voyage
10
 

 
 

  ガキの頃、いつも弟と宝物をとりあった。
 
どうしてだか、必ず弟とオレの宝物は一緒だった。
宝物の海賊の剣みたいな骨だとか、旗だとか、そんなものは最後はみんな弟にくれてやった。
けれど、大切だと思っていたあの時の宝は、本物の宝なんかじゃなかった。

本物というのは、これだ。
大切すぎて、考えるだけで混乱する。
何だかいてもたってもいられないような気分になる。
触れていたいけれど、恐ろしい。
 そう、恐ろしくて、不安になる。
手に入れた瞬間に、失うのが怖くて、たまらなくなる。
 心の中がサンジの事でいっぱいになって、他には何も考えられなくなる。
 
離れたくない。
 エースはサンジを抱きしめてから、ゆっくりとその身体を清めていった。
 オレだけのサンジは、昼はバラティエの副料理長に戻る。
それで、いい。
オレは何もなかったように笑って、サンジを店に返す。
 サンジは何も知らなくていい。
 いつもの笑顔で笑っていてくれさえすれば、それでいい。

 サンジが目ざめると、いつの間にかバラティエに着いていた。
エースはもうどこにもいない。

 ・・・なんだよ、エース。
黙って行っちまうなんて。
 今日も来るかなあ。へへへ、来たらいいなあ。
やわらかな微笑みを浮かべるサンジをエースは影に隠れてじっと見つめていた。

サンジがしあわせそうに笑っていたから、エースは安心した。
 サンジは笑顔が似合う。
 だから泣かせたくない。
でも、自分はきっと泣かせてしまう。

幸せにしてやりたくて、幸せになりたくて。
けれど、夢や野望は捨てられない。
きっと、それはお互い分かっている。
 いつまで、ともに在ることができるのか。
 その時が来たら、オレがすべてをひきうけて悪者になればいい。
サンジは幸せでいてほしいから。

 サンジは仕事が終わるのが待ち遠しかった。
 毎日、仕事が終わると、厨房の外でエースが待っていて、タバコに火をつけてくれる。
 それから、エースの小舟に乗って、エースの宿に行く。
それでもって、寝るまでエロいことをする。
朝になると、いつの間にかエースがまたバラティエに送ってくれてる。

 初めてエースに会った日にもうヤられちまったから、もうすぐ一ヶ月になる。
 エースは明るくて包容力があって大好きだ。
かというと、ガキっぽいところもあって、すねたりする。
サンジはエースの側だと安心して自分を出すことができた。

 バラティエにはめったに休みはないが、たまに買い出し当番が当たる時があった。
 サンジはたまにだが町にいけるので、それをとても楽しみにしていた。
常に買い出しは何人か組になっていくことになっいた。
特にサンジの時は一人で行かさないというのが暗黙の了解だった。
バカで隙だらけだから、バカなガキが好きなごろつきに手を出されかねないからだ。
「パティ、この広場でちょっと待っててくれ。
オレ、服買ってくるから」
そう言うと、ついて来ないことを知っているサンジはパティに荷物を渡すと、約束の場所に向かった。

 服屋のとなりには帽子屋があって、エースはそこで待っていた。
サンジはエースにかけよると、目についた帽子を手にとった。
「これがいい」
オレンジ色で怒った顔と笑った顔のバッチのようなものがついているテンガロンハット。
サンジは楽しそうにその帽子をかぶった。

 お前には似合わない。
そうエースが言いかけた時だ。
「へへへ。
今日オレぁ金もってっからよ。
エースに買ってやる!!」
サンジはそう言って、うれしそうに笑った。

サンジはエースに帽子をかぶせると、じっくりながめた。
 おし。
やっぱりエースはこっちの帽子のほうがいいな。
 へへへ。
パティは巻いてきたから、今からエースとデートだ!!
 
「なあ、どっか行く?」
いつも夜しか会えねえし、会った時はエロいことしかしてねえ。
それが嫌だってんじゃねえけど・・・。
こうして歩いてたら、オレたちも普通の人たちみてえじゃん。
男同士だから、普通とは言えねえんだろうけど。

 サンジとエースは何を買うでもなく、ぶらぶらと歩いた。
 歩いていると、貴金属店があった。
サンジがウインドーにある鎖をじっと見ていた。
ノースブルー独特の繋げ方をしたプレーンな鎖。
「オレさあ、ノースの出なんだ。
あの模様ってなつかしいよなあ」

額をケースにくっつけて見るサンジをエースは抱きしめたくなったが
何も感じてないふりをしてポケットからありったけの金を出した。
「なら、今度はオレがお前にプレゼントしてやるよ」
ノースブルーの鎖をもらったサンジは嬉しそうだ。
「へへへ。
オレになんかくれた奴はジジイとエースだけだ !! 」
その言葉で、サンジはあまり人に大事にされた経験がないということが分かった。
「そうか」
エースは胸が締め付けられる思いがした。

 ついさっき、白ひげからの指令がとどいた。
『帰ってこい』と。
 エースはこんなに喜んでいるサンジに、今は告げられないと思った。

サンジはにこにこしていて、とても楽しそうだ。
 とても、言えない。
 エースはうすくほほえんだ。

きらきらと笑うサンジがまぶしくて、とても見ていられない。
今が幸せすぎて、せつなくなった。
 もっともっと抱きしめて、大事にしてやりたいのに。

 サンジが子どものころ与えられなかったぬくもりを自分がやれるなら、いくらだって抱きしめてやるのに。
 エースは笑うサンジをみつめた。
 すまねえな、サンジ。
オレはもう、お前のそばにはいられねえ。
 サンジはエースが見ていることを知り、照れたように赤くなり、それからふわりと笑った。

 エースはもう、言うべき言葉が見つからなかった。
 好きだ。
愛してる。
 でも、もう、いくら言っても届かない。

 はしゃいでいたサンジは急にエースがだまりこんだのに気づいた。
 あ・・・エース、どうしたんだ?
 たまにしか見せねえ怖い顔になってる。
 
エースは黙ってサンジの手を繋いだ。
ぎゅうっと力をこめられ、サンジはそのまま手をひかれた。
 
いてえよ、エース。
なんで、こんなに力入れてんだよ・・・。
 しびれるくらい手を握られていたが、サンジはそれをエースに言うことができなかった。
サンジをパティの待つ広場まで連れてくると、エースは手を離した。

「じゃあな」
サンジはとまどいながらも、うなずいた。
 
エースの様子がへんだ。
オレ、何か嫌われるようなことしたか?

でも、きっと今夜もオレのところに来てくれるだろうから、そん時、機嫌をなおしてもらおう。
急がねえとランチの仕事の時間が始まる。
 
サンジはざわざわした気持ちをおさめることができずに、タバコをくわえた。
しばらくくわえたままでいて、エースがいないから自分で火をつけないといけないことに気がついた。
 
このごろ、火は全部エースにつけてもらってたんだった。
サンジはマッチを捜したが、どこにも身につけていなかった。
 いらいらした気持ちで厨房に立ち、料理を続けた。
 いつものように料理に専念していると、ゼフがめずらしく厨房に顔を出した。

「オイ、チビナス。
てめえを呼んでる客がいる。
てめえの料理を食いたいそうだ」
サンジは不機嫌なまま店先に出て、一番すみのテーブルに座ってる客を見て、心臓が止まりそうになった。
 
エース?
 どうして?
 しずかな一番人の目に触れにくい場所で座っているエースの目つきは、
サンジをやさしく見る時とは明らかに違っていた。

 サンジの胸はきりきりと痛み出した。
 まさか? 
 
考えなかったわけではない。
エースは海賊で、店の裏にふらりとあらわれるだけの相手。
白ひげ海賊団のうわさはサンジでも知っている高名な海賊だ。
いつまでも、辺境の町なんかでいるはずはない。

 エースは自分の方に歩いてくるサンジを見た。
 
はじめて正面からこの店に入った。
自分が客として来たことは一度もない。
けれどゼフにはすべてお見通しだったようだ。

サンジの料理が食いたいと言うと、黙ってこの席に案内された。
白ひげのオヤジに聞いたことのある赫足のゼフの印象通りの堂々とした男だ。

 サンジは黙って料理を差し出した。
 一番最初にエースに食わせた、骨のついた焼きたての肉。
それから数々の魚料理、肉料理、前菜、スープ、デザート。
 サンジは自分に作る事のできる料理をすべて作った。
エースはひたすらそれを食べた。
 ゼフはその二人の様子を見て、吐き捨てるようにつぶやいた。
「バカが」
エースがこっそりサンジと会っていることなど知っていた。
いつかは行ってしまうことも。
白ひげのドクロを背負った男が、こんなところに居られるわけはねえ。

 まるでガキのままごとだ。
幼くて不器用な恋人たちが一緒にいられるわけなどないことは分かりきっていたことだ。

 サンジは何時間もかけて料理を作り、エースは何時間もかけてその料理を食べた。
 全部食べ終わった後で、エースはきちんと手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
 それから、まっすぐにサンジを見た。

「サンジ。オレと行かないか?」
サンジは黙って首を横に振った。
しゃべろうとしたら、泣いてしまいそうだったので、ぎゅっと唇をかみしめた。
 泣いてないはずなのに、目からは勝手に水が出ていた。

「姫。泣かせてゴメン」
エースの言葉に、さらに勝手に水が出た。
 サンジはぐずぐずと鼻をすすった。
「きっと、迎えにくるから」
エースはサンジを見ていられなくなって下を向いた。

きっと、泣いているサンジを見てしまったら、触れてしまって二度と離せなくなる。
何もかもがどうでもよくなって、サンジしか見えなくなる。

 オレはまた、お前の元に帰ってくるから。
 もっともっと強くなって、お前を守ってやれるようになって、帰ってくるから。
こんなんじゃ、駄目だ。
 うつむいたエースの目からもぽたぽたと雫がこぼれ落ちた。

 サンジはえぐえぐ泣きながら言った。
「・・・待たねえ。オレはてめえなんて、待たねえ!!
  勝手にどこへでも行っちまえ!!」

 




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