voyage
9
エースの予想通り、夜になるとサンジは小舟を使って島に渡り、
エースが泊まっている宿までやって来た。
「よお」
エースはサンジと出かけるつもりだったのだが、もう深夜になっていた。
この時間に開いている店といったら、いかがわしい酒場くらいだ。
とてもじゃないが、そんなところに連れてはいけない。
「サンジ、お前、休みはねえのか?」
「そんなもん、あるわけねえだろ。
明日だって、5時起きして仕込みだ」
「5時だって?
そりゃ、また、えれえ早いな」
エースが出してやった酒を飲みながら、サンジは笑った。
「早いさ。
でもよう、あの船のやつはおっさんばっかでさ。
いつもガキ扱いでオレはいらいらするんだ。
早く、ジジイくれえの年になりてえな」
・・・極端だな、オイ。ジジイは行きすぎだろ。
「ところで、エースって海賊だよな。
でも、海賊らしくねえ」
不意にサンジが言った。
背中の入れ墨は海賊の証。
それを堂々とかかげながら歩くけれど、バラティエを襲ってくるような海賊とは明らかにエースは違う。
サンジが若いからといって見下すような連中とも違う。
「あんただってコックだろ。
けど、コックらしくねえ」
そう言うと、エースは笑った。
サンジもそれを見て笑った。
「なあ、サンジ。
オレとつきあって下さい」
急にきちんと言われ、サンジは固まった。
「オレはあんたの友人より、恋人になりたいんだけど」
サンジはどうしていいか分からずに、目を泳がした。
目の前の男は、今日会ったばかりで、こいつのことなんて良く知らなくて。
でも、今まで出会ったどんな相手にも感じなかった不思議な力を感じる。
こいつならいいかって。
「オレがあんたを大人にしてやるよ」
サンジは固まったままでエースをじっと見ていた。
拒絶しないってことは、オーケーってことだ。
エースは、ゆっくりとサンジに触れた。
「サンジ、無理せず、感じるままでいいんだ」
エースはサービス精神に長けていたから、
それまでの経験でどうすれば良いかが分かっていた。
ゆっくりサンジを抱きしめて、身体中に愛の証を残した。
いきずりの情事などではなく、エースにとってもこれだけ誰かを欲しいと思うのは初めてだった。
早すぎるなんてことはない。
エースはこの町でどれだけ居られるか分からない。
白ひげを海賊王にしたいという誓いをたてた以上、エースは白ひげの指令に従わなければならない。
白ひげこそは海賊王になるのにふさわしい男だ。
エースはサンジが欲しくて、サンジもそれを受け入れたのだ。
エースはこれまでにももう戯れに情を交わした相手はいるけれど、
それはその港に立ち寄った時の宿みたいなもので、なければないでまた捜せばいいものだ。
だが、サンジは違う。
これまで出会った誰とも違う。
自分は、サンジに会うためだけに、
どんな遠いところからでも来る事ができるだろう。
サンジは震える身体をエースにあずけ、初めての感覚に翻弄されていた。
悪態をつく余裕もなく、ひたすらエースにしがみついた。
エースになら、すべてを預けられる気がした。
「・・・っ」
苦しくて声をあげると、優しい手がサンジの頬をなでてくれた。
「大丈夫だ」
耳元でエースに囁かれると、身体中がぞくぞくした。
触られたところすべてが熱を持ち、心臓がばくばく脈打っていた。
やわらかくほぐされた内部に灼熱の楔が打ち込まれると、サンジは悲鳴をあげた。
身体の中の異物感に慣れる暇もなく、熱い律動がくり返され、やがてサンジは意識を失った。
目覚めた時、サンジは小舟の中にいた。
船の周りには、不思議な明かりがともっていた。
真っ暗な中、漁火のような光をともした小舟が静かに進んでいた。
炎に照らされた見覚えのある横顔がサンジの目に入った。
「・・・エース?」
かすれた声でその名を呼ぶと、エースは満面の笑顔を浮かべた。
「よう、身体、大丈夫か?
悪いな、途中から自制できなくなって、ヤりすぎちまった」
サンジは急にエースとしたことをありありと思い出し、真っ赤になったが、
幸い暗闇がそれを隠してくれた。
「へ・・・平気だ」
「5時になるまでには、バラティエにつくから、もう少し寝てろ」
そうか、エースは仕込みが間に合うように、
オレを連れて帰ってくれてるんだな。
エースは無言で船をバラティエに着けた。
そっとサンジを抱き上げて、デッキに下ろすと、素早くサンジに口づけた。
「また来てもいいか?」
エースの問いに、サンジはおずおずとうなずいた。
エースは幸せな気持ちでいっぱいになった。
サンジは去って行くエースをぼーっと眺めていたが、あわてて厨房に向かった。
よろよろし、心ここにあらずといった風なサンジを誰もがいぶかしんだ。
「オイ、サンジ!!
さっさと支度しねえか!!」
いつもの厨房の喧噪もサンジの耳にはあまり届かず、
サンジはのろのろと準備をした。
心の中はエースのことでいっぱいだった。
すげえ、痛くて恥ずかしかったけれど、気持ちよかった。
サンジは一人で青くなったり、赤くなったりした。
その様子をじっと見ていたゼフは、つかつかとサンジの側に歩みより、鋭い蹴りをくらわした。
「チクショウ、クソジジイ 、なにしやがる!!」
「やる気のねえやつは、この厨房から出て行け!! 」
コックたちは、やれやれまたかという表情をしながら料理を続けた。
オーナーゼフと副料理長のサンジはいつももめてばかりだ。
このレストランでサンジは目立っている。
若さと際立った外見。
黙っていれば『掃きだめに鶴』と称せそうだが、
口が悪く乱暴なため、コックたちからもけむたがられていた。
しかし、サンジの外見だけにひかれて手を出そうとする者はゼフによって半殺しにされるのも事実だった。
男ばかりの中でいるせいか、サンジは女の客が来るとメロメロになり、ハートを飛ばしまくるヘンなガキだった。
ゼフは常々サンジの様子を不安に感じていた。
とにかく尻軽なのだ。
特に女に弱く、すぐにだまされて身ぐるみはがれそうだ。
女にはおもしろい子ぐらいにしか思われていないようだが、
男たちはサンジを餌食にしようとしている者も多い。
以前、客の中にサンジを高く買うという男がいたが、そいつは半殺しにしてやった。
もともと早く大人になりたがるバカなガキで、
最近、妙に色気づいて来たと思ったら、案の定朝帰りときた。
ゼフはため息をついた。
チビナスが部屋に戻ってねえと思ったら、
あの白ひげの入れ墨の小僧に連れられて帰って来やがった。
厨房にいてもぼーっと上の空で、やつとの情事でも思いだしているのだろう。
あいつもガキじゃねえんだ。
だれと乳くりあおうと関係ねえ。
だがあんな風では、どこで誰に手を出されてもおかしくねえ。
なんでこのオレが男のガキの貞操の心配までせにゃならんのだ。
あんなくだらねえものを生かしちまったおかげで、迷惑きわまりねえ。
サンジはゼフに蹴られてから気をとりなおし、意地になって仕事に専念した。
時々、昨夜のことが思い出され、のたうち回りたいくらい恥ずかしくなったが、何でもないふりをした。
昼間はエースはやってこなかった。
サンジはがっかりしたが、気を紛らわせつつ料理をして、その日の仕事を終えた。
仕事の後のタバコに火をつけようとした時、自然に火がついた。
「エース!!」
サンジはエースに駆け寄ろうとしたが、急に恥ずかしくなった。
なんだか、これってまるで、ずっと待ってたみてえじゃねえか。
急にもじもじしはじめたサンジをエースは抱き上げた。
「姫。今宵もともに過していただけませんか?」
「何が姫だよ!!」
暴れるサンジをおさえこみ、サンジの目を覗き込んでエースは言った。
「だめか、サンジ?」
サンジは顔を真っ赤にして目を泳がせた。
それから、消え入るような声を出した。
「・・・べ・・・べつに・・・嫌だとは言ってねえ・・・」
サンジがそう言うと、エースは嬉しそうに笑った。
あ、この顔だ。
サンジはエースの顔を見つめた。
なんてっか、すげえやさしくてあたたかい笑顔。
それを見たら、オレの胸はきゅってなって、どきどきして、なんかくらくらする。
エースは軽々とサンジを抱いたまま、準備していた小舟に飛び乗った。
サンジに口づけると、サンジからもおずおずとした口づけが返ってきた。
やがて、エースは我慢できなくなり強く頭をひきよせ、夢中でサンジの口中を味わった。
「ん・・・」
懸命にエースに答えようとするサンジに愛おしさがこみあげる。
もっと近くに。
もっと触れさせてくれ。
宿に着くなりエースはサンジをベッドに押し倒した。
どうして?
触れれば触れるほど、もっと欲しくなる。
触れても触れても、全然足りない。
身体が追いつかない程、心が互いを欲している。
サンジ。
今、ここにあるお前は、オレのものだよな。
オレだけを見て、オレだけに身体を開いて、オレだけを愛する。
どうして、こんなに惚れてしまったかわからない。
でも、もうどうしようもない。
サンジの身体の昂りを愛撫すると、それは解放を求めて白い涙を流した。
「・・・エース・・・、一緒にイきてえ・・・」
サンジが息も絶え絶えにいう言葉に、エースはイきそうになった。
サンジの奴、なんてこと言うんだ。
今のは下半身にきた。
サンジはおずおずとエースの昂りに触れた。
どくどくと脈うつそれは、サンジが握りこむと硬さを増し、一気に吐精した。
同時にサンジの昂りも握りしめられ、サンジも耐えきれずに精を吐き出した。
互いの胸や顔にとびちった精液をエースがなめとり、ニヤリと笑った。
いつも人なつこい笑顔を絶やさないエースが初めてみせる、兇悪な雄の顔だった。
サンジの下半身がずくりと疼き、身体が熱くなった。もう、どうなってもいい。
「け・・・結合していいぞ・・・」
サンジは一大決心で言ったつもりだったが、エースは完全に毒気を抜かれてしまった。
・・・なんちゅう、世間知らずだ。
何かの用語辞典か何か見て覚えたんだろうか。
でも、ますます愛しくなる。
真っ白な心に、真っ白な身体。
ちょっと汚すのが勿体ねえくれえだ。
無理するなといいたいところだが、もうオレの方が、我慢たまらん。
こいつはきっと、あのゼフにとっても大切な宝。
オーナーがあの赫足のゼフと知った時は驚いたが、
そりゃあゼフが後ろにいたらサンジに手を出すやつなんていねえはずだ。
こっそり調べたところによると、バラティエを開店した時には、
ゼフとまだ十くらいのサンジしかいなかったという。
孫でもないし、お稚児さんでもない。
おまけに仲も悪い、か。
違う。
サンジは大事に守られている。
いや、守られていたというべきか。
とうとうオレが手をつけちまった。
これはオレが見つけた、とてつもねえお宝だ。
これほどバカでかわいい奴は初めてだ。
気がヘンになってしまいそうなくらい、かわいくてたまらない。
なのに、本人はちっとも分かってねえ。
サンジは大きく息を吐いて、エースが自分に入ってくるのを待った。
まだちょっとケツがいてえけど、恋人同志なら、こうしなきゃいけねえんだ。
オレにはココしかねえし。
昨日できたから、今日だって大丈夫だ。
コレでエースが気持ちよくなれるんだ。
でもよう、すげえでかくて太い。
考えただけでぞくぞくしちまう。
って、何盛り上がってんだよ、オレ。
これからエースが入って来ると思うだけで、どきどきしてヘンになりそうだ。
時間をかけて身体の奥深まで繋がると、サンジは苦しいけれど満たされた気分になった。
サンジが夢見ていた、きれいなお姉さんとのセックスとは違っていたけれど、きつくても幸せだった。
エースが中で動きはじめると、サンジはもう何も考えられなくなった。
時おり、身体がしびれるようなところを突かれ、サンジは嬌声を上げた。
「あっ・・・あああっ」
サンジが声を出したところに気づき、エースは執拗にそこを責めてくる。
必死で声を出すまいと我慢するのだが、わけのわからない快楽に負けて、サンジは再び声を出してしまうのだ。
「ゃっ・・・エース・・・そこ・・・イヤだ・・・」
「・・・そういう時は、イイって言えよ・・・・」
涙をいっぱいにして、サンジはかぶりを振った。
もう、イイのかイヤなのか、何がなんだか分からない。
快楽の波はサンジには強烈すぎてサンジにはどうしていいか分からなかった。
「・・・イ・・・イ・・・」
エースに教えられるまま、言葉を発し、その身をゆだねた。
与えられる快楽に忠実な身体は素直な反応をしめし、エースを喜ばせた。
サンジが力つきて意識を手放すと、エースもやっと我に返った。
しまった。また、ヤりすぎちまった。
サンジは朝が早い。
昨夜だって、きれいに身体を洗って服を着せるのにかなり時間がかかったのだ。
どうやら、今日も眠れそうにない。
エースは苦笑した。
何も知らないサンジはぐったりとベッドに倒れこみ、身体を弛緩させて眠っていた。
ハマっちまった。
もう引き返せないほどに。
きっと、これは八方塞がりの恋。
分かっているけれど、止められない。
近づけば近づくほど、離れられなくなると分かっていながら、どこまでもサンジを手に入れたくなる。
白ひげの所にサンジを連れていったら?
だめだ。
白ひげは綺麗な女が好きだが、男もいけるようだ。
絶対にとられる。
クソ。
オレがもっと逞しくて、もっと大人だったら。
そしたら、サンジを連れ出して、自分だけのモノにする。
けれど、もうオレの背には全てを賭けると誓った白ひげの印がきざみこまれている。
そろそろ、この町での仕事が終わる。
そうしたら、オレはここを去らねばならねえ。
サンジの元を去らねばならねえ。
エースは眠るサンジの髪をなでた。
そっとその頬にふれてみた。
魔法のように旨いものを作り出す手にふれた。
あんな蹴りができるとは信じられないような、しなやかな脚にふれた。
どうして、今、出会ってしまったのか。
ともに行きたい。
あきるくらい、ずっと側にいたい。
愛を見つけた。
これはきっと、一期一会の愛。
変わりなど、誰にもできない。
「サンジ」
答えのないことが分かっていて、その名を呼ぶ。
ここにサンジはいるのに、こいつは決して手に入らない。
きっと、オレは忘れない。
こいつの笑顔も泣き顔も、全部。
忘れられるはずなどない。かけがえのない記憶。