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レポート3 第4回目の訪問 5月22.23日

1.
 22日10時30分にO養護施設についた。
 渡り廊下までくると、3才児たちが靴をはいていた。
 「あっ、ちばせんせい、おさんぽへいこう」
 「2才児はお部屋に残して3才児を公園に連れて行こうと思っていたんですが」
 「じやあ、僕もいっしょに公園に行くよ。」
 木村さんがとGの手をつなぎ、私がFとDの手をつないだ。
 「たんぽぽ、たんぽぽ、むこうやまへ、とんでけ」
 「タンポポを見つけてはこの歌をたくさん歌いました。ふっ、とわたげをとばしっこしたりして。」
 「季節がら、適切な歌だったでしょう。」
 クェーと鳥の鳴き声が聞こえた。
 「くじゃくさんがいるんだよ。」
 子どもたちは、隣の保育園の園庭をのぞきこんだ、保育園の門までくると、園庭に鳥小屋が見えた。
 そこから横断歩道を渡ると、大きな公園がある。
 公園の中の児童公園には、先に他の保育園の子供たちがたくさんいた。
 児童公園の端で、砂遊びのどうぐをだし、子どもたちは遊び始めた。
 「ちばせんせい、おみずくみにいこう」
 水を汲んでくると、どろだんごを作り始めた。
 FとEはちいさなどろだんごを作った。
私は、白い砂を彼らのおだんごの上にかけて、「おおきくなあれ、おおきくなあれ、どろだんご」
Gは、水をいっぱいに砂を入れるために、だんごが形にならない。
Gは、すぐに「おみずくみにいこう」といった。
水のみばにつくと、水と砂の入ったバケツを排泄溝に捨てようとした。
「G、おすなのはいったみずを、ここにすてるとつまっちゃうから、すててはいけないんだよ」
ほかの保育園の子供たちが帰ったあと、きょうりゅうのモニュメントにとGが登った。
Eはするすると途中まで登り、手を出して
「ちばせんせい、(ここまで)とどく?」「とどかない」
「とどく?」「とどかない」
「とどく?」「Gのてにとどいた!!」
Gは、途中まで登ったが、もっとのぼりたいというので手を貸して登らせた。
2.
 昼食は、AとLのあいだでたべた。
 「おきゅうしょく、おいしいね。」
 Aがおいしそうにたべている。にこにこたべている。
 そして、Aの黒ずんでいた肌が白くなったことにおどろいた。
3.
 食後、Eをだいておひるねをした。
 「年中の子もできるだけお昼寝させようということになって。
 すこしでも枕に頭をつけさせるくらいでもいいかなって話し合ったんです。
 Lはお昼寝が長いんですが、MとKはすぐ起きちゃうんですよ。」
 「福島のいなかの保育所のほうではね、年長になってお昼寝ができない子が出てきてもしょうがないかなってくらいの感じなんだけどね……
去年は年少さんだった、KとMがおひるねをしなかったので、大丈夫かいって、高木さんに聞いたら、「幼児担当のほうから夜眠れないのでできるだけお昼寝をさせないでほしいといわれた。」っていうんだ。」
 「体をいっぱい使えばねむたくなりますよね。」
 「そうだね、子どもが眠れないってことに「おかしいな」って疑問が起こらないのが、いまの社会的常識の構造なんだよね。
すると、「保育」に対する関心が薄かった去年までの幼児担当が「子どもたちの睡眠」を重視できなかったのも当然だったね。
今の(O養護施設の)幼児担当には、「保育の考え方を学ぼう」という姿勢があるから、(子どもたちにも、職員にも)大きな変化がおこっているね。」
この日のEはなかなか眠れなかった。
「おんぶして」おんぶして歩き回ったが、2時を過ぎたのでEをつれて職員室へ戻った。
4.
 三瀬さん木村さんでミーティングをした。
 「きょうはとてもうれしかったよ。
 まず、Aがにこにこしておいしそうに昼食を食べていた。食べる量も増えたね。
 それから、Aの肌が白くなったことに気づいた?」
 「そうですね、わたしもびっくりしました。」
 「それから、公園に行っていっしょに遊んでいて、Eの他の子どもたちとのやりとりが少し具体的に、相互的になってきたようにおもったんだけど。どうかな」
 「なかなか言葉で言い表すことが難しいんですけど、Eが他の子と遊べるようになってきたと感じます。」
 「今日は私が書いた幼児のマッサージの仕方のパンフレットを持ってきたよ。
 お昼寝や夜眠るときなどに、少しずつ子どもたちの体を触っていこう。
 手、足、おなか、頭、の順にだんだん触っていくね。嫌がられたら無理をしない。
 触って嫌がる部位が一番の患部なんだけど、そこが緊張していたり、気の圧力で内熱があったり、ぼんやりと痛かったり、している訳だね。
 最初は嫌がるけど、だんだん体の緊張がほぐれていくのを脳が意識しだすと、「もっとマッサージして」って子どもから求めてくるようになるよ。
 それまで、じっと辛抱することがポイントだね。」
 私は、近藤信子さんの「にほんのわらべうた」全4巻を持参していた。
 「次回から、わらべうたあそびで役割交代を(子どもたちに)徐々に入れていきたいと思うんだけど、この本は、子どもたちが遊んでいる写真がいっぱい入っていて、どのように(わらべうたで)運営をしていったらよいかがよく伝えられているから、職員には大切な資料となると思うんだ。
この本を園長先生に買っていただこうと思うんだけれどどうかな?」
「買ってもらえるといいですね。」
5.
 3時のおやつのころから、年長児や小学生たちの一部が幼児の部屋に遊びにきていた。
私は、この雰囲気の中で、鈴と絵本を持ち出した。
 Bの足に鈴をつけ、私の足の上にBのあしをのせ、「あし あし あひる、かかとをねらえ」と唱えながら、前、後ろ、右、左、に動いた。
 Bは、体全体で喜ぶが、無表情になる瞬間もある
 すると、FとDも、「わたしも!」といってきた。
 Aにも鈴をつけてあげると、にこにことした。
 Cも、Gも、鈴をつけたいといってきた。
 すると、小1のYと本を読んでいた小1のUが「うるさい!」とどなった。
 しかし、私はUを無視してわらべうたあそびをつづけた。
 「まあるくなあれ、まあるくなあれ、いちにのさん」
 「まあるくなあれ、まあるくなあれ、いちにのさん」
 「いちばちとまった、にばちとまった、〜〜、しちばちとまった、
  はちがきて、くまんばちがとんで、ぶんぶんぶんぶんぶん」
 2.3.才児たちは、喜びの声を上げて走り回った。
 すると、いつのまにか、年長児のN、Oや小1のYとU、小4のT4などが2.3.才児といっしょになって輪の中にいたのである。
6.
 夕食の後、幼児たちを寝かせた。
Eはお昼寝していなかったのであっという間に寝た。
Lがなかなか寝付かれなかった。
私のそばに冷たい足があった、Gの足だった。
男の子たちといっしょに風呂に入った。
 子どもたちは気持ちよく私に声をかけてきた。
 「今日はどこに泊まるの」
 「野本先生といっしょのところだよ」
 「おれたちの部屋の近くだね」
 「今日はなにでここまできたの」
 「新幹線さ」
 「この前はくるまできたでしょ。
  あの車は新車なの」
 「11年も乗っているからね。もう買い換えなくちゃならないんだ。」
7.
 風呂から上がった後、当直の三瀬さんと12時半まで話をした。
 「Aがうれしそうにおいしそうにごはんをたべている姿を見て、きょうはうれしかったな……。
 「いちばちとまった」をやったら、UとYとT4が輪の中に入っていたんだよ。……。
 去年のYの状態では、わらべ歌の輪にはいるなんてとても考えられなかった。今日すうっと輪の中に入ったということは、彼女がずっと僕と高木君が去年の4歳児に対して行っていた保育を視て聴いていたってことだよね。
 だから、突然参加しようと思って輪の中に入ったら、案の定おもしろかったんだ。」
 「僕らの仕事は幸せだよね。
 つらく感じたり苦しく感じたり悲しく感じたりすることもあるけれど、僕らとであった子どもたちが僕らの目の前で変化し元気になり成長することを僕らの意識でしっかりと感覚しているんだもの。
 喜びとはね、他者に出会い他者の成長を支え支持した自分を感覚することなんだ。それが、人間の本質的な仕事なんだもんね。
 そして、それが「創造」ということなんだ。
 自分の理想を実現し、自分の自我をこの世に刻印することが「創造」ではない、他者が他者の本来の姿で成長する手助けができることが「創造」なんだ。
 するとね、他者が自分の言葉を理解できるようになる。
 他者が自分の言葉を他の他者に伝えるようになる。
 僕は40くらいまで自分が宇宙人じゃないかしらって思ってた。
 僕が当たり前だ普通だと思うことを話していても、その意味を相手に理解してもらえないんだもんね。
 13年前から今の児童書と木のおもちゃの専門店をやって、保育所や障害児の訓練施設で子どもたちと遊んでマッサージをやって、……。
 それからさ、保母さんや自主保育のリーダー的お母さんたちに、やっと僕の当たり前と思うことが話言葉としてつうじ始めたのが……。
 いまでもね、こうやって一対一で話しているから、僕らの共通の具体的な話題で話しているから、話ができるんだけど、僕はまだ50人100人の前ではお話ができない。」
8.
 23日7時30分に食堂へ行き朝食をとる。
 10時頃から鈴と7色の絹の布を出しわらべうたあそびをした。
 鈴を子どもたちの足につけ、
 「まあるくなあれ、まあるくなあれ、いちにのさん」
「まあるくなあれ、まあるくなあれ、いちにのさん」(しゃがんで)
「まあるくなあれ、まあるくなあれ、いちにのさん」(たって)
「いちばちとまった、にばちとまった、〜〜、はちがきて、くまんばちがとんで、ぶんぶんぶんぶんぶん」
Fも、Dも、Gも、Cも、Bも、Aも、体を震わせて走り回った。
「いちびのき、にびのき、さんはさくらの、しびのき、ごようまつ、もぶのき、ななつなんてんのき、やっつやつでのき、とおでとっくりかえした、かえした」
こんどは絹の布を取り出し、
「たんぽぽ、たんぽぽ、むこうやまへとんでけ、ふう」
子どもたちがそれぞれに歌って布をゆらしているのはとてもうつくしく充実した時間だった。
子どもたちは少し疲れ、絹の布を体にかけごろんとよこになった。
これもうつくしい風景だった。
突然、それまで一人だけ野本君のそばでごろごろしていたが、
「たんぽぽやって」と私の前にきた。
「たんぽぽ、たんぽぽ、むこうやまへとんでけ、ふう」
すると、
「たんぽぽ、たんぽぽ、むこうやまへとんでけ、ふう」と自分で唱え、布をゆするではないか!!
「しょうちゃんよかったね」三瀬さんが彼に声をかけた。
すると、Eは三瀬さんの腕の中に飛び込んでいったのである。
「あんぱんまん、あんぱんまん」
 Bがマントにしたいといいだした。
私は彼の要求を無視していたのだが、子どもたちが絹をマントにして遊びだした。
すると、子どもたちの目つきが変わり攻撃的になった。
9.
 を抱っこしてお昼寝させていたら、LとFが私の腹に頭を乗せてきた。
 「おんぶして」Eをおんぶして体をゆすっているうちに彼は眠った。
 を寝かせて、まだごろんごろんしているFのところへ行くと、

 「ちばせんせん、きらい!」

 刑部さん、岸田さん、木村さんとミーティングした。
 「絹の布は、子どもたちの体の前で使わなくてはならないね。
 マントになってしまうと、子どもたちには絹の色が見えなくなってしまい、魔物に憑依された状態になるんだよ。
 子どもたちの表情が変わってしまったことに気付いたかい。」
 「せっかくの穏やかな空間がくずれてしてしまいました。」

 「今日、子どもたちに起こった変化を、よく記憶にとどめておいてください。」

2001年5月27日

千葉義行

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