幻
|
ルフィ王子の新しい仲間は金髪のコックらしいという噂はあっという間に伝わった。
「エース、いいコック見つけたぞ!!!!
サンジはすげえメシうまいんだ!!!!
オレのコックを見つけた!!!!」
嬉しそうに言うルフィは、
兄王子のエースを自分の館にひっぱってきていた。
「どこの国のやつだ?」
エースは何気なく尋ねた。
「知らねえ。
どうでもいい。
サンジは言いたがらないから」
ルフィは全く意に介さないといった感じで明るく答えたが、
エースは何だか胸騒ぎがした。
それは、本能に近いものだった。
・・・身元も分からないようなヤツが、
ルフィのそばに?
だが、勝手にルフィの館に近付けるわけがない。
王の支配の中心部にある、
王子達の敷地に入れるものは限られている。
ルフィの館に近づくと、
甘い菓子の香りがただよってくる。
それまでの疑念を忘れ、
エースはルフィと一緒にそのおいしそうな香りにすいよせられていった。
なぜか、自分の館のキッチンのはずなのに、
ルフィはこそこそとしのびこんでいくので、
エースもつられて、
こそこそしのびこんだ。
テーブルの上には、
焼きたてのシュークリームのようなものが載っていて、
それからほわほわと湯気がたっている。
・・・うまそうだ。
エースは思い、
背中を向けたまま料理を続ける金髪の後ろ姿を見た。
スレンダーで細い後ろ姿は、とてもコックに見えない。
じっと見ていると、
そいつはゆるやかな笑みを浮かべ、
新しい菓子を焼き器からとりだした。
こいつ、コックなのか?
コックというより・・・。
エースは眉をひそめた。
およそ、ルフィにはふさわしくない、
熟れた感じの、
青年になりかけた少年。
うつむくと長い前髪が影をおとし、
不健全な印象を強くした。
・・・こいつは、
誰かに食われてるだろう。
エースがそう思った時だ。
「うまそうだろ?」
エースの考えを見抜いたように、
ルフィが言った。
それは、菓子のことなのか、
目の前の金髪のことなのか、
エースにはわからなかった。
ただ、
今まで子どもだと思っていたルフィの目に、
奇妙な欲情が浮かぶのを感じた。
こいつは・・・、
良くない。
ルフィにとって、いい存在ではない。
エースが思いをめぐらす間に、
ルフィは盗んだ菓子を食いはじめた。
甘い香りが部屋中に広まり、
エースもしょうがなく、
ルフィの差し出した菓子を口にした。
・・・うめえ。
確かに菓子はうまかった。
エースは考えてもしようがないので、
がつがつと菓子を食った。
ルフィも何も考えず、
菓子を食った。
サンジは振り返ると、
菓子の固まりが消えていることに気づいた。
よく見ると、
キッチンのすみに妙な影が二つ。
・・・またかよ・・・。
あきれながらも、
つかつかと影に近寄り、
容赦のないケリを浴びせた。
「食うなっっっ!!!!!!」
「・・・ビべべ・・!!!!
ザザジブベベ!!!!」
ルフィはそれでも食い物を離そうとしない。
「オロすぞ!!!!!
このクソガキ!!!!!」
包丁をふりかざし、
下品な言葉でルフィをおどす姿を見て、
エースは驚いた。
さっきは可憐な姫様みたいに見えたのに、
えれえ違いだ。
・・・なんだ、コイツは・・・・。
ルフィはひとしきりサンジに追い掛けられてから、
やっとエースをサンジに紹介した。
「エースだ!!!!
ししし、
そんでもって、
オレのコック、サンジだ!!!!」
実に嬉しそうに言うルフィ。
紹介されたサンジは、
でかい態度でエースにあいさつした。
「コックのサンジだ。
よろしくな」
このこびない生意気な態度がルフィの気にでも入ったのか?
エースは適当にあいさつをしながら、考えた。
この違和感は何だ?
何かが、ずれている。
何かが、しっくりこない。
ルフィが満足しているなら、
それでいいはずだ。
こいつの料理は確かにうまいのだろう。
だったら、
オレも喜ぶべきでは?
だが、何かがひっかかる。
何かは分からないけれど・・・。
それが、何か?
オレはそれをつきとめる。
バカな弟だが、人を見る目は確かなはずだ。
なのに、なぜ落ちつかねえ。
そうだ、
サンジを見ていると落ちつかねえんだ。
それから、
数カ月がたった。
ルフィはお気に入りのコックに毎日料理を作らせ、
エースを呼んでのつまみ食いをくりかえしていた。
サンジはルフィのコック。
誰もが、何も疑わずに信じはじめた頃、
やっとエースはサンジが誰のものであるかを知った。
ゴールド・D・ロジャーの秘かな寵愛の相手。
あの偉大なる国王で、父である男の愛人は、
自分よりも年下の、
それも男が相手?
信じられなかった。
エースはそれを知った瞬間に思った。
ルフィはサンジの何に夢中になっているのか?
ただ、料理の腕だけなのか、
それとも他に・・・。
ルフィには笑顔を見せるサンジ。
王はサンジをいつくしみ、
ルフィ王子にあずけてのびのびさせている、
そういう密告と、
もう不要だから、
ルフィに与えたという密告。
それから、
時々サンジが夜帰らないという確かな事実。
サンジが行くのはただ一つ。
王の館に向かい歩いて行った夜は、
帰ってこないことも多い。
王の館のことは、
王子のエースですら分からない。
強大で、
剛胆で、
非情な王。
その王が父であるのは、
苦痛であり、
誇りだ。
きびしく叱責されることはあっても、
やさしく抱きしめてくれたことなどない。
そんなものを期待するような年令はとうに過ぎた。
あの王はどうやってサンジを抱くのだろうか?
サンジはどうやってあの王に抱かれるのだろうか?
ルフィはそれを知っているのだろうか?
今、知らなくてもいつかは知るだろう。
そうしたら、ルフィはどうするのだろう。
ゴールド・D・ロジャー相手に勝てるものなどいない。
誰一人、勝てたものはいないのだ。
王の生きるかぎり、
誰もがその存在にひれふし、
敬意と畏敬の念を持つ。
王の中の王。
たとえ、ルフィであっても、
王からサンジをうばうことはできないだろう。
運命とは皮肉なものだ。
同じ相手を愛しても、
手に入れることが出来るものはたった一人。
サンジは止めたほうがいい、
ルフィにそう言っても聞くはずもない。
ルフィはいつか、
王にうちかてるほどの存在になれるだろうか。
そしてこのポートガス・D・エースはどうだ?
しかし、
わが弟ながら、
とんでもない趣味だな。
男で、
年上で、
しかも父親の愛人に懸想とは・・・。
なんか全てが裏をかかれたって感じだな。
・・・ま、
しょうがねえか。
様子を見て行くしかねえ。
いつか、
こんなことは終わる。
それは近い未来だ。
もつれた運命は、
あるべきところへ進むだろう。
ルフィの想いもいつかは消えていく。
消えて過去になって、
愛したことさえ忘れる。
きっとそうなる。
それで、いい。
手に入らないものを
いつまでも追いかけることはできないから。
|