「闇の英雄」

 

  ――果てしない闇が広がっている。夜の闇よりも黒く、大きい闇。
 自分は夜が怖かった。夜になる度に、夜なんてなければいいのにと願った。
確か今のシャロルよりも小さい頃だったと思う。邪悪な魔王を倒す正義の勇者に憧れた、小さな子どもの頃。
 いつから、自分は正義に疑問を抱くようになったのだろう。いつから、闇に親しみを覚えはじめたのだろう。
そう問いかけると、風化しかけたはずの記憶が鮮明に甦ってくる。まるでその瞬間に戻ったかのように。

 自分は一人の英雄に出会った。出会ったと言っても、物語の中でだ。
今まで見てきた英雄譚の英雄とは全く違った英雄だった。魔物を切り裂く剣も、敵の凶刃から身を守る鎧も盾も、
その力を証明する血筋も伝説もない、どこにでもいそうなただの青年だった英雄。
 彼は友の仇を討つという、個人にとっては大きくても世界から見るとごくささやかな目的を持って故郷を後にした。
まさか友の仇が、世界を滅ぼそうとしている巨悪だとは夢にも思わないで。
 逆らうすべもなく運命の渦に巻き込まれた若者は、少しずつ力を付け、そしてとある分岐点へ差し掛かった。
巨悪に対抗するため、光か闇、どちらかの力を選んで身につけよと言われたのだ。
 彼に同行していた二人の仲間は光の力を選んだ。光を選んで当たり前だと二人は言った。
……しかし、青年が望んだのは、闇の力だった。

 自分はそれを知ったときただならぬ衝撃を受けた。何故闇の力なんか選んだんだ。そう叫んでいた。
しかし、英雄は物語の中でこう言った。
「聖職者にも悪人がいるのと同じように、闇の者だからって邪悪だとは限らないだろう」
そして、青年は自らが仇と狙う巨悪と全く同じ力を操り、敵を残酷なまでに殺していったという。
それなのに、青年は決して邪悪ではなかった。むしろそこいらの光の者より澄んだ心を持っていたと言われる。
最終的に青年は友の仇を討ち、巨悪を倒して世界を救い英雄となって物語は終わっていた。

 闇は邪悪ではない。
それが従来の英雄譚にすっかり染まってしまっていた自分にどれくらい大きかったことか。
いつしか自分はその物語を心の奥底に封印し、禁忌のものとして決して思い出そうとはしなかった。
……そう、この英雄のおかげで、今の自分がここにいるのだ。
 この英雄みたいに、従来の価値観に囚われず自分の信念を貫きたい。
 闇を恐れず、闇を憎まず、闇を受け入れて闇と共に過ごしたい。
……出来るだろうか、自分に?

 出来る。
 やって見せる。
 絶対に、実現させてやる…!

闇の中、自分の叫び声が響き渡った。そのとき、さっきの英雄の言い伝えられている名前が頭に浮かび上がった。
 …そういや自分は名前を考えていたんだっけ。
誰かにつける…誰かを束縛するものではなく、生まれたての赤子のように、
初めて世界へ飛び立つ自分のために、自分の願い、気持ち、誓いを込めて名付ける名前。
 この英雄の名前にしようか? と思った。この英雄のように、邪悪ではない闇になりたい、と。
しかし、それは自分ではない。自分はその英雄ではないし、その英雄になることも出来ないのだ。
けれど英雄と並ぶことは…もしかしたら、英雄を越えることだって出来るかもしれない。
 決めた。この英雄の名を少しもらおう。そして、それでありながらかつてない名前を考えよう。
自分は英雄と共にいて、そして英雄ではない。英雄のような人間になりたい。しかし決して英雄そのものではない。
自分の願い、気持ち、誓いを込めた、世界でたった一つだけの、自分だけの名前………。

  ――果てしない闇が広がっている。夜の闇よりも黒く、大きい闇。
 しかし、この闇もすぐに晴れる。そして自分の前に、新しい世界が開けるのだ。
 世界は自分に決して優しくはないだろう。時には自分を排除しようと襲いかかって来さえするだろう。
しかし、それでも構わない。自分はやっと自分の足で歩き始めることが出来るのだから………………―――――

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