「Across The Times」


 森の奥深くにひっそりと建っていた謎の遺跡。
その遺跡のさらに奥深くで、オレとアイツが見つけた不思議な古い石版。
 そう…全ては、たった一枚の石版から始まったのだ。

 …あれからどれくらい経ったのだろう。
今でも目を閉じると、闇の中にアイツらの元気な姿が、当時と寸分違わず、鮮やかに浮かび上がってくる。
 大きな口から先の少し欠けた白い歯を覗かせて、辺りを駆けずり回るガボ。
 リンゴを齧りながら、ツンとした顔でガボを退屈そうに見つめるマリベル。
 そして………
「キーファ、何をしてるの?」
 ライラがオレの顔を覗き込んできた。大きな瞳にどこか心配そうな翳が見える。
「…思い返してたんだ、昔のこと」
「昔?」
「あぁ」オレは微笑を浮かべた。「本当は、ずっと未来の出来事なんだったな。オレだけにとって昔で」
 ライラも、オレが何を考えていたのか理解したようだ。とたんに暗い顔をする。
「何だよライラ、まさかまだ気にしてるのか? 後悔なんかしてないって、何度も何度も言ったじゃないか」
「…そうよね。守り手になるってあなたが言い出したときも、私何度も何度もいいのかって念を押したものね」
 ライラの笑顔を横目に見ながら、オレは空を見上げた。真っ黒な雲に覆われてどんよりと濁っていた。
初めて過去に来てしまったときのことを改めて思い出し、無意識にアイツの名前を口に出す。
「…お前は、今もどこかで、石版を集める旅を続けてるんだろうな…」
 正直に言うと、残してきた者たちが気になっていないわけではなかった。
今でもときたま夢にうなされる。オレを叱りつける親父と、オレに「帰ってきて」と叫んでは泣き崩れるリーサ。
マリベルの人を小バカにしたような態度だって、当時はあれだけむかついていたのに、
いざ見なくなると、どことなく寂しくなるんだから人間って不思議なもんだ。
 今頃グランエスタードでは、親父もこんな風にオレの行動を懐かしんでいるのだろうか。
「そろそろ出るわよ。この山を越えないと」
「……あぁ、すぐ行く」

 少し急な山道を、道を切り開くように昇っていく。
山を下ればそこは海。船に乗って次の大陸へ移動するのだ。
 かつんっ
「?」
 何かを蹴飛ばしたらしい。今の感触からするとかなり硬いもの…石か、金属か。
まさか『不思議な石版』だったりしてな。
 そんな偶然があるはずがないのは分かっているが、そう思いつつもオレは蹴飛ばしてしまった物を見た。
「…まさか」
反射的に呟いていた。足元に落ちていたのは、奇妙な模様のある、古ぼけてところどころが欠けた石版だった。
 拾い上げて近くで改めて見てみる。……間違いない。石の色も、神殿の台座と同じ色だ。
「どうしたの?」
 オレはライラに石版の欠けらを見せ、これが全ての始まりだったことを話した。
「この欠けらもいつかはあの神殿の台座に収まって、また新しい島へとアイツらを導くんだろうな…」
 何気なく思い口にした言葉だったが、オレは自分の喋ったことにはっとした。

……つまり、いつかはこの石版のあるところには……もしかしたら、また―――――――――

「キーファ? どうしたのいきなり真面目な顔して」
 オレはすぐにはライラに返事をしなかった。いろいろな気持ちが体中を駆け巡り、争っていた。
どれも全て自分の偽りのない想いで、たった一人の勝者を決めるのにはかなりの時間がかかった。
そして、自分が選んだ気持ちは……
「……いいこと、思いついたんだ」
そう言いながらオレはライラに笑いかけた。そして、手の中の石版をちらりと見る。
「これはオレが持ってていいもんじゃない。オレなんかが持ってたら、アイツらが見つけられなくて困っちまうぜ。
 …それより、この山を越えたら海だったよな?」

 波の音は、いつどこで聴いてもいいものだ。城に届く音も、フィッシュベルの砂浜の音も、
今オレの揺られる船の音も、どこか懐かしい、不思議な気分にさせてくれる。
 オレは甲板から遥か彼方を眺めた。一つの島が遠く小さく霞んで見えている。
皆、あの島を『楽園』と呼んでいる。誰もが憧れ、しかし誰も行ったことのない、憧れの地。
しかしオレは、誰もいないはずのあの島で生まれ育った。故にオレは、あの島をこう呼んでいる……エスタードと。
「よし、この辺でいいだろ」
 オレは船縁へ近付いた。そして道具袋の中から、一枚の石版を取り出す。
真新しい石で、面には何やら文字が刻み込まれている、何の変哲もない、ただの石版だ………今は。
「見つけてくれるかしら?」
「見つけてくれるさ」
そう言って笑った。「何つったって、この石版もアイツらにとっては『不思議な石版』なんだからな!」
そして、オレは石版を海に…エスタードの方へ向かって、想いきり放り投げた。
「アイツが見つけてくれるまで、壊れたり喰われたりするんじゃねぇぜ!!」
 勢いいい音を立てたあと、石版は海の中へと姿を消していった。
細波の中にいくつもの泡が浮かんだがそれもすぐに弾け、
黒い雲のすき間から漏れていた橙色の光が、何も残さず元通りに戻った水面を照らし出していた。

FIN.

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