voyage
22
 

 

 
ルフィが悲しくないわけはねえ。
 だけど、こんなのって、ねえ。
 こんな別れがあっていいはずはねえ。

 サンジの涙は止まることなく、ぽたぽたと床に落ちた。
 揺れる船も、ウソップやゾロが必死に柁をとっている姿も、何も目に入らず、
放心したように生命の気配の途切れてしまったヒナの船のあった場所をぼんやり見た。

 ・・・もしかして、生きてるかもしれねえ。
 あの船のあたりを海軍が必死で捜索してるみてえだから、うっかりエースも捕まっちまってるかもしれねえ。
 捕まらねえで欲しい。
けど、捕まってでも生きていて欲しい。

 オレの目の前にあらわれて、また笑って欲しい。
二度と、会えなくてもいい。
触れられたいなんて、思わねえ。
 そんな贅沢は、もう思わねえ。
エースが生きていさえすれば、それでいい。

 生きてる。
きっとエースは生きてる。

 だってよ、オレが目を閉じれば、いつだってエースはあざやかに微笑む。
オレだけに手をさしのべてくれる。
こんなことがあっていいはずがねえ。
 白ひげ海賊団のエースが、違う海賊団をかばって死んでしまうなんて、そんなバカなことがあっていいわけがねえ。

 サンジは生の痕跡を見つけたくて、もう遠ざかったエースのいた海をじっとながめた。
 まばたきする間に、エースが生きてるところを見のがすかもしれねえ。
捜さねえと・・・。エースは、生きてるはずだから。

 ルフィはサンジの異変に気づいたけれど、そっとサンジを抱きしめた。
 エースは、オレにサンジを託した。
 チクショウ、自分だけいいカッコしてずるい。

 サンジはここにいるけれど、エースはサンジの心を盗っていった。
エース、お前に言われるまでもなく、オレはサンジを守る。
だから、安心してくれ。

 泣きつかれたサンジが眠ったあとも、ルフィはずっとサンジを抱きしめていた。
 ナミもチョッパーもゾロもその姿を見つけたけれど、
いつもなら食い物のことを言い出すルフィがサンジだけを大事そうに抱きしめている姿に何も言えなくなった。

 こんなのは、今だけだ。
こんなつらい思いは、今だけ。
時がたてば悲しい記憶はうすれる。
ナミもチョッパーもゾロも大切な人や愛する人を失っていたから、ルフィとサンジの悲しみは自分のことのように感じた。

 ナミはよりそうように眠るルフィとサンジを見た。
 きっと、あんたたちは越えていける。
 エースがどれほどルフィを大切に思っていたか、サンジ君のことを愛していたのか、あなたたちは知っていたはず。
 だから、後悔することなんてない。

そう思ったけれど、ナミは次の日の朝に届いた新聞をそっと隠した。
『フーシャ村の港での大立ち回りで将軍ヒナ戦死。
海軍の死傷者数百名。
しかし、火拳のエースは死亡したと確信。
スモーカー将軍談』

 翌日から、サンジは何ごともなかったかのように朝飯を作り、昼飯を作り、晩飯を作った。
 エースという名はクルーたちの禁句となった。

 サンジはナミゃウソップがものすごく気を使っているらしいことに気づいていた。
 はっ、バカじゃねえの。
そんなにはれ物にさわるように接してくれなくていいのによ。
 どうやらエースは本当に死んじまったらしい。 
人はいつか死ぬんだ。
きっと忘れる日だって来る。
どうせ、もともとめったに会えなかったし。

 思い出すと涙が出そうになり、サンジは目をごしごしとこすった。
 ルフィも元気がないから、こんな時こそ自分ががんばらねえといけないのに。

 どんなにつらくても、日々は続いている。
 この海のどこかに、エースはいると信じよう。
 いつか、きっとまた会える。
会ったら、オレはどうするだろう。
 忘れることなんて、できねえのなら、それはそれでいい。

この痛みはオレの一部だ。
クソジジイへの罪の意識と等しく、もうオレの心に刻印されてしまった。
 忘れてしまいたい。
けど、記憶の中の笑顔はあまりにやさしくて、オレはその記憶に酔いしれる。
 
エースはいないけれど、オレたちは生かされた。
 だから、エースのぶんまで生きていくしかねえ。
エースの夢は、ルフィが違う形で叶えることだろう。
もう、オレにはルフィしかいねえから、最後の時まで、あいつに付き合う。

 ごめんな。エース。
オレはお前を忘れてしまえよう、がんばるよ。
前を見て生きていたいから。









息をきらして駆け抜けた道を振りかえりはしない。
 ただ、未来を見つめながら、進む。
 命を削って情熱をともして、また光と影をつれて進むんだ。
 


NEXT

voyage

top