voyage
17
 

 
 
   


幾度となく名を呼ばれ、サンジはエースにしがみついた。
離れないといけないと思っているから、きつくしがみついた。
この身体が離れた瞬間、オレたちは船長 の兄貴と、弟の料理人の間にもどるのだ。
だから、今だけは、エースを感じていたい。

 エースは夢中でサンジの身体をむさぼった。
 離れていた3年の間、夢に見た相手。
 しがみついてくるサンジが愛しくてたまらなかった。
一言、連れて逃げろと言えばそうするのに、サンジはそうは言わない。

 サンジが早くジジイになりたいと言っていたのが少し分かる。
オレにもっと力があったら、サンジにこんな思いをさせずにすむのに。
 
だけど、オレは決してあきらめない。
 オレはオレの夢を叶えて、サンジも手に入れる。海賊の高みを極めてみせる。

 エースはいつしか夜が白みかけたのに気づき、そっとサンジの身体から手を離した。
 サンジは閉じていた瞳をゆっくりと開けた。
 それから無言で服をととのえると、フードを深くかぶった。
 カンの鋭いルフィや、動物なチョッパーには気づかれるかもしれない。
ルフィとシた時は、必ずチョッパーにバレているから。

よろよろと砂丘を越えて行くサンジの後ろ姿をエースはずっと見つめていた。
 もう、ここにいる理由はない。
 エースはルフィに短い手紙を書くと、砂の上に置いた。

 風が吹き、さらさらと砂が移動していく。
 見る間に、サンジとエースのいた砂丘は砂で覆われてしまった。
 
次に会う時は、海賊の高み、か。
エースは深く帽子をかぶり、ルフィたちのいる場所とは違う方向にどんどん歩き始めた。
 
見渡す限りの砂漠を歩き続けた。
 赤味をおびた砂しかまわりになかったけれど、エースの心の中は、さまざまな色に満ちていた。
 
浮かんでは消え、消えては浮かぶ記憶の数々。
もうサンジの記憶にとらわれてはいけないのだと思っていても、それはつきることのない記憶として甦る。
 



ルフィたちがエースの手紙を見たのは、もう昼近くになってからだった。
 様子のおかしいサンジと、エースの手紙。
 
ルフィは二人の間に何かがあったことを確信した。
けれど、それはもう済んでしまったことだ。

 エースは去り、サンジは残った。
これが、全てだ。

 サンジは何も言わない。
だから、ルフィも何も言わなかった。

 やがて、クルーは離ればなれになり、
ルフィはクロコダイルとの戦いの時がやってきた。

 クロコダイルの鍵爪にさし貫かれ、意識がなくなりかけた時、
ルフィは自分はもう死んだのだと思った。

 最後の瞬間に、シャンクスのことと、エースのことと、やっぱりサンジのことがうかんだ。
サンジもきっとエースのことが好きだ。
オレが死んだら、きっとエースが大事にしてくれる。

 

ルフィは死ななかった。
生きていてラッキーだった。
アルバーナでクロコダイルをぶっとばした後は、サンジがルフィをおぶって歩いてくれた。

 ルフィは血だらけで、言葉も出なかったけれど、幸せだった。
 一番好きなサンジが、オレを運んでる。
サンジはオレを運べるくらい元気なんだ。
早くオレも元気になって、サンジのメシを腹一杯食いてえ。
そして、サンジ自身も腹一杯食う!!!



 やがて、アラバスタには平和が訪れ、国王と革命軍は真実を知った。
 ビビは国に残り、ルフィたちはまた新たな旅に出た。
「ビビちゃん、元気かなあ・・・」
えくえぐ泣くサンジだったがウソップやチョッパーすら相手にしない。

「ししし、元気に決まってるだろ!!
   それに、離れてたって、ビビは仲間だぞ!!」
ルフィの言葉にサンジは鼻水をすすった。
「・・・だよな・・・」
アホは放っとくにかぎるという表情をありありと浮かべているゾロにも気づかないほどサンジはうちひしがれていた。
落ち込んでいる時に必ずルフィは浮上でき るような言葉をかけてくる。
 バカバカしく騒々しい毎日は、嫌なことを忘れさせてくれる。

サンジは泣き止むと、タバコに火をつけた。
火をつけるたびにあの男を思い出すのに、吸わずに いられない。

これでいいんだ。
ルフィのそばにいるのは、楽しい。
いつか、またエースに会う日があるかもしれねえけど、オレは今よりもっと大人になる。
 強くならねえと。
 もう、身体が震えるような想いはたくさんだから。

「サンジ、メシ!!」
腰に抱きついてくるルフィを蹴りとばしながら、サンジは思った。
 きっと、エースみたいなやつにはもう二度と会わねえ。
 それでいいんだ。

くよくよしたってはじまらねえ。
アラバスタの民を見ろ。
どん底から、見事に立ち直りつつあったじゃねえか。

生きようとする力は、すごい。
人の思いがマイナスにはたらく時もあるけれど、思いやりや優しささえあれば、人は助け合って生きていける。
オレはそれをあの 国で見た。

 ビビちゃんのひたむきな思いが、国を救い、民を救ったんだ。
あんな子こそ本当の王女さまで、お姫さまだ。

 サンジは、もういない男のことをまた考えそうになって、あわててぶんぶんと首を振った。
それから、吸いかけのタバコを海に投げた。

 もう、無理に忘れようとは思わねえ。
 どうやら、忘れられそうにないって気づいちまったから。

 ルフィも気づいてるみてえで、エースがいなくなった時はすげえ怖い顔してた。
でも、今はまた元通りだ。
 ずうっと、こうしていられたらいい。

 でも、すぐにとんでもねえ冒険が待ち受けているんだろうなあ。
ルフィほどワクワクするわけじゃねえが、まあ受けてたってやろうじゃねえか。

 ルフィは甲板にもたれて海を見ているサンジをじっと見た。
 アラバスタで、サンジはまたケガをした。
オレの方が大ケガだったみたいだけど、サンジがケガするより、オレがケガする方が絶対いいんだ。

サンジの身体には傷なんてつけたくない。
むろん傷ぐらいでサンジが嫌いになるわけじゃないけど。
 
もったいない。
ぜったいに傷つけたらもったいない。

 天気のいい日のサンジはきらきらしてる。
今も、風が吹いて、金の髪がさらさらしてる。
 フーシャ村の黄色い花みたいだ。
 オレの一番好きな花だ。
でも、名前は知らない。
名前なんてどうでもいい。
オレはただ、あの花が好きなんだ。
 花の色も好きだし、種も好きだし、
丈もオレよりちょっとでかくてちょうどよかったし、
風にそよそよするのも好きだし、においも好きだった。
サンジとおん なじだ。

 サンジといると、ほっとするのに、顔を見てるとエロいことをいっぱいしたくなる。
 サンジはオレのコック兼ヨメさんだとナミが言ってた。
確かに、オレにはもうヨメさんなんていらない。
サンジがいるから。
 ずっと、サンジが側にいたらいい。

 けど、絶対エースはサンジを狙ってる。
アラバスタの砂漠でサンジはおかしかった。
多分、エースとシたんだと思う。
だけど、サンジは何も言わずにオレのと ころにいる。 

サンジがここにいるから、エースは絶対、いつかサンジを盗りにくる。
オレの兄ちゃんだから、サンジを狙わないはずはない。
あいつは海賊だか ら、絶対来る。
 
サンジはふらふらしてるから、着いていかないように、ちゃんと手を繋いでおかないと。 
 一緒に歩くんだ。
 オレだけが早く行くのじゃなくて、サンジだけが先を行くのでもない。
オレたちの今が途切れないように、ずっと一緒にいる。

 オレが笑うと、サンジが笑ってくれる。
 サンジが笑うと、オレは嬉しくなって笑う。
 そしたら、不安なんてなくなる。

 世界中をやさしくつつみこむようにサンジは笑うんだ。
オレはそれを見ると、メシも食ってないのに胸がいっぱいになって、あたたかくて幸せな気分になる。

 やがて、キッチンからは包丁の音が聞こえてきて、ルフィはそわそわとキッチンの戸の前を歩いた。
 サンジはしばらくは気づかないふりをしたが、歩き回るルフィの様子を見かねて、パンの耳を少しやった。

「うめえ!! 」
ルフィはがつがつと食べた。
 何がうまいかって、パンの味よりもサンジがくれたことの方がうまいんだ。
 食ったら食い物はなくなるけど、サンジがしてくれたことは忘れない。
だから、オレはいつだってサンジのメシが好きなんだ。
 そして、きっとサンジのメシよりサンジ本人の方が好きなんだ。
 いつかサンジがそれに気づくといい。

 ししし、これからも航海は続くんだ。
だから、大丈夫。

ずっと一緒にいるから、きっとオレはもっともっとサンジのことが好きになる。
それでもって、サンジ にも、もっとオレを好きになってもらうんだ!!






 形あるものは次第に姿を消すけれど、
君がくれたこのぬくもりは消せはしない。 






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