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人々の興味は一週間もすれば、他に移る。
ロロノア家での大事件はしばらく話題となったが、
麦わらの一味も逮捕された今、
事件は終わったも同じだった。

警視総監の殉死は華々しく報道され、
行方不明のゾロはおそらく死んだのであろうと言われていた。

おびただしい死傷者を出したことは秘密裏に処理をされた。

さらに一週間が過ぎても、
何ら新しい情報は提供されず、
オールブルー事件とロロノア・ゾロ家破壊事件はだんだんと話題に上がらなくなっていった。
 

クロコダイルは警察の強大な力をを利用し、
一気にあらゆる権力を支配した。
政治家たちを支配下におき、
経済人も支配した。
クロコダイルに逆らうものには容赦ない制裁がくわえられ、
急に身に覚えのない不正で逮捕されたり、
謎の死を遂げたり、
突然工場が燃え上がったりした。
服従か、さもなくば死か。
もはや国の総帥ですら、クロコダイルのあやつり人形にすぎなかった。

クロコダイルは分刻みのスケジュールで動き、
あらゆる方面に指示を出した。
殺人的なスケジュールで各地にとびまわり、
民衆に手を振ってみせた。
何も知らない民衆は、
クロコダイルを救国の英雄とあがめ、
次の国の総裁は彼しかいないと噂した。
 
 
 
 

Miss.99はクロコダイルが笑顔を浮かべて民衆に手をふる新聞をじっと見つめた。
こんなもの、まやかしだ。
バカな国民どもは本気でクロコダイルを英雄と思っている。
あの男がどれだけの人々を冷酷に消してきたのか知っているのかい?
知っている者は、誰も生きていない。
あんたたちは、知らぬ知らぬうちに自由を奪われているのに、どうして気づかない。
気づいた時には、息をするのさえ、サーの許可がいるようになるんだ。

サーはとうとう政治家も経済界も支配下に入れた。
「恐怖」という名の支配者をあんたたちは受け入れ、
さらに育てようとしているんだ。
わかってるさ。
アタシもその支配下にいる。
アタシはクロコダイルが恐ろしい。
あの男は、虫けらを殺すように人を殺す。
誰しもがただの道具にしかすぎないんだ。
 
 
 
 

Miss.99は目前にある閉ざされたドアをじっとながめた。
このドアの向こうに、
恐怖の大王は存在する。
あの男がこれからどんな残酷なことをしていくのか、
考えるだけで恐ろしい。
だけど、従うしかないんだ。
生きて行くためには、そうするしかないんだ。

サーはお楽しみの最中だ。
いったんこもったら、
どれだけ部下たちが急を告げても、
あの部屋からは出てこない。

アタシはうまくやったと他のおつきの者たちは言う。
「お気に入り」の世話ができるなんて運がいい。
せいぜい「お気に入り」に媚びてもらって、長生きさせてもらうんだね、と。

このドアの奥にはサーとMr.プリンスがいて、
反対側のドアの向こうには、
サーの指令を仰ぐために、
今か今かと待ち構える大勢の部下がいる。
サーの室に入れる者は、ただ一人、
Mr.プリンスをおいて他にない。

サーの側近たちは大歓迎だ。
とにかく相手かまわず、手を出しまくっていたサーがたった一人を寵愛しているのだ。
サーに従順な篭の鳥は手をわずらわせない。
この館の中でいる限り、サーは安全だ。

これから恐ろしい専制政治が始まる。
サーのお気に召さない者は、すべて排除される。
だけど、アタシは何もできない。
ただ見守るだけだ。
 
 
 
 

不意に扉が開かれ、
身繕いを終わったクロコダイルが出てきた。

「Miss.99、オレはあやつに精のつくものを食わせろと言ったはずだ」

不機嫌なクロコダイルに、Miss.99はあわててひざまづいた。

「御意。
申し訳ございません。
ですが、サー。
プリンスは食欲が減退しているようでして、
全量摂取しましたが・・・」

クロコダイルの目がぎらりと光り、
Miss.99は口をつぐんだ。
 
 

「出過ぎた事を言うな。
だが、貴様は運がいい。
せいぜい、お前のためにがんばっているプリンスに礼を言うのだな」

唇を噛み締めるMiss.99を一瞥すると、
クロコダイルは部下たちが待ち構える部屋へと消えていった。
 
 
 

チクショウ、チクショウ!!!!
アルビダは心の中でののしりながら、
いつものようにクロコダイルの別室に入った。

豪華な寝台の上には、
見なれた裸体が存在した。
サンジはぐったりして意識がなく、
陵辱のあともそのままに瞳をかたく閉じていた。

サーの執着は弱くなるどころか、
強くなっている。
アタシには分かる。
このコをサーですら、手に入れることができないからだ。
いくら抱いても、
辱めても、
このコを汚すことはできない。

サーに従順で、求められることは何でもして、
自らの望みを何も持っていないかに見える。
けれど、このコはどんな権力にも脅しにも屈しない。
だから、どれだけ抱いてもサーのものにはならない。
 
 
 
 

アルビダがサンジを清めていると、
サンジがうっすらと目を開けた。

「・・・あ・・・アルビダおねえさま・・・。
今日も・・・お美しい・・・、
ハハハ・・・、
・・・おかまいなく・・・。
オレぁ絶好調です・・・」

「お黙り!!
うるさいよ!!」
怒鳴りながらも、
アルビダはどうしてだか不意に涙があふれそうになった。

どうしてこんなになってまで、
アタシに愛想をふりまくんだい?
だるくて手も動かせないくせに、
何が絶好調なんだ!!
アタシはあんたが憎いんだ!!
あんたなんていなくなればいいとずっと思っていたから、
これはいい気味なんだ!!

なのに、あんたの言葉はアタシにつきささる。
アタシの醜さを照らし出す。

今にも壊れそうなほど、
追いつめられているくせに、
どうしてそんなに強がる?
 
 
 
 

アルビダはむきになって、
サンジの肌をごしごしとこすった。

サンジに準備された最上級の香油だとか、
美肌の薬品。
金に糸目をつけず、
極上の、やわらかな肌触りのタオルが準備されている。
あんたは『特別』なんだよ。
 
 
 
 

サンジはアルビダが怒ったように身体をこすり出したのに気づくと、
無言になって、シーツに顔をくっつけた。

アルビダおねえさま、
また怒っちまった。
けどよう、美女を讃えるのは、
愛の伝道師としたら当然のことだろ。
どんなときでもレディは大事に扱われなきゃいけねえんだ。

このクソやわらかいシーツだとかは、
オレなんかじゃなくて、
美しいおねえさまに似合うのに・・・。

でもよう、
アルビダおねえさまに、
あんなことさせられねえもんな。
ってか、今日も動けねえくれえヤられちまったから、おねえさまに後始末されてる。
放っておいてくれていいけれど、
オレがこれを拒んだらおねえさまは用なしになって殺されると言う。
クソはずかしくていたたまれねえけど、
ガマンだ。
オレ以上におねえさまの方がイヤなはずなんだ。

サンジはぎゅっと拳をにぎりしめた。

それでも、アルビダの手によって身体を清められると、
汚れがぬぐわれたような気がした。
身体の表面からはクロコダイルの残滓はとりさられたけれど、
身体の奥深くまで入り込んだ毒は決して清められることはない。

分かっているけれど、
サンジはほっとした。

クロコダイルが来るのは、
1日のうちのわずかな時間でしかない。
ずっとこの部屋ですごしているサンジにとっては、
長い時間だったが、
それは実際は2時間程度のものだった。
 
 
 

オレの今日の仕事は終わりってわけか。
 
 
 
 

サンジは目を閉じて、身体を丸くした。
この部屋でいるかぎり、
どんな時でもクロコダイルの影がつきまとい、
気が休まることはなかった。
 
 
 
 
 

クロコダイルはこの部屋に何か植物を置いてもいいと言った。
こんな部屋に置いたら、
植物に悪いと思ったけど、
気が変わった。

こんなことはいつまでも続くことじゃねえ。
終わりは、
オレがヤり殺されるのか、
それとも飽きられて殺されるのか、
どっちにしてもロクなもんじゃねえ。

だけど、オレはまだ生きている。
だから、あきらめちゃいけねえ。
ジジイといた飢餓の島、
あれを思い出したら、
こんなことなんてどうってことねえ。

まだ、オレには明日がある。
いや、オレたちには明日がある。

だから、何かを育てよう。
種から播くのもいいな。
生命の始まりから、育てるんだ。
 
 
 
 

そうだ。
レタスにしよう。
 
 

きっとそれは芽を出す。
芽を出して、大きく育つ。
 
 

オレはそれを信じる。
生命の可能性を信じる。
 
 

オレはまだ大丈夫だ。
まだ戦える。

身体はクロコダイルのいいなりで、もうだめかもしれねえ。
だけど、このままで終わらせはしねえ。

いつか、道は開ける。

オレはそれを信じて、
今を生きる。

どうせ死ぬなら、
自分の信念を貫いてくたばりてえ。

だけど、それは今じゃねえ。
 
 
 
 

だから、レタスだ。
 
 

サンジは静かにほほえんだ。
やがて、眠りはすぐに訪れた。
 
 
 
 
 

アルビダはシーツを変えないうちに、
サンジが子どものような顔をして眠ってしまったことに気づいた。

ちっ、
あんたは男なんだから、
アタシじゃ運べないんだよ。

なのに、すっかり寝やがって。

・・・・。
だけど、
あんたは寝た方がいいよ。
何もかも忘れて、
寝てるほうが幸せだ。
 
 
 

過酷な現実を忘れて、
せいぜい幸せな夢でも見るといい。
 
 
 
 
 


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