの方に向かうと、
前方から、サンジを荷物のように肩にかついでいるゾロがやってきた。
ぬれそぼった髪、
サンジは完全に意識がないようだ。
まさか、あの後、ずっとヤってたんかよ・・・?
ケダモノなみじゃねえのか?

目をあわせないようにしながらも、
サンジのほうをちらちらと見た。
・・・ななな、何だこりゃ・・・??

いつの間にか、
ゾロは普段着に着替えていた。
オヤジシャツに腹巻姿である。
それは当たり前だ・・・。

だけど・・・、
サンジまで・・・まだ、腹巻姿じゃねえか・・・。
ガボーーーーン!!!!
ききき、気の毒に・・・。
ゾロのやってることは既にイヤガラセに近いのでは・・・。
あわわわわ、
オレは知らねえ・・・。
オレには関係ねえ・・・。

メシは・・・、
ヨサクかジョニーに頼もう・・・。

「何いぃぃぃぃ、
ゾロのアニキ、
まだサンジのアニキにオヤジシャツで腹巻させてるのか!!!!」

「ゾロのアニキもオヤジシャツと腹巻姿に戻ってるのに!!!???
お・・・同じ格好を!!??」

ジョニーとヨサクはさすがにサンジに同情した。
あんなにサンジのアニキ、
嫌がってたのに・・・・。
いくらゾロのアニキが服装オンチだったとしても、
無神経すぎる・・・・。
信じられねえ・・・。
ゾロのアニキ・・・、
どうみてもスキなのに、
まるっきりサンジのアニキのことが分かってねえ。

よりによって一番サンジのアニキの神経を逆なでするようなマネを・・・。
ちょっとサンジのアニキが気の毒になってきた。
・・・腹巻はねえだろ、
腹巻はよ・・・。
 
 
 
 
 
 
 

サンジは誰かが優しく頭をなでるのを感じ、
その暖かい誰かにすり寄った。
・・・ココはキモチがいい。
あたたかくて、
おだやかだ。
ずっとココにいてえ。
ずっと側にいてえ。

誰かに抱きしめられているのを感じ、
ゆっくりとまぶたを開けた。
目の前には、
眠りについたゾロの顔があった。

・・・あ・・・、
ゾロだ・・・。
・・・・何だ・・・ゾロか・・・。

サンジを抱きしめたまま眠るゾロの顔を、
サンジは不思議なものであるかのように見た。

男らしい精悍な顔つき。

じっと見ているとなぜか落ちつかなくなってきた。
妙に動悸・息切れがする。
・・・なんだよ、
クソ腹巻がなんだってんだよ・・・。

・・・腹巻・・・。

サンジの脳裏に思い出したくもない忌わしい記憶の数々が浮かんでは消えた。
あ・・・オレ、
またシャワー室でヤられたんだった。
そんでもってワケ分からなくなって・・・。
どこだ・・・、
ココ・・・。

サンジはゾロを押し退けようとして、
信じがたいことに気づいた。

・・・え・・・、
何だよ・・・、
コレ・・・。

目に入る光景を脳が拒絶している。
しばらく、サンジは固まった。

それから、
ゆっくりとゾロの服を見て、
自分の服を見た。

「うああああああああ!!!!!!!!」
何度見ても、
ゾロの服はオヤジシャツに腹巻・・・。
サンジの服もオヤジシャツに腹巻・・・。

最悪だぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!
こんなことがあっていいのかぁぁぁぁ!!!!!!
サンジは動転しつつも、
渾身の力をこめて、
ゾロにケリを入れた。

「うぉっっっ」
ゾロはいきなりケリをくらって、
ふっとばされた。
あまりの衝撃に壁が崩れ落ち、
館の警報がいっせいになりはじめた。

「いてえじゃねえかよ・・・」
ゾロが瓦礫と化した壁のなかから、
ぶつぶついいながら立ち上がる。

「・・・コロス・・・!!!」
サンジはひたすら動転し、
ゾロにケリをくり出し続けた。
興奮して真っ赤になっての攻撃なので、
どうみても緊張感には欠けるのだが、
それでもサンジのケリをモロにくらえばただではすまない。

ゾロは上手くよけながらも、
サンジと間合いを詰めていった。
フラフラしてやがるくせに・・・。
そんなでケリ出したってきかねえ。

隙を見て、
サンジの身体を抱え込むと、
サンジはじたばたと抵抗した。
コイツは接近戦にはからきし弱い。
なのに自分ではそれに気づいてねえ。
ちょっと力のあるやつなら、
誰にでも押さえこめるだろう。

なのにフラフラして、
暴れ回る。
誰にでもすぐ食われちまいそうだ。
面倒だ・・・。
てっとり早くおとなしくするためには、
ヤるのが一番だ・・・。

「暴れると、ヤるぞ」
ゾロの言葉にサンジはぴたりと動くのを止めた。

「チクショウ、てめえは最悪だ!!!!
なんてイヤな奴なんだ!!!
腹巻がなんだってんだ!!!
そんなに好きなら、
腹巻ルームでも作りやがれ!!!!
勝手に腹巻コレクションでも何でもしやがれ!!!!!
てめえは腹巻の国の使節団か!!!!
腹巻教の信者か!!!!
いい気になるなよ、クソやろう!!!!」
とめどもなく溢れるサンジの悪口にゾロは明らかに不快な表情をした。

・・・やべえ・・・、
いい過ぎたか?
サンジは身をこわばらせつつも、
相変わらず饒舌だった。
「オレは腹巻なんかにゃ負けねえぞ!!!
腹巻したからってケガレちまったわけじゃねえ!!!」

ゾロの表情がどんどん険悪になっていく。
・・・やべえかも・・・。
サンジもさすがに言い過ぎたかとちょっと思った。

「・・・そうかい・・・。
そんなに腹巻がイヤなら、
着なくていい・・・。
腹巻を脱いだらもうてめえには服はなしだ!!!」

・・・はい?
何だよ、ソレ。
どういうこと?

「腹巻脱いだら、ヤってやる。
さあ、脱げ!!!!」

・・・ええと・・・、
脱いでいいんだよな、
でも・・・。
サンジは少し汗を流した。

「てめえが腹巻していたら、
オレはてめえをヤらねえ!!!!
だが、脱いだらヤる!!!!」
ゾロは力強く断言した。
いくらサンジでも腹巻をコケにするやつは野放しにはできねえ。
ちょっとイタい目にあわす必要がある。

サンジは滝のように汗を流しはじめた。
・・・ええと、
腹巻していたら、
オレはゾロにはヤられねえ!!
ヤられねえためには、腹巻しかねえ・・・。
脱げねえ!!!!
このクソ趣味の悪い服がぁぁぁ!!!!!!!
おしまいだ。
オレあ、もう駄目だ・・・。
夢のようなレディたちとの日々とお別れだ。
オレは今から腹巻の国に住むしかねえ・・・・。
 

でも、・・・まさか、
このオヤジシャツは・・・、
脱いでもいいよな?

「オイ・・・オヤジシャツは・・・?」
サンジはイヤな予感がしながらも、
おそるおそるゾロに聞いた。

「・・・あァ、何だ、オヤジシャツって・・・?
こりゃ、健康シャツだ」
ゾロに"健康シャツ"と言われた瞬間、
サンジはめまいを感じた。
・・・。
ナミさん、サヨウナラ。
まだ見ぬお姉さま方、サヨウナラ。

「・・・・ははははは」
もう笑うしかねえ。
すまねえ、みんな。
オレの将来にはもう夢も希望もねえ。
腹巻ののろいだ。
腹巻人間になっちまうんだ。
どんな時でも腹巻がねえとダメになるんだ。
・・・もう人前に出れねえ・・・。
どんなにキメていたって、
オヤジシャツに腹巻じゃあな・・・。
・・・最悪だ。
人間底を見ると、開き直っちまうもんだな。

サヨウナラ、美しい女神たち。

サンジはがっくりと肩を落とし、
ぶつぶつ言いながら、
ゾロから離れ、
ふらふらとキッチンの方へ消えていった。

ああ・・・、
青春の日々はあまりにも短い。
腹巻・・・、
それはなんて残酷な言葉。

もう・・・誰にも会えねえ。
こんな姿、誰にも見せられねえ。
・・・なんてひでえことに・・・。

今日からオレは世界一のワーストドレッサーだ。

サンジはぶつぶついいながら、
キッチンの隅でひざを抱えてすわりこんだ。
おそろしくどんよりとした空気がその場にはうずまいていた。

・・・おしまいだ。
もう駄目だ。

ナミさんに、
あーんなことや、
こーんなこともしてさしあげたかったのに・・・。
もうオレは腹巻マンになっちまった・・・。

美しい未来は断たれた。
腹巻のせいで。
 
 
 
 
 
 
 


next

伝説の秘宝オールブルー

ura-top