---くにたちを愛した山口瞳展レポート---

<第二回>

展示されているなかで強く印象を受けたものは
原稿と絵画である。原稿はとても美しい。
直しが殆どない原稿である。
山口瞳氏は、最後のピリオドまで頭の中で打たないと
書きだせない、だから書きだすまでに時間はかかるが、書きだすと
速いと書いているが、まさしくそうした原稿である。
頭のなかで推敲を重ね、ようやく最後のピリオドを打ち終えると
一気呵成に書き始める。
文字はそうしたスピード感のあるものだが、
崩すことはなく読みやすい美しい原稿になっている。


これは将棋で鍛えられた思考方法ではないか。
頭のなかで十手以上先を読み、ヨシッと一手指す
呼吸が身についているのではないだろうか。
そんな思いが切りとするほど完璧といっていい原稿であった。

「父の晩年」 1981年文學界2月号 単行本未収録
画像をクリックすると大きく見られます。




絵も素晴らしい。
「迷惑旅行」「酔いどれ紀行」「新東京百景」
連載時に描いた作品は単行本にも収録されていて知っているが、
原画を改めて見て、その素晴らしさに撲たれた。
なんていうか、気迫が伝わってくるのだ。
見ていて強く魅きこまれ、圧倒され、飽きることがない。



絵の大半は水彩かパステルだが、
紀行文のために描かれた絵は水彩であり、
自宅で静物を描くときにはパステルと使い分けている。
こうした絵画は、個展などで大半はファンの手に渡っており
今回の展示用に貸しだしてもらったとのことである。
予想以上に多くの点数が集まり、スペースの都合で全部は展示が
できなかったので、会期の途中で絵画と書は入れ替えると、
ご子息の正介氏が話してくれた。
また併行して、ギャラリーエソラでも
11月10日から、山口瞳氏の展示をするとのことで、
これも楽しみな企画である。



いずれにしてもこの特別展で、多彩な活動をされてきた
山口瞳氏の業績は網羅されており、
期待を裏切らないものになっている。



個人的な希望を言えば、奥野健男に
強い印象を与えた作文が収録されている
麻布中学時代の校友会雑誌の発掘(?)も
して欲しかったし、鎌倉アカデミア時代の習作同人誌
『尖塔』に発表した以外のもの−−も是非目にしたいと思った。


                        

next------->>



<back>