voyage
23
 

 

 
エースがいなくなってから、一年。
 麦わら海賊団はとうとうワンピースの手がかりを見つけた。
それは小さな島の洞窟の奥にあるという。

 よく晴れた雲一つない日。
 モンキー・D・ルフィは小さな小舟に乗ってその島に向かった。
海賊王になれるのは、ただ1人。
その島には誰も連れては入れない。

 ルフィが小さな島に着いた時、洞窟の奥に人の気配がした。
 ルフィはあわてて奥に走りこみ、先にいた誰かにぶつかった。

「・・・クソガキが。
じゃまするんじゃねえ」
初めて聞いた声だった。
 堂々とした体躯に見事な白いひげ。
 いつもエースの背で輝いていたシンボルマーク。

「あ、白ひげだ。すっげー、本当にひげが白い。
なあなあ、そのひげ触ってもいいか?」
ワンピースを狙う大物、白ひげの名は世界広しといえど、知らぬ者はないと言われていた。

 白ひげはじろじろとルフィを見た。
 あの火拳の弟らしいが、だいぶ感じが違う。
エースは如才なく、人に気を使っていた。
人なつこい雰囲気は同じだが、エースのほうがだいぶ大人だろう。

「なあ、白ひげのおっさん、エースは生きてるよな」
心配そうに言うルフィを白ひげは一喝した。
「一番隊隊長、火拳のエースは死んだ!!
  お前はフーシャ村の港で見たはずだ」

ルフィは悲しそうな顔をしたが、気をとりなおして、白ひげをじっと見た。
この白ひげのおっさんは、エースが全てをかけて海賊王にしようとした男。
 オレはいつかエースと戦って、海賊王になると決めていたのに、最後にいたのはこのおっさんだ。
 だけど、何だか変だな。
このおっさんは座ったままだ。

 ルフィの視線に気づき、白ひげは吐き捨てるように言った。
「ここまで来て、足がイカレちまったんだ。
よくエースの小僧に不摂生を止せと言われたが、最後の時になって結果が出たようだ。
敵は内側にいたってことだ。
名声と地位を手に入れるのは、この白ひげではなく、お前だ。
モンキー・D・ルフィ」

ルフィは鋭い目つきで白ひげをじっと見ていたが、突然、白ひげの身体を担ぎ上げた。
 このおっさんは、エースが夢を託した男。 
エースなら、きっとこうするはずだ。
「小僧 !!」
白ひげの巨体を持ち上げながら、ルフィは一歩一歩最後の場所へ向かった。

 ガキの頃、オレとエースは誓った。
二人のうち、どちらかが海賊王になると。
夢が現実になる瞬間まで、あきらめはしないと。
 もう、数歩歩いた先に、夢が待っている。

 これまでの努力や苦しみなんて、全然問題じゃない。
エースの分まで、オレは夢を叶えるんだ。
あの黄色い花の中で誓った夢を。

 白ひげは、奥に光り輝く場所があるのに気づいた。
 神々しいまでのその光は、穴の中のどこからか不思議に差し込み、様々な宝を照らし出していた。
手前には、海賊の守神とされる像が二つ置かれていた。
 宝剣、王冠、金塊、宝石。
白ひげですら見た事もないくらいの大量の宝がそこに存在した。

 これが、ワンピースか。
世界中の宝を一つにした、奇蹟の宝物庫。

ルフィは、自分がたどりついた輝く場所をじーっと見た。
 ついに、来た。
オレは、ついにここまでたどりついた。
ここには、ナミの喜びそうな宝がいっぱいある。
だけど、オレには必要ない。 
ルフィは、ナミのために宝石の固まりをとった。
それから、ゾロのために剣を。
それから、チョッパー用によさそうな金の医療セット。
ウソップのために、なんだかわからない道具。
そして、サンジのために、腕輪を一つだけ、とった。

 サンジは何も欲しがらない。
きっと、たくさん持って帰っても、みんなナミにやってしまう。
だから、一つだけ。

 それから、マキノさんに宝払いをするために、宝石を選んだ。
 そして、自分のためには、海賊王のマントを。

「おい、白ひげのおっさん、お前もとれ!!」
ルフィの言葉に白ひげは苦笑した。

 バカな、こいつはオレを連れて帰るつもりか? 
オレを連れて帰れば、お前は宝を持てなくなるはずだ。
たったそれっぽっちの宝でいいというのか? 

お前は海賊王になったんだ。
 今なら、オレも認めよう。
お前がは海賊王になるにふさわしい。

「置いて行け。
宝の中に、オレの骸を加えるのも悪かねえ」
「駄目だ !!   
オレがお前を助けると決めたから、駄目だ!!」
きっぱりと断言するルフィの瞳は微塵も汚れてはいなかった。

 白ひげは言葉を失った。
 なんという信念だ。
まっすぐでなんと迷いのないことか。 
ルフィは何もとらない白ひげを担ぐと、また一歩一歩地面を踏みしめて歩き出した。

 ついに、手にいれた海賊王のマント。
 ほんの子どもの頃から、それだけを夢見ていた。
これが欲しくて欲しくてたまらなくて、泣きわめくと、エースがいつも3日で破れるマントを持って来てくれた。
オレは嬉しくて、悔しくて、いつか本物の海賊のマントを手に入れるのだと誓った。
 
エース。
オレは海賊王のマントを手にいれた。
 どんな冒険も、どんな苦難も、すべては無に帰していく。
だから、オレは風に向かって精いっぱい進む。
迷っているひまなんてない、未来は無限に続いているから。

 これは長い長い航海の途中。
終わりなき旅はまだまだ続くんだ。

 島の壁岸でルフィの帰りを今か今かと待ちかねていたクルーたちの目には、まず白ひげの姿が目に入った。
 それから、白ひげを背負ってゆっくり歩いて来るルフィと、その海賊王のマントに気づいた。

「ルフィーーー !!」
ウソップとチョッパー泣きながらは絶叫した。
オレたちの船長が、ついに海賊王になった。
誰もが一笑にふした夢をルフィは叶えたのだ。 

サンジはゆっくり近づいて来るルフィの姿を見て、涙がこぼれた。
 ついに、この時が来た。
 腹にくくった一本の槍。
そのまっすぐさが、世界を変えた。

 ルフィはオレに、あきらめないことの意味を教えてくれた。
奇蹟は起こるのを待つものではなく、手に入れるものなのだと。

 メリー号に連れて来られた白ひげは、白ひげの船に連絡を入れ、迎えを待つことになった。
 ゴーイングメリー号では、『祝、海賊王』と書かれた垂れ幕がたらされ、様々な料理がところせましと並べられていた。
 うかれるチョッパーとウソップを中心に宴会が開かれ、ゾロとサンジも酒を酌み交わし、その場は盛り上がっていた。

白ひげは、何かを殴打するような音に気づき、そちらに目を向けた。
「まったく、あんたときたら、どうしてこれだけしかお宝とってこなかったのよ!!」
 ナミがルフィを容赦なく殴っていた。

 これにはさすがの白ひげも驚いた。
・・・麦わらの航海士だけあって、とんでもねえ女だな。
見てくれはいいが、こんな女が船に乗ったら大変だ。

「本当だ・・・ナミ、それだけしかなかったんだって・・・」
必死で言い作ろうルフィに、ナミは疑り深い視線を投げかけた。

「なあ、白ひげのおっさん!!  
宝は全部持って来たよな !!」
明らかに救いをもとめる視線で同意を求められ、白ひげはつい相槌をうってしまった。
「・・・ああ」
「うっそー!!  
そんな、これでお宝全部だなんて!!  
ワンピースって言っても、地位と名声しか手に入らないじゃないの!!」
ナミだけがしきりに悔しがるのだが、どうやら誰も相手にしていないようだ。

 そう思って見てみると、海賊王の船だというのに、どうみても船は小さく装備もお粗末だ。
 本当は、その千倍くらいの宝はあると思うのだが、どうやら麦わらはそのまま宝はないことにで押し通すらしい。

 おもしろい小僧だ。
 白ひげは、船の様子を見ながら、金髪のコックの出して来る料理を食った。
 うまい。
 こいつが、『エースのサンジ』だな。
 目立つ金髪、くわえタバコ、黒スーツ。
情報通りだ。
エースのガキが急に行方をくらます時は、かならずこいつの所に来ていたらしい。
 まあ、料理の腕がなかなかいいのは認める。
見た感じもいい。

「お前、うちの船のコックにならねえか」
白ひげが言った瞬間、ルフィとサンジが振り帰って同時に叫んだ。
「「ならねえ!!」」
白ひげはニヤリと笑った。

「サンジっていったな。
困った時があったら、いつでもオレのところに来な」
「「行かねえ!!」」
また二人同時に叫ぶのだが、ルフィがサンジをいつの間にか抱きしめていた。
「サンジはやらねえ!!」
なおも叫ぶルフィの様子を他のクルーは日常茶飯事という表情で見ていたが、
サンジは白ひげの目の前で抱きしめられていることに気づき真っ赤になって暴れはじめた。

 オイ、こりゃどういうことだ。
コックはエースのもんじゃなかったのか?
 白ひげはやっとエースとルフィとサンジの微妙な関係に気づいた。
「てめえ、もうメシ抜きだ!!」
「サンジぃーーーー!!」
いつの間にかすっかり二人の世界に入っているのを白ひげがじっと見ているのに気づき、ナミは声をかけた。
「気にしないでください。
ただのじゃれあいみたいなもんですから」
分かりやすい船長の弱点がコックであることは気づかれているに違いないと思いつつも、一応フォローをした。

 まったく、ガキくさい関係だ。
 火拳のエースも、おそらく、この輪の中に加わっていたのだろう。

 白ひげはしばし沈黙した。
 宴会は夜通し続き、そのうち白ひげもその輪に加わった。

「うおっ、やっぱりすげえな、白ひげのおっさん!!  
エースの話、もっとしてくれよ !!」
いつの間にか、ルフィにエースの話をせがまれ、白ひげはぼちぼち語りはじめた。

 はじめて出会った時、黒ひげの話、一番隊隊長になった時のこと。
 ルフィは楽しそうに聞いているのに、途中からサンジがうつむいたままになり、そっと消えてしまったのを白ひげは知っていた。

 とてもつらそうな顔をして、今にも泣きそうだった。
パカ野郎が。
惚れてる相手を泣かせてどうするんだ。

 白ひげは夜が明けるまで、その不思議な宴会につきあった。
チョッパーは酒は止せと言ったが、そりゃあこの白ひげに死ねというのも同然だ。
どうせもうくたばりぞこないの身体だ。
欲しいものを食い、欲しいものを飲む。

 白ひげはナミから電伝虫を借りると、いくつか電話をかけた。
 もう、麦わらのルフィが海賊王になったらしいという噂が囁かれているという。
数時間やそこらで世界中にひろまっているようだ。
 さっさとこの海域を抜けた方が良さそうだ。

 だが、もう少し、ここにいなければ。
 オレからこのガキどもにやる餞別が、まだ来ていない。
まったく、この白ひげにこんなことをさせるとはな。




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