「Bの悲劇」

 

 最近、師匠がヘンだ。
 毎晩どこかへ出かけていって、朝方まで戻ってこない。
 しかも、帰ってくるたびに真っ黒で、体からはとてつもない悪臭を漂わせている。
 ………これは、何かあるに違いない!
「バド、何マジな顔して考え込んでんの? アンタらしくないわよ」
「コロナ、聞いてくれ!」
 俺はコロナに向き直ると、早口で一気にたてしまくった。
「俺は、今夜件の計画を実行する! くれぐれも邪魔すんなよ!」
「件のって………何、計画って」
「コロナにはカンケーない! とにかく、明日俺がどんな姿になって戻ってきても驚くなよ!」
 それだけを言うと、俺は一目散に屋根裏部屋へ走り去った。
 今俺が双子の姉に漏らしてしまった「件の計画」とは言うまでもなく、
毎晩どこかへ出かけていく師匠の後をつけ、師匠が何をしているのかを暴く計画(詳細未定)のことだ。
コロナに宣言してしまったからには、今夜実行しないワケにはいかない!

 その日は月も星も見えない闇夜だった。
しかし、そんなことお構いなしと言った様子で、師匠はいつものようにこっそりとどこかへ出かけていった。
でも、今日はいつもとは違う。何故なら、このバド様が師匠の後を尾行しているからだ!
 がさがさっ
「!!!」
 不意に背後の茂みが揺れた。緊張していたせいか、かなりびくっときた。
恐る恐る背後を振り返ってみる………
「夜の散歩って、いいよね」
「……なんだ、草人か。驚かすなよ………………あぁぁ!!」
 しまった。草人なんかに気を取られていた隙に、師匠を見失っちまった!
「師匠さんを捜してるの?」
「…ま、まぁな…」
「ボク、いつも師匠さんがどこに行ってるのか知ってるよ」
「ホントか!?」
「ウン、多分知ってると思うよ」
「『多分知ってると思う』じゃねぇ! 知ってんなら教えろ!!」
 俺は草人の首根っこ(?)を引っ掴んで、がくがくがくがくシェイクした。
「や、や、やめて……辺りが、グルグル回って…………」
「おい、話せ! 師匠は毎晩どこに行ってるんだ!」
「……」
「お、おい!」
 しかし、草人は完全にノビてしまっていて、俺の質問に答えるどころではなかった…。

 師匠の行方に関する唯一の手掛かりを失ってしまった俺は、あてもなく敷地内を彷徨い歩くことにした。
もちろん、賢い俺様は彷徨している間に師匠の行動に関する推測をまとめ上げるのを忘れなかった。
(夜にしか行動しないということは、夜にしか出来ない行為をしているということだ。
 あるいは、昼間行うには目立ちすぎたり、都合の悪い行為だってことも考えられる。
 さらに、朝方戻ってくるときの、あの真っ黒な姿と強烈な臭い……これから考えられるのは、一つしかない!)
俺は結論を導き出した。
(師匠は、ボットン便所の汲み取りをしてるんだ!)
もちろん、何のためにわざわざ家の外に出るのかなんてことは考えなかったが
師匠の行為が判明した(?)以上、こんなところをうろついているヒマなどない。
俺は家のトイレへダッシュした。
「師匠!」
 がちゃっ!
「きゃーーーーーーーーー!!!!!」
 どっかーん!!!!!!
「うわーーーーー!!!!!」
 夜中トイレに起き出していたコロナによって、俺は裏庭まで吹っ飛ばされてしまった。
「…バ、バド! トイレに入るときはノックしなきゃダメじゃない!」
「……コロナこそ、入ってんならドアにカギくらいかけろ………………ぐふっ」
 志半ばにして、俺の意識は闇の中へ沈んでいった……。

「……ドさん、バドさん」
「…………ん…?」
 気がつくと、草人が俺の顔を覗き込んでいた。
「だいじょーぶ?」
「…そうか、俺…コロナのバカに吹っ飛ばされて…………そうだ、師匠は!?」
すでに東の空が白み始めている。夜が明けてしまったら、俺の計画は大失敗だ!
「あそこにいると思うよ」
「は!?」
 草人が指差した先は、もう長いこと使われていないと見られる廃屋だった。
…いや、俺とコロナがここに来たときには間違いなく廃屋だったのだが、
いつの間に改装されたのか、中には明かりが灯り、なにやら物音が聞こえてくる。
「早く行かないと師匠さん帰っちゃうよ。あとちょっとだって言ってたから」
「そうか、サンキュな草人!」
マナの女神様は俺を見放していなかった。もう少しで計画が達成される!

 元廃屋の中へ飛び込んだ俺を出迎えたのは、三つの上り階段だった。
どれも二階の別々の部屋へと通じているらしく、さらに悪いことに三つの部屋全てから怪しげな物音が漏れている。
 どれだ? どの部屋に師匠はいるんだ!?
「えぇい、カンだ!」
 俺は向かって正面にある階段を駆け上がった。
「師匠!」
 すこーん!!!!!
ドアを開けるなり俺を出迎えてくれたのは、「制御不能」と書かれた紙の貼られたゴーレムのロケットパンチだった。
階段を転げ落ちながら部屋を覗き見たが、中に師匠の姿はなかった。

「痛ててててて…師匠のヤロー、制御出来ねぇゴーレムなんて作るんじゃねぇよ…」
 悪態をつきながらも立ち上がった俺は、次に右の階段を上がることにした。
「師匠!」
 右の部屋には、笛やら竪琴やら、膨大な数の楽器が押し込められていた。
どうやら精霊の力を封じてある魔楽器らしく、楽器に宿らされた精霊が互いに愚痴をこぼし合っている。
その愚痴の内容のあまりのひどさに、俺はイヤな予感を感じたのだが……
「そうだ、あの人間を虐めて憂さ晴らししよう!」
「げげっ!!!」
「喰らえー!!!」
ちゅどーーーーーーーん!!!!!!!!!!
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
 何百、何千という数の魔法を同時に喰らい、俺は一階まで吹っ飛ばされた。
もちろん、その部屋に師匠はいなかった。

「…こ、この部屋が最後だ………」
 全身ボロボロになりながらも、俺はとうとう師匠を追い詰めることが出来た。
「見てろよ師匠…この痛み、一千億倍にして返してやるからな……」
 手に握った母の形見のフライパン(ロリマー聖鉄製)を構え、俺は最後の部屋へ突入した!
「喰らいやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「!?」
師匠が俺を驚いた顔で見上げた。だが遅い! 俺のフライパンの一撃をかわすことは…
 きぃんっ
「な…何だってっ!?」
何と、俺の渾身の一撃は、師匠の手に握られたダガー一本によってあっけなく防がれてしまったのだ。
「バド、それお袋さんの形見なんだろ? もうちょっち大切に扱いなよ。傷ついちまったぜ」
「え……でぇぇぇ!!」
しかもそれだけに留まらず、ロリマー聖鉄製フライパンに大きな傷まで…
…そのダガー、一体何で出来てんだ!?
「し…師匠…」
「ん? あぁ、このダガーかい? ついさっきやっと完成したんだ」
 師匠は楽しそうに笑いながら、俺の一撃を防いだダガーを指先でもてあそんだ。
「ドラゴンの鱗をベースにして、精霊のコインやマナクリスタル、水銀や硫黄を少しずつ混ぜながら鍛え、
 仕上げに魔物の爪と羽根、それに果実で磨き上げたんだ。ここまで鍛えるのには苦労したよ全く。
 何せ副原料をくべるときにいきなり燃え上がったり、中には古くて腐りかけてんのもあったりしてさ」
なるほど。師匠の体が真っ黒なのも、おぞましい臭いを発しているのも、
全ては武器を鍛えたときに使用した副原料が原因だったのか……。
「でもさ、まだ試し斬りしてないんだよなぁコレ…………」
  !?
 師匠はにっこりとさわやかな笑顔で俺を見つめた。
「バド、実験台になってくれないかな?」
「いっ………………イヤだあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「そう遠慮すんなって。いくぜ!」
 ズンバラリン☆
「うぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………………………………………………」

 こうして、俺の人生…ではなく計画は朝日と血飛沫と共に幕を降ろしたのだった………。

FIN.

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