voyage
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「おれの財宝か?
欲しけりゃくれてやるぜ・・・。
捜してみろ
この世の全てをそこに置いて来た」
 
 
 

 世は大航海時代。
 海賊王ゴールドロジャーが死に際に放った一言は世界中の人々を海へかりたてた。
 

 そして、新たなる伝説はイーストブルーの小さな村からはじまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 イーストブルーの小さな港村、フーシヤ村。
 そこには素朴な人々が住んでいた。
 風の強い土地を利用して、風車がたちならぶその村は、
自然にもめぐまれていて、作物もよくとれた。

 小さなその村の人々は実直に働き、
多くを望まず、充実した毎日を過していた。

風は東、
村はいたって平和である。
 

 春には風車の丘には、草原が広がり、
夏にはその広々とした地には黄色い花が咲き乱れた。
 
 

 その花をかき分けるようにして、黒髪の少年が二人走っていた。

 一人はそばかすだらけのくせ毛の少年。
年のころは16か17。
もう一人はそれより幼く、麦わら帽をかぶり、左目の下に傷のある少年だった。

「なあ、エース、村長さん今日は絶対にいないはずだ」
「よし、今日こそは、成功させるぞ」
エースはすこしかがみながら、ルフィの後をついて走った。

ルフィの背は、ひまわり畑よりまだ低い。
だが、エースはもう、ひまわりよりも背が高くなった。
幼い頃から、自分とルフィの共通の夢、『海賊』になる時がやってきたのだ。
自分は、もう17になる。
子どものころは高かったひまわりの背をもう追いこしてしまった。
 

 実直でまじめな村長の家はこの畑を抜けた先にある。
ルフィとエースはいつもこの道を通って来た。

夏になると植えられる一面のひまわり。
それはまぶしく、命に満ちている。

 ルフィとエースは、村長さんの食事を狙っていた。
二人の好みはいろいろなところで実に似ていて、
海賊になりたくてたまらないところも、
食い物が大好きなところも似ていた。
二人の趣味は冒険と戦いと食事することと言ってよかった。

 ルフィとエースは見つけたものならなんでも食った。
その結果、ルフィはいつの間にかゴム人間になっていた。
しかし、そんなことはこの兄弟にとっては大した問題ではなかった。

 彼らはあくまで本能のもとに行動していただけだが、
兄弟には『食い逃げ兄弟』というあだ名がつけられていた。

その食い逃げを唯一阻止し、まだ一度も許していないのが村長だった。
周到にエースとルフィの気をそらし、食材を守っていた。
村長の威信をかけて、村人全員が知恵をしぼった最後の砦として村長宅は守られていた。

それには、酒場のマキノさんまでが協力していた。
母のいないエースとルフィにとっては母親がわりのような女性である。

 やつらはいつか我々を越える。
村長は食材を守りながら、時々そう感じていた。

 村長にとっては人なつこく悪気はないのだが大食らいの兄弟は悩みの種だった。
兄弟は特にひまわり畑が好きで、夏はいつも迷路のようにして遊び、
秋になると片っ端から種を食いつくす。
 常識というものが通用せず、何をしでかすか分からない。
 けれど、村人たちはその幼い兄弟を愛し、いつくしんでいた。

こいつらは、こんなちっぽけな村にとどまっていられる器ではない。
いつかは海に出ていってしまう。
何よりも、『D』の名がそれを物語っている。
 
 

「よし、それでは今から穴を掘る!!!」
「おう!!! 」
目的地を前にし、エースとルフィはせっせと作業を始めた。
何も考えずに二人は穴を掘った。
掘り続けると、そのうち床のようなものにぶちあたった。
一気に壊すと、そこには食材倉庫があった。

「やった!!!」
「ししし、さすがエースだ!!!      作戦成功だ」
エースとルフィは食い物を手にし、ひたすら食べはじめた。

 村長がその日、家に帰ってみると、家の中から妙な音がしていた。
部屋に入ると予想通り、エースとルフィが一心不乱に食い物を食っていて、
食べかすが散乱していた。
 

「あ、どうも、村長さん、いつもお世話になっています」
エースが律儀に立ち上がってお辞儀をした。
エースは礼儀正しい。

 村長はうなった。
ついに最後の砦も落ちた。
だが、この兄弟は妙に愛嬌があり、みなこうされても怒る気がおきないのだ。

「村長のおっさん、これうめえぞ。食えば?」
ルフィが堂々と村長の食い物を差し出した。

 床には信じられないくらいの大きな穴があいている。
壁もぐらぐらしていて、エースとルフィの盗み食いのために、家は壊滅状態にあった。
 なんのために、ここまでやったのかバカバカしくなるほどだった。

「ししし、エースは海賊になるんだ。
だから、村長のおっさんのところに来た!!」

最後のあいさつがこれとは。
それは喜んでいいのか、悲しんでいいのか、複雑な気持ちになる言葉だった。
 
兄がこの村を出て行く。
そして、そのうち弟が。
その日が来たら、もうこんなことにわずらわされたりはしない。

「・・・餞別だ!!  」
ヤケクソになって村長は叫んだ。
 海賊になるなど村の恥だと、今でもそう思ってはいる。

 けれど、こやつらはこんなところでじっとしていられる奴らではない。

 海賊にもいろいろな人間がいる。
クズみたいなやつもいるが、シャンクスのような男もいる。
知らなかったがシャンクスは知る人ぞ知る大海賊だそうだ。
わしらのところに手配書が来なかったのは、恐らく届く前に誰かが揉み消していたためらしい。

「弟をたのみます」
村長はエースの言葉にうなずいた。
弟思いの兄。
兄といつもいっしょの弟。
仲のよい、いい兄弟だ。
・・・食い逃げ癖と、でかすぎる夢さえ持っていなければ。

 村長が考えている間に、
エースとルフィは食材を食い尽くすと、丁寧に礼を言うと帰っていった。
後にはぼろぼろになった家と、茫然とした村長だけが残されていた。

「ししし、うまかったな」
「村長さんは、いい人だからな。
盗み食いする量を少しだけ減らせ」
うなずくルフィの頭をエースはぽんぽんとたたいた。
頭には宝物の帽子。
いつも問題ばかり起こしている真直ぐな弟。

シャンクスの腕の話を聞いた時には、さすがの自分も青ざめた。
だが、もう自分は旅立つのだ。
いささか心配だが、ルフィなら必ず追いついて来る。

 いつだって自分に戦いを挑んで来るルフィ。
ゴム人間になった今でも、エースには一度も勝てたことがない。
もう何千回も負けている。
なのに、次は勝てると信じている。

 ルフィの強さはここだ。
恐ろしく精神が強い。
どんな障害も恐れない。

 だが、オレは負けない。
一足先に海に出て、ルフィを待っている。
 
 
 

 ルフィとエースは再び、満開のひまわり畑の中を通った。
日がくれかけ、西日が黄色い花を照らし、あたりはきらきらと輝いていた。

「エース!!!  」
不意にルフィがエースを呼んだ。

「オレもそのうち行くから!!!」
 

幼いころ、そこは金色の海になり、緑色の海になり、茶色の海になった。
だれも来ない畑は、エースとルフィ だけの特別な海だった。
 そしていよいよ、本当の海がはじまる。本当の冒険がはじまる。

「来いよ、ルフィ!! 」
ルフィは光を浴びて立っていた。
夢を追いかけている幼い頃と同じ瞳で未来を見ている。
 願いを叶えるために待たなければならない時もある。
 たが、じっとしていたら、どんな願いも叶わない。

 動き始めたら、走り続けるしかない。
夢を乗せて、ひたすら走る。迷っていたって、しょうがない。
 

 しばらく、エースもルフィも動かなかった。
 フーシャ村の東風だけが、二人の間を吹き抜けていく。

 ルフィはエースを睨みつけた。

 行ってしまう。
エースが行ってしまう。
強くて優しい兄ちゃん。
だけど、すぐにオレは追いかける。
そして、追いついて、追いこす。

 オレはここにいて、まだ行けないけれど、強くなる。
エースに負けずに強くなる。
シャンクスに負けないくらい強くなる。
そして、海賊王になる!!!
 

 やがて、日は落ち、すべての景色は闇に包まれる。

 けれど、エースとルフィが見た景色は決して心の中から消えることはない。
 決して忘れることのない、兄と弟の、二人だけの幼い遊戯の数々。
 
 
 
 

 風にゆれるひまわりは、彼らを静かに見守っていた。
彼らが去った後、花だけは静かに咲き誇っていた。
  
 
 
 
 
 
 

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