涼しげな風が髪を靡かせていた。
かすかに白く、そして透明な霞がその洞窟の入り口を神秘的に覆っている。
闇の前に立つ、一人の青年ごと。
水着のような服を着た女性は、一瞬我を忘れたかのようにその場に立ちすくんだ。
その瞳は、闇と霞に彩られた青年を映して離さない。
どこかで会った。
しかし、そんな記憶はない。
でも、やはりその姿には見覚えがあった。
小麦色の肌。
動きやすそうなさっぱりした服装。
そして、太陽が地に沈み、闇が支配し始めた空の色の髪。
夕焼けも太陽と共に沈み、余韻がうっすらと闇と交じり合ったような、あのほのかな薄紫。
……全然記憶にないはずなのに。
「よう、アンタもウェンデルに行くのかい?」
青年が女性に気付いたらしい。
「え、ええ…まぁね」
女性が答えた。ほとんど反射的に。
「残念だったな…滝の洞窟には入れないよ」
澄んだ聴きよい声だった。口調こそ沈んでいるが、まるで草原を駆ける一陣の風のような。
聴き覚えなんかない。でも、どこかで聴いた…???
女性は青年の顔を見た。
ちょっと街を歩けばすれ違う女性の10人に9人は振り返って見とれてしまいそうな
整った面持ちはやはり小麦色だ。
しかし、この女性は別の理由で青年に見入っていた。
見覚えがある。
そんなものない。
「……???」
「…なんでもないわ。それより、ここの結界なら…――――――」