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ナミは目の前にある美しい宝石を見つめていた。
伝説の宝石、オールブルー。
それは、ナミの目の前にあり、
誰の目にもつかないように、
ひっそりと暮らしていけばずっと持ち続けることはできるだろう。
夢は叶ったはずなのだ。
オールブルーはここにあるのだから。
「なー、ナミ、それ、ゾロんちに返さねえか?」
退屈そうに転がっていたルフィが突然言った。
「ルフィ、止めろ!!
ゾロはもういないんだ!!
おれたちだって、こうやって地下に潜んで生きていくしかないんだ!!」
ウソップが叫んだ。
クロコダイルの支配は強大で、
この国だけでは飽き足らず隣国まで侵略しはじめている。
「それが何だ?
サンジを助け出すのはおれたちしかいねえだろ。
クロコダイルをぶっとばそう!!
サンジは、あいつの部屋にいるんだろ?
だったら、サンジを盗む!!」
ルフィの声は真剣そのものだった。
もはやこの国で、クロコダイルに狙われて生きていける者などいない。
クロコダイルのいる場所は、
難攻不落の砂漠の要塞の中心だ。
「・・・おれ・・・行くよ。
ゾロを治せなかったぶん、がんばる!!」
チョッパーが涙を浮かべて立ち上がった。
あの事件のあと、麦わらの一味とずっと潜伏生活を続けている。
ナミはじっと宝石を見た。
きらきら輝く、明るい青と深い青。
互いに光がまざりあい、二つそろうと同じ色に見える。
いくら眺めても、見飽きることはない。
美しい、美しい宝石。
けれど、今、ここで、しあわせを感じているものはいない。
この宝の居場所はここではない?
私のものにはならないの?
分かっている。
ただ持っていることに意味などないことは。
それでも、どうしても、欲しかった。
しあわせになりたいから。
逃げてはいけない。
失敗は認めて、
自分にふさわしくないものはあきらめて、
新しい生き方を見つけなければならない。
私たちにできることは何かしら?
私たちがしなければならないことは何かしら?
クロコダイルは私たちをあきらめる?
いいえ、この宝石を持っている限り、追いかけてくる。
サンジ君が連れ去られてから、
もう1年以上になる。
麦わら盗賊団は、身動きがとれないまま。
ルフィは、私が宝石をあきらめるのをずっと待っていた。
きっと最初から、持っていてもなんの意味もないことに気づいていたのに何も言わなかった。
あんたって、バカね。
でも、待ってくれてありがとう。
麦わら盗賊団は、オールブルーを秘かにロロノア家に返すことに決めた。
ルフィは堂々と、ミホークを探して会社に乗り込んで行った。
場違いな麦わらの少年に、社員たちは眉を潜めたが、
麦わらの少年が来たらいつでも通すようにとミホーク専務から言いつけられていた事務員は、
ルフィを社長室へと案内した。
社長室にはいかにもエリートという雰囲気の眼鏡をかけた緑頭の男が座っていた。
「よう、ゾロ!!」
ルフィの言葉に表情も変えず、社長は冷静に答えた。
「私の名はゾロではない。
それは、死んだ兄の名だ。
私には、君の記憶はない。
誰だ、君は?」
ルフィは、笑った。
「ししし。これも忘れたか?」
ルフィはポケットから、二つのオールブルーを取り出した。
社長の表情が変わった。
「これは・・・」
きらきらと輝く美しい宝石たち。
どこかで見たことのある輝き。
社長は思わず、濃い青の宝石を取った。
・・・ロ・・・。
・・・ゾロ・・・。
・・・クソまりも・・・。
宝石の奥から、誰かが呼ぶ声がした。
その声を確かに知っていた。
あれは、誰だ?
誰だ?
誰だ?
誰だ?
「んじゃ、気が向いたら、また盗むけど、
今は返しとくから」
ルフィは気軽に言うと、さっさと部屋を出ていった。
麦わらのルフィが会社に来たらしいという情報を得て、
社長室にあわててやってきたミホークとクロは、
二つのオールブルーを眺め続ける社長の姿を見た。
ロロノア・ゾロ。
お前は、瀕死の淵から戻った時に、すべての記憶を失っていた。
つまらぬコックを愛したお前は死んだのだ。
我々は、今のお前に満足している。
仕事のことしか考えない、機械のような社長。
ロロノア家を存続させていくためには、それで十分だ。
我々にとって必要なあやつり人形。
以前のお前とはまるで別人だ。
それでいい。
お前は我々のてのひらの上で動いておればいいのだ。
以前の記憶など必要ない。
無駄な感情も必要ない。
お前は生まれ変わったのだ。