voyage
16
 

 
 
   


いくつか砂丘を越えたら、ナミやビビの眠るテントも、
ルフィやゾロの寝袋も全く見えないところまで来た。
 
見渡すかぎりの砂漠。
 それは、サンジには赤い海に見えた。

サンジはぼんやりと砂漠を見つめた。
海の中でひとり取り残されたような感覚がして、一瞬身を震わせた。

 ポケットからタバコを取り出して、火をつけようとした時、勝手に火が灯った。
 あたりにぽうっと火が灯り、つめたい砂を温かく照らし出した。

明かりの向こうには、サンジの心をかきみだして止まない男が立っていた。
 サンジは声も出ず立ちつくした。
 
エース。

 もう、オレはてめえを忘れた。
やっと、忘れたと思ったのに、どうして?

「サンジ」

どうして、今頃になって・・・。
 聞きたかったその声で、その顔で、オレの名を呼ぶ?

「姫」
エースは答えないサンジに言った。

「オレの姫はお前1人でいい」
どんなに、ルフィがサンジを欲しがっても、これだけは譲れねえ。
手に入らないなら、盗めばいい。

 だが、オレは恐れている。
オレが恐れるのは、強引に盗むことではない。

ルフィが怖いんじゃねえ。
 目の前にいるサンジに求められなくなること。
それが、一番恐ろしいことだ。

いくら愛しても、愛されなければ満たされない。
だから、オレはお前にたいして は臆病になる。
言葉を失い、挙動不審になる。
それだけ惚れてるんだ。

 サンジは困ったような顔をして、じっとエースを見ていた。
 オレはもうルフィの船に乗って、ルフィとエロいことしてる。
だから、もうエースとは何でもねえふりをしねえと。

近寄ると思いだしてしまう。
エースの笑顔 を見たら、期待してしまう。
だってよ、オレはルフィの笑顔を見たら心が温かくなるけど、
エースの笑顔を見たら、どきどきしてじっとしていられなくなるん だ。
 
だいたいよう、いつもいい加減なエースにそんな本気な顔をされたら信じるしかねえだろ。
嘘と分かっていても、本当かもしれねえって、そう思っちまう。
信 じたら、いけねえ。
この前みてえに、また泣くはめになるだけだ。

「サンジ、オレといかねえか?」
バラティエから、いなくなって、ずっと気になっていたけれど、やっと見つけた愛しい相手。

言いたいことは沢山あった。
エースがどれほどサンジを愛しているか。
どんなに苦労してバラティエにサンジを見にいったか。
ここで一緒に行くために、どれだけ奔走したか。

 だけど、そんなことはサンジには重荷なだけだ。
それはみな、オレの都合でしたことだ。
その上に、まだサンジを連れてはいけない。

 けれど、今、ここでサンジがイエスと言ったら、白ひげへの誓いも夢もすべて捨ててもかまわない。
裏切り者の烙印を押されても、サンジさえいれば大丈夫 だ。
 
サンジは首を横に振った。
 エースと行く?
 エースと行っても、オールブルーは見つかるかもしれねえ。
けど、駄目だ。オレにはルフィがいるから。

「ルフィを捨ててはいけねえよ」
サンジはうつむいて言った。

 エースはゆがんだ笑みを浮かべた。
ルフィの奴、愛されてんなあ。
あいつの真直ぐさは、誰だって好きになる。
閉ざされていたサンジの夢を追いかける心を開 いたのはルフィだ。
 分かるけど、やっぱり納得できねえ。
オレが先にサンジに惚れたんだ。

「いつか、迎えに来る」
エースの言葉に、サンジはうつむいたままで答えた。
「オレのことなんか、きっと忘れてたくせに・・・」
砂にぽたぽた涙が落ちた。
 エースはもう我慢できなくなって、サンジを強く抱きしめた。

「ごめん」
オレはまた、サンジを泣かせちまった。
こんなに愛してるのに。
大切に隠しておきたいほど愛しいのに、いつも悲しませる。

 キスをしてもサンジは抵抗しなかった。
 抱きしめて、身体をなでてやると、
サンジの手が、ぎゅっとエースの服のはしをひっぱった。
 もう、ルフィのことは考えられなかった。
 ここにサンジがいるのに、どうして触れずにいられる?

 会いたくて、会いたくて、仕事も手につかなくくらい思いつめて、こっそり様子を見に行った相手。
でも、半人前の自分はまだサンジに会えなくて、
コックた ちに囲まれたサンジの笑顔だけを見て、幸せな気持ちで帰った。

 サンジを手に入れたいとずっと願っていた。
でも、傷つけたり泣かせたりするのは駄目だ。
そんな男はきっとサンジは好きにならない。 

すぐに人 を信じるくせに、誰かを愛することに臆病な子ども。
ずうっと、取り残されることに慣れ、誰にも何も望まなくなっていたサンジ。

 お前が望めば、何だって手に入るだろうに、多くを望まない。
人に与えて、自分は欲しがらない。

 どうしてだ? 
もっと、誰かを欲していいのに。

 それがオレであったら、天にも昇るほど幸せだ。
サンジが幸せになったら、きっとオレも幸せになる。
 サンジを幸せにするのは、このポートガス・D・エースだ。

 想いをこめて、サンジの肌に触れる。
触れれば触れただけ、忘れられなくなると分かっているのに。
 繋がることだけが、愛の証ではない。
なのに、触れて、独占して、自分の身体の下で喘ぐサンジが見たいのだ。

「・・・っ、エースっ・・・」
サンジは泣きながら、その名を呼んだ。
ルフィに抱かれる時には絶対に言ってはいけないその名前。
サンジはその名しか呼べないから、いつもルフィに自分から キスをねだった。

 あの笑顔をいつか自分だけに向けさせるのだと誓って。
声が出せなければ、誰かの名を呼ぶこともない。

 ルフィはその名を聞いても、きっと笑って許してくれる。
だから、サンジはルフィが好きなのだ。
ルフィが好きと思う気持ちに偽りはない。
 けれど、忘れたはずのエースの名を呼んでしまいそうになるのだ。

ルフィを傷つけるのはイヤだ。
なら、自分が我慢すればいい。
 キスをすれば、ルフィはとても喜んで、サンジの好きな笑顔を見せる。
すべてはうまく行っている。サンジはいつもそう思っていた。
 
エースはルフィとは違う。
 やわらかで温かいルフィとは違う。
 なのに、触れられるとどきどきする。

悲しくて苦しいのに、エースに愛されていると思うと、嬉しい。
 だって、オレはエースのこと、忘れたことがないから。

 帽子、大事にしてくれたんだな。
もう、それだけで、いい。
多くを望んじゃいけねえ。

 エースは白ひげを海賊王にする男。
そうすれば、いつの日かルフィとぶつかる。
互いの夢と信念をかけ、ルフィとエースは戦うだろう。

 オレはルフィを船長としてついていくって決めたから。
もう道が交わることはねえ。
お別れだ。 
次に会う時は、敵か味方か。

 エースは、すげえ、弟思いのいい兄貴だよな。
だけど、この兄弟はいつか必ずぶつかる。
海賊王の名をかけて。

 オレのちっぽけな感情なんて、関係ねえ。
もっともっと大事なものが世の中にはある。
それが夢や野望や信念だ。
 ルフィやエースもそれを追いかけている。
そして、オレもオールブルーという夢を。
 
だから、この名を呼ぶのは今だけだ。
 きっと、もう二度と、呼ぶことのない名前。
「・・・エース」
 だって、今だけはエースは白ひげのものじゃなくて。
オレのものだろ。
オレの身体を抱いて、オレの中で快楽を求めてる。

この男が欲しくても、こいつはルフィと同じで、海賊になるべく生まれてきた男だ。
オレなんかに寄り道しているヒマなんてねえはずだ。

 エース、てめえとオレの道はもう重なることはねえ。
 ガキだったよな、オレは。
 エースとままごとのような恋が続くと思ってたんだ。
だけど、好きだった。
エースになら、何をされてもいいと思うほどに。







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