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前警視総監殺害事件からはや半年が過ぎた。
クロコダイルは国の中枢を完全に掌握し、
すべては意のままになった。
恐怖の影はいたるところに見えかくれしていたが、
一般民衆はそれに気づくことはなく、
クロコダイルこそが英雄だと信じて疑わなかった。
完璧な情報操作と偽装された事件の真相を知る者は生きることを許されない。
クロコダイルはその姿を見て絶叫する人々に笑顔で手をふると、
カーテンを閉めさせた。
その途端、冷酷で残忍な素顔に戻る。
「サー、貴男は全てを手にいれたわ。
これ以上望むものはないはず」
ニコ・ロビンは歓喜する民衆の姿を冷静に眺めながら言った。
「・・・お前はなかなか役立つ女だった。
お前の望みは何だ?」
クロコダイルの目が残酷に光り、
ロビンは思わず身震いをした。
この男はもはや私を必要としていない。
この男の気分次第で、処分の対象になってしまう。
「何も。
それより、サー、
あのコに新しいデザインの服を何種類か準備したのだけれど、どうかしら?」
かすかにクロコダイルの表情が動いた。
「見せてみろ」
ロビンは手にしていたデザインブックをクロコダイルに手渡した。
クロコダイルはぱらぱらとめくり、
そのうちの一枚の羽根のたくさんついた服に目をとめた。
「これがいい」
ロビンはわずかにほほえんだ。
クロコダイルの国盗りは完了し、
もはや私の存在は不要。
だけれど、あのコの身の周りの手配係は必要だ。
クロコダイルは意外に嫉妬深い。
だから、世話は男にはさせない。
お気に入りは誰にも見せたくないらしい。
あの部屋に入れるのはアルビダ一人。
執着は薄れるどころか、
日に日に深まるばかり。
現在は、私もアドバイザーとして必要とされている。
本来ならば、
国盗りの秘密を知っている私は消されてもおかしくない。
だけど、そうしないのは、
たった一人のお気に入りのおかげ。
誰にも執着しなかった貴男が、
どうしても手放そうとしないコ。
手当たり次第に気に入ったものを買い与え、
飾り立て、
欲望を満たす。
あのコは、従順なペットなんかじゃない。
私にはそれが分かる。
とうとうあのコはあるものが欲しいとアルビダに言った。
あの本を読んだのね。
違う方法を選べば良かったのに。
でも、あのコはそれを選んだ。
それしか方法はない。
クロコダイルを殺めることができるのは、
たぶんあのコ一人。
クロコダイルの弱点は、
もうあのコだけになってしまったのだから。