「シャムロックの少女」


 真っ青な空から、太陽が今日もさんさんと光を昼下がりの街に注ぎ込んでいる。
アレリア王国首都アリテノンは、いつもよりも少しに賑やかな午後を迎えていた。
理由は誰にでもすぐ分かる。隣国マネチスへと数人の兵と共に侵入し、皇帝の変心の理由を見事に暴いた英雄、
アレリア聖騎士団長ロニー・メリディアン・アレリアの帰還だった。
 街の人々に囲まれ、晴れ晴れとした笑顔で彼らに答えるロニーたち。
だが、その笑顔のすみに、どこか悩みのようなものが浮いているのに、気付いた者はいなかった。
 ……ただ一人を除いて。

「ねぇねぇ、あのお兄ちゃんたち、一体誰なの? 何で集まってるの?」
 齢12、3歳と見られる少女が、側に立っていた野次馬の一人に訊ねかけている。
「知らないのかいお嬢ちゃん。あのお方はだなぁ、この国の騎士団の団長、ロニー・メリディアン・アレリア様だよ。
 たった10人で敵の国に忍び込んで、悪い王様を改心させてしまったんだ。
 もとから素晴らしいお人だったが、まさかここまでやるとはねぇ………」
「ふぅん…凄い人なんだ。…でも、じゃあどうして困ってるの?」
「困ってる!?」野次馬は少女の顔を驚きに満ちた顔で見下ろした。
「だって、そう見えるんだもん。笑ってるけど、ホントは笑ってない。まるで何かに困ってるみたい」
「………」
 野次馬はもう一度ロニーの顔を見つめ直したが、少女の言うような困っている様子など微塵も感じられなかった。
……奇妙な娘だ。関わらない方がいいな。結論はそれだった。
「……ねぇ、おじちゃん? そう見えないかなぁ? ……おじちゃん???」
 しかし、野次馬は二度と少女の問いかけに応じようとはしなかった。

 英雄たちが本城へと戻り、街の喧騒が収まったその夜、少女は年齢柄もなく宿の酒場へと足を運んだ。
「いらっしゃ……お嬢ちゃん、ここはお嬢ちゃんのようないい子が来るところじゃないわよ」
「ううん、私お酒飲めるもん。ライスコーヒーっていう白いお酒」
 店が大きく少し下品な笑い声に包まれた。
「笑わないでよぉ。私、お姉ちゃんたちに訊きたいことがあるのに」
「早く大人になる方法だったらそのうちわかるわよ」
「違うもん! 家出したお姉ちゃんを捜してるの!!
 それで、いろんな人が集まるところはないかって訊ねたら、ここが一番いろんなところから人が集まるからって…」
少女の目は真剣そのものだ。
「…家出したお姉ちゃん?」
「そう、お姉。私より4つ年上なんだけど……誰か私に似た女の人見かけたことありませんか?」
 しばし酒場は沈黙した。そして、カウンターやテーブルの客たちが次々に首を横に振り出す。
「あなたに似たって言われても困るわね。名前とか教えてくれない?」
ウェイトレスの言葉に少女は少しうつむいた。が、すぐに顔を上げ、はっきりとこう告げた。
「…セツラ。セツラ・アムガイン」

「ぶぇっくしょん!!!!」
 アレリア城内傭兵宿舎に、大きなくしゃみが響き渡った。
「……誰かウワサしてるのかしら」
ずずっと鼻の下をこすりながら、セツラは小さく呟いた。
「僕は風邪だと思うけどなぁ」
「セロカ、私は風邪なんて低級な病気、ここ数年かかったことなんか無いのよ」
「…それってさ、バカってことなんじゃないの?」
「な、なんですってぇ!!!」
自らの風邪にかからない理由をさらけ出しながら、セロカを追いかけるセツラ。
周囲から笑い声が沸き上がる。
「いや、バカは風邪引かないって諺、よく当たるんだよね」
「もう、もうっ! そんなに私をいじめるのが楽しいの!? あなたに正義という言葉はないの!?」
「正義以前の問題だよ、こんなの」
「――――!!!!!!!!」
 そのとき、顔を真っ赤にして本気で怒り出すセツラの目の前で、がちゃりと音を立てて扉が開いた。
「わっ、どうしたんだセツラ!?」
「きゃっ!!」
 突然の仲介者・クライドの登場に、その場にいた全員が引き締まる。
「いつものことだよ隊長。それより、仕事ってなに?」
「…あ、あぁ。最近アリテノンの街でちょっとした盗難事件が多発しているようでな…」
 一瞬、全員の視線がアールに集中した。
「今ここに来たばかりのおれが犯人のワケないじゃんか。……セツラ、そのあからさまな疑いの視線やめてくれ」
「信用出来ないわね」
「…ま、安易な正義論を振り回すだけのおこちゃまには、おれたちの気持ちなんか分からないだろうな。
 ……………そう思わないか、セツラくん?」
「どうして私に振るの?」
その問いにアールは答えず、ただセツラの足元に目を向ける。
……ランプのゆらゆらとした灯りの中に、うっすらと滲む影。
その広がり様は、まるでスキあらば本体であるセツラを呑み込もうとしているかのようだ。
 もちろん、そんなことはセツラには分からない。
「……それで、仕事の内容は?」
「………犯人の逮捕と、そのアジトの捜索だ。複数犯かもしれないから、こっちも数人に分かれよう」
 こうしてせっかく帰国したばかりのアレリア傭兵隊は、休息の間もなく、仕事に駆り出されることになってしまった。

  次の日。
 アレリア傭兵ガライは、同じく傭兵であるランフォ、暫定的な同僚セツラと共にアリテノンの街を見回っていた。
もちろん兵だと悟られないために、全員が平服で、剣だけを腰に吊しているという出で立ちだ。
「あ〜あ、どうして三人一組なのかしら…」
 ランフォが残念そうにぼやく。
「もっと多い方がいいってんなら、隊長に訊いてやってもいいけど?」
「そうじゃないわよ。たかがこそ泥に三人も必要なワケ?
 特にセツラなんか攻撃魔法も使えるんだからさ、一人でも平気だと思うのに……」
「慢心は英雄の大敵よ。それに、相手がただのこそ泥だとは限らないわ。
 もしかしたら、魔王の手下かもしれない……万一そうだったら、あなたはどうするつもり?」
「……ハイハイ! 三人でやればいいんでしょ、さ・ん・に・ん・で!!」
 当てが外れてしまい、頬をぷぅっと膨らませるランフォ。
そして、まるで八つ当たりするかのように大股でずかずかと歩きはじめた。
「ほら! 何ウダウダしてるのよ!! とっとと犯人を捕まえるわよ!!!」
そんなランフォの様子に、セツラはポカンと口を開けたまま硬直してしまう。
「…何をあんなに怒っているのかしら? ガライ、私がいると何か邪魔なことでも?」
「いや、俺としてはオマエにいてもらった方が好都合なんだけど…」
 もしランフォと二人だけだったら、とてもこそ泥退治どころではないだろう。
「………まぁいいわ。早く仕事を終わらせましょ。窃盗なんてどんな理由であれ、許される行為じゃないものね」
 ランフォの後を追って歩き出すセツラを見て、ガライはほっとしたと同時に、少し自分に嫌気を覚えてしまう。
ランフォが自分に何を求めているのかくらいは分かる。だが、彼女にそれを与えることは出来ない。
彼女の求めているものに興味は全く湧かないし、それ以前に、自分にはそんなことをする資格だってない。
少なくとも、幼い頃のあの約束を、果たせないまでも果たすまでは…。

「は〜あ、ここも収穫なしかぁ……このままじゃお金がなくなっちゃうよぉ」
 一軒の酒場から出てくるなり、少女は大きくため息をついた。
「お姉…どこにいるんだろ……」
 空を仰ぎ見る少女。その胸のシャムロックの形をしたペンダントが、彼女に合わせるかのようにきらりと光る。
そのとき、だっだっだっだ…と、少女の背後から激しい足音が響いてきた。
「…?」
振り返った少女の目に、ナイフを持って走ってくる汚い身なりの中年の男性が映った。
「え、え、え、え?????」
 男は少女の背後に回り込むと、その手のナイフを少女の喉元に押し当てる。
「……!!!」
少女の顔がみるみる恐怖の色に染まっていく。
「すまねぇ、ちょっとついてきてもらうぜ」
 そう小さく囁くと男は顔を上げ、後から走ってきた数人の男女に向け大きく叫んだ。
「動くな!! それ以上動いたらコイツの命はないと思え!!!!」
「くっ……」
 追跡者たちは悔しそうに口唇を噛み締める。
「いいか……そのまま動くなよ。わかったな!!!」
 そして男は少女を抱え上げると、そのままアリテノンの街の影へと走り去っていってしまった。
(お姉……!!)
 男に抱えられたまま、少女はそう心の中で、どこにいるかも分からない姉に叫んでいた。

「くそっ、人質とはなんて卑劣な奴なんだ!!」
 せっかく見つけた窃盗犯に逃げられてしまい、ティーテは右手のこぶしを勢いよく振りおろしながら叫んだ。
「落ち着いてよぉティーテぇ〜。まず他のみんなにこのこと伝えないとヤバイいんじゃない?
 犯人なら、アタシが使い魔ちゃんに追いかけさせてるからサァ」
「……そうだね。すまなかったユリナ。それじゃあ頼んだよ。
 …アーニ、行こう」
少し笑うと、ティーテは他の仲間にこのことを伝えるべく走り出した。
「頼みましたよユリナ」
少し遅れて、アーニも兄の後に続こうとする。が、ふっと足を止め、ユリナに向き直った。
「ん? ど〜したのアーニ?」
「…人質の女のコ、誰かに似てたような気がするんです……気のせいでしょうか?」
「……そっかなぁ?」ユリナは不思議そうに首をひねった。
「………ならいいんです。すみませんでした」
 そして、アーニは慌てて兄の後を追い走り始めた。
「………誰かに似てた……わかんないや」
そう呟くと、ユリナは精神を集中させ、犯人の動向を探り始めた。

 少女をさらった犯人は、アリテノンの町外れの薄汚い小屋へと戻った。
部屋の中には、今まで盗んできたものと思われる装飾品などのガラクタが散乱している。
「すまねぇなお嬢ちゃん…だが、これも仕方ねぇことなんだ。分かってくれ」
少女からナイフを離すなり、男は申し訳なさそうに言った。
「……おじちゃん、悪い人なの?」
「悪い人か…確かにやってることは悪いことだな。でも、この街には俺なんかより悪どい奴がたくさんいる。
 お嬢ちゃんにもわかるだろ? 例えば、国王の叔父のエアル公とか」
「……………ごめん、私ここに来たばかりだからよくわかんない」
「…そうか、すまなかった」
 ううんと少女は首を横に振り、男を見上げる。
「ねぇ、どうして泥棒なんかしてるの? 真面目に働けばこんな悪いことしなくてもいいのに」
「へっ、そんな甘いこと言ってるお嬢ちゃんにはわかんねぇだろうな。大人の世の醜さってのがよ……」
そう言うと、男は部屋を出ていこうとする。
「すまないが、鍵をかけさせてもらうぜ。お嬢ちゃんは大事な人質だからな。
 安心しろ、命まで奪うつもりはねぇからな。今は………」
 男が出ていった後、少女は胸のペンダントに目をやった。
突然込み上げてきた不安感を紛らわそうとしたのだ。
「……どうなっちゃうのかな、私…」
少なくとも、命は奪わないという言葉は信用して良さそうだった。だが、このままでは姉を捜すことも出来ない。
「いい人そうなのに、どうしてこんなことするんだろうね、お姉…」
無意識のうちに、少女は胸に輝くシャムロックを強く握りしめていた。

「ユリナ! 犯人と人質の女の子の行方はわかったのか!?」
ティーテとアーニが、ガライとランフォとセツラを連れてユリナの元へ戻ってきた。
「…えっとね、この道をずぅっと行ってぇ、パン屋の角を右に曲がってぇ、その突き当たりの超ぼろっちぃ小屋。
 人質の女のコはまだ無事だけどぉ、超汚い部屋に閉じ込められちゃってて超かわいそ〜…
 …でもサ、アタシもうバテバテ。悪いけどティーテだちだけで行ってぇ……」
 本当に疲れているらしいユリナを置いて、ティーテたちは早速教えられた小屋へ向かって走り出した。

 犯人が出ていってから数分後。
人質の少女は軽く部屋を見回した後、壁際に積み上げられたガラクタを退け始めた。
「こんなに散らかってちゃ、窓がどこにあるのかもわかんないや………あっ!」
 手を滑らせ、積み上げられていたガラクタを床にぶち撒いてしまったのだ。
耳だけでなく目も一緒に塞いでしまいそうな音が、辺りに大きく轟いた。
「っちゃ〜、やっちゃったぁ…」
「誰かいるのかい?」
「!!」
 突然耳に届いた声に、少女は身をこわばらせた。
「…なんだいあの子は、部屋に鍵なんかかけて………」
そして部屋の扉が開き、がりがりに痩せ、青白い顔をした老婆がよろよろと入ってきた。
「お嬢ちゃん、どうしてここに?」
「え、あ、あのぉ……」
 仕方なく少女は、自分が置かれている状況を老婆に全て話した。
すると老婆は、とても悲しそうな顔をしながら、少女に自分は男の母親だと告げた。
「あの子が盗みなんかするのは、あたしのせいなのさ……あたしの病気を治すための寄付金を稼ごうとしてるんだ」
「病気? おばあちゃん病気なんですか?」
「そうさね…厄介な病気でね、治せるのは高位の司祭様だけらしいんだ。
 それだけに、教会に納める寄付金も天に届くかといったところさ。
 あたしたちが額に汗して働いて、一生のうちに稼ぐお金なんか、足元にも及ばないほどのね」
老婆は悔しそうに体を震わせた。
「神様ってのは、あたしたちのような貧乏人にはその恵みをお与えして下さらないもんなのか、
 それとも、こんだけ長生きすりゃあ充分だとおっしゃっているのか……」
「……だからって……」
「おっと、すまなかったねお嬢ちゃん。だからって、息子が許されるわけじゃないんだから…
 …あの子を止められなくてごめんよお嬢ちゃん」
しかし、少女の言葉は老婆の予想に反するものだった。
「だからって、いい人に泥棒させてまでお金を要求するの? そんなの、神様のやることじゃないよ!」
そして、少女は突然外に向かって駆け出した。
「お嬢ちゃん!?」
「私、教会に文句言ってくる! 絶対そんなの間違ってるって!!」
 矢のように小屋から飛び出し、どこにあるかもわからない教会へと走り出す少女。
だが。
「あっ!!!」
 びくっとその足が止まる。前から、件の男が歩いてきたのだ。
「どこから逃げ出しやがったんだ!」
「に、逃げたんじゃないもん! おばあちゃんが鍵開けてくれたんだもん!!」
「ちっ、おふくろのヤツ…!」
少し面倒そうに舌打ちし、男は再び少女を小屋へと連れ戻そうとする。
  ひゅん!!
「!?」
 突然男の背後から一本の矢が勢いよく飛んできて、男の足元に突き刺さった。
「もう逃げられないぞ、盗賊め!」
 弓を構えながら叫んだのは、さっきの追跡者の一人だった。
「くっ…こんなところで捕まってたまるか!!」
 男はナイフを取り出すと、再び少女の喉元に押し当てた。
「おじちゃん、やめて!」
「うるせぇ! ウルベ様を処刑し、銃剣のアンちゃんを追放したお前らに、
 俺たち貧乏人の気持ちが分かるものか!!」
ナイフの切っ先が、少女の白い喉に一筋の紅い線を引く。
「こんなことをしても、おばあちゃんは喜ばないよ!」
「………!!」
男に動揺が走る。
「おじちゃんだって、悪いことなんかしたくないでしょ! だから、こんなことやめてよ!
 おばあちゃんの病気だったら、私が司祭様に頼んで治してもらうからっ!!」
「…………………」
驚いたように少女の顔を覗き見る犯人。
 ……ひたむきな瞳だ。
「…………………へっ…お嬢ちゃんには負けたぜ…」
 力なく呟くと、男はナイフをそっと降ろした。
「わかった…降参だ。このお嬢ちゃんに感謝するんだな」

「お嬢ちゃん、大丈夫?」
 犯人を男性陣が連行していった後、ランフォが少女に訊ねた。
「私は大丈夫。それより、おばあちゃんの方を診て」
「おばあちゃん?」
そのとき、小屋の方から老婆がふらふらと歩いてきた。
「お嬢ちゃん…」
「おばあちゃん、大丈夫!?」
老婆に駆け寄り、その体を支える少女。とても心配そうな顔だ。
「あなたのおばあさんなの?」
「ううん、さっきのおじちゃんのおばあちゃん…おじちゃんね、おばあちゃんの病気を治すためにドロボーしてたの。
 ねぇ、司祭様に頼んでおばあちゃんの病気、治してもらえないかな?」
「司祭様に………おばあさん、一体何の病気なんですか?」
 老婆が自分の病気と、治療にかかる寄付金の額を説明する。
「……私たちには、とてもじゃないけど出せそうもないわね。誰かに出費を頼むしかないかしら」
「司祭様じゃなくてさ、魔術師を当たってみない? 物凄く治癒魔術に長けてる人がいるって聞いたことあるの」
「魔術師……でも、私はやっぱり司祭様の方が確実だと思う。何事も神が一番だもの」
「神……あ、そうだ、思い出した!!」
 突然少女が大声を上げる。
「どうしたの?」
「神様がさぁ、いい人に泥棒させてまでお金を欲しがると思う? 絶対間違ってるよね?」
「……確かに、言われてみればそうよね………」
少女の言葉に、ランフォはうなずいた。しかし…
「神の崇高なる御意志は、私たち人間には分からないわよ。でも、間違いなんか絶対にない。
 きっと寄付金だって、何か偉大なる目的があってのことなのよ」
「…セツラぁ、いっつもあんたはそうね。神じゃない正義じゃない英雄じゃないって……」
「セツラっ!?」
 少女がセツラの方を向く。
「…私がどうかしたの?」
「お姉ちゃん、ホントにセツラって言うの!?」
 不思議そうな顔をしながら、セツラはうなずいた。
「名字は!?」
「えっ…? アムガインだけど………………………………まさか、あなた」
 しかし、セツラの言葉は最後まで続かなかった。
少女がセツラに勢いよく抱きついたからだ。
「お姉!!! お姉なんだね!!!! やった、やっと見つけたよぉ〜〜〜っ!!!!!!!!」
「えぇぇ〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 少女とランフォの叫び声が、昼のアリテノンにこだました。

 その晩、アレリア城内傭兵宿舎はちょっとした喧騒に包まれた。
自称英雄見習いのセツラに、妹がいることが判明したのだ。
名前はシャロル。姉に似ず、とても素直な愛らしい少女だ。
「…じゃあ、ずっと私を捜して…」
 久しぶりの再会の感動の後、セツラは妹から彼女の旅の理由を聞かされた。
 彼女らの両親は8年前に離婚しており、姉のセツラは父に、妹のシャロルは母に引き取られたのだという。
そしてシャロルが成長し、生活がある程度楽になったため、母はセツラを父から引き取ろうとした。
しかし、離婚の原因だった父と暮らすことに耐えられなかったセツラは、3年前に家を出ていたのだ。
「ママがまた、ママとお姉と私とみんな一緒に暮らしたいって……ねぇお姉、一緒に戻ろう。
 私も、お姉と一緒に暮らしたいもん……お願い、お姉!」
妹の必死の訴えにうつむくセツラ。そして、彼女の出した結論は………
「…ごめんねシャロル。私はまだ戻れない。私には、どうしても叶えたい夢があるの………」
「……………そう…」
 シャロルは残念そうに呟くと、顔をハッと上げて、姉を見つめた。
「………じゃあ、夢を叶えたら戻ってくれる?」
「……………………………………えぇ!」
「―――――――――!!!!!!」
 シャロルの顔がぱあっと太陽のように輝いた。
「わかった! 私、それまで待ってるから! 絶対に戻ってきて!!」
「えぇ!! 約束よ、絶対に戻るから!!!!」
「お姉〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
 シャロルは再び姉に抱きついた。そしてセツラも、嬉しそうに妹を力一杯抱きしめている。
しかし、その表情に暗い翳のようなものが一瞬走ったことに、気付いた者はいただろうか。

「おばあちゃん、元気になってよかったね!」
 お縄となった窃盗犯の家で、少女は窃盗犯の母親に明るい笑顔を見せていた。
無償でケガや病気の治療を行っている白魔術師の手によって、老婆の病気は見事完治したのだ。
「ああ。お嬢ちゃんのような優しい人はたくさんいるもんだねぇ。
 あのエリルとかいう人もまだ若いのに立派なもんだ。あたしも負けてられないね」
「おばあちゃん病み上がりなんだから、無茶はしないでよね」
「ハハハ、お嬢ちゃんにはかなわないね」
老婆としばらく笑い合った後、少女はよっこいしょと腰を上げた。
「行くのかい?」
「うん。お姉に会うことも出来たし、ママも心配してると思うから……」
「そうか。またいつでも遊びにおいで」
「うん!! おじちゃんによろしくね!!!」
 そして少女は、青空の元へと走り出した。
それに決して負けることのない笑顔と、幸せを呼ぶと言われるシャムロックのペンダントを輝かせながら。

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