辺りに光が満ちている。淡い碧…地球(ほし)の命の……彼女の瞳の色。
ライフストリームがメテオを優しく包み込み、ホーリーがそれを砕き、大地に還した。
「エアリス…」
クラウドの口から、地球の少女の名がこぼれた。
メテオが砕け散った時、その力がホーリーの欠片と共に周囲に拡散した。
満ち溢れる光の中、クラウドの体が突然碧色の流れ…ライフストリームに包まれたのは、その刹那だった。
「えっ…」
クラウドの体が、少しずつライフストリームに染まってゆく。
「クラウドっ!!」
彼の傍らにいたティファが、反射的に彼の体を掴もうとする。
しかし、その伸ばされた手はクラウドの体を突き抜け、流れの反対側に出てしまった。
もはや、クラウドはライフストリームの一部と化していたのだ。
「そんなっ…クラウドっ!!」
ティファの悲痛な叫びが響くと同時に、ライフストリームごとクラウドは消滅してしまった。
「…クラウド……」
ティファが自分の腕を見つめながら呟いた。
彼女の腕には碧色の輝きがかすかに残っていたが、それもすぐに消えてしまった。
クラウドは、自分の体を包み込んだ光の中で、一人の女性の声を聞いていた。
“…クラウド…”
それはおぼろげに響き、すぐ消えた。
「エアリス!!」
クラウドが叫んだ。しかし、声は出なかった。
自分の体が彼女の…ライフストリームの一部となっていることに気付きながら、
クラウドはもう一度その声を聞こうと、自分の希薄な意識を必死で保っていた。
“…来て…こっちに……”
再び声が聞こえた。
“…私たちを…救けて………”
「エアリス…っ!!」
クラウドの意識が反応した。しかし、
彼の意思はライフストリームの大きな流れに呑み込まれ、どこへともなくかき消されてしまった。
「まさか、これが“変形”するって事は無いよな?」
「試してみれば分かるよ」
中世風の町の一角で、そんな会話が交わされていた。大きく、散らかった部屋の中に三人の男性。
二人はまだ20歳前後くらいの青年で、残り一人は40代くらいの中年の男性だ。
部屋の中央には天球儀らしき謎の物体がゆっくりとまわっていた。
下の台には一つの小さい穴とaというマークがついている。
鎧を着た青年が、穴にピンク色の石をはめこんだ。
蟹のハサミのような形をした石で、中央にはやはりaのマークがついていた。
ばちばちばちっ
「来た、来たー」
石をはめこんだとたん、天球儀に電流が流れ、天井に向かって一筋の光を放ったのだ。
光は屋根を突き抜け、一つの光球となって降りてきた。
その中から、不思議な服を着た青年が一人現れる。
クラウドだった。
「…ここは…? 俺は、一体……」
クラウドは自分の体があることを確かめるようにゆっくりと立ちあがり、辺りを見まわした。
…頭がすっきりしない。記憶さえもあやふやで信じられない。
「昔読んだ文献にあったな…これが“転送機”だろう」「転送機?」
クラウドを召喚してしまったらしい青年たちが、何やら話し合っていた。
三つの視線がクラウドに集中する。
しかし、クラウドは自分の記憶をはっきりと取り戻す事に必死になっていた。
自分は誰なのか。何故ここにいるのか。何かやらなければならない事があった気がする。
「…俺は……」
突然霧の中から一つの状景が浮かび上がった。星空の下、幼き自分が一人の少女と何やら話し合っていた。
「…俺の名はクラウド…。そう…クラウドだ」
ようやく自分の名前を取り戻す事が出来た。それに伴って、様々な事が霧の中から次々と現れる。
自分が何者なのか。どこに住んで、どう暮らしていたのか。
…しかし、まだ完璧ではない。
「僕はラムザ」
鎧を着た青年が自分の名を名乗った。どうやらさっきのクラウドの呟きを
自分たちへの言葉と受けとめてしまったらしい。
「…」
クラウドはラムザと名乗った青年を見た。
まるで博物館の廊下にでも立ち並んでいそうな鎧を纏っている。
ふと自分が今何を着ているのかが気になり、自分の体を見てみた。
着古されすっかり色あせた、ソルジャーの制服。
(そうだ…俺は)
「こっちは、仲間の…」
「あんたらの名前になんか興味無いね」
反射的にラムザの言葉を遮っていた。
「俺が興味を持つのは戦い…そう、俺はソルジャーなんだ」
口から出たのは偽りの記憶。
しかし、いまだに霧の晴れないクラウドの記憶は、それを忘れたままだった。
「何だよ、いけ好かないヤツだな」
ラムザの横にいた作業服の青年がそう吐き捨てる。
(なんとでも言え)
そう思ったときだった。
「!?」
鋭い痛みが、クラウドの意識を貫いた。
目の前が闇に閉ざされたと思った次の瞬間、一つの光景が鮮やかによみがえった。
祈りを捧げる少女。それを貫く冷たい刃。黒い外套に流れる銀色の髪。
そして、花びらが散るかように崩れ落ちる美しい笑顔……
(エアリスっ!!)
誰かの叫び声が聞こえた気がした。
「…指先がチリチリする…口の中はカラカラだ…目の奥が熱いんだ……
やめろ……やめてくれ……………………フィロス……」
彼女が何度も崩れてゆく。
祈り、笑い、崩れる。
何度も、何度も……
……何かを訴えるように。
(……そうだ)
思い出した。
自分が何故ここに来たのか。何をすべきなのか。
「あの場所へ…あの場所へ行かなければ……」
呟くなり、クラウドは部屋を飛び出していた。
「一体なんだったんだ、アイツ…」
作業服の青年があきれたように呟いた。
ラムザはしばらくクラウドが走り出ていった方を見つめていたが、やがて二人を振り返った。
「彼を追ってみよう」
“…こっちに来て、クラウド……”
少女の声が脳裏に響きつづけ、途切れる事は無かった。
クラウドはその声に導かれるままに異世界を彷徨っていた。
どうやらこの世界は今大規模な戦乱の真っ只中にあるらしく、
どこもかしこも古めかしい服装の兵士で溢れ返っている。
そのせいか、街を歩くとよく兵隊に絡まれ、争いになる事も珍しくなかった。
…どう考えても、ソルジャーの服と背の大剣のせいなのは明白だ。
(しかたないか…)
途中迷い込んだ活火山に大剣を隠した。これで少しは警戒される事も少なくなるだろう。
自分は一刻も早く彼女の元へ行かなければならないのだから…。
“…こっち…こっちよクラウド……”
歩くにつれ、声もだんだん大きくなる。彼女に近づいている証拠なのだろう。
そして。
“…ここ”
突然声がぷつりと途切れた。
「…?…」
クラウドは自分の立っている場所を見まわした。
街だった。少し寂びれた…昔は栄えていただろう…大きな街。人通りは少ない。
(この世界は戦乱の真っ只中のようだからな)
そんな事を考え、歩みを速める。
「ねぇ」
不意に声がかけられた。
懐かしい声。ずっと自分を導いてきた声。
クラウドは声のした方を振り返った。…そこには、一人の少女が立っていた。
左手から色とりどりの花の詰まったかごを下げた、自身も花に負けない光を放っている、碧の瞳の少女。
「お花買わない? たったの一ギルよ」
にこりと微笑んだ。同じだった。この笑顔…はじめて逢ったときと…地球に還ったときと。
「…エアリス…」
無意識のうちに呟いていた。
「どうかしたの? …私、誰かに似てるの?」
彼女の疑問符に、クラウドは正気に戻った。
(エアリスが、こんなところにいるわけない…生きているはずなんて)
クラウドはかぶりを振り、
「いや…なんでもない」
とそそくさと少女のそばから離れてしまった。
(だって、エアリスは…)
彼女は『あの場所』にいるはずなのだ。ここが『あの場所』だとは、とても思えない。
…それでも、クラウドは花売りの事が気になってたまらなかった。
(…もう一度だけ…)
そっと後ろを振りかえったクラウドの魔晄の瞳に、
ヤクザ風の男たちに絡まれている花売りの少女の姿が映った。
「その手を離せ!」
思わず叫ぶや否や、クラウドは少女の傍へと走り戻っていた。
「何だと?」
ゴロツキどもの視線がクラウドに集まる。
多少の武装はしているが、所詮ただの人間。武器が無くても充分追い払えるだろう。
「聞こえなかったのか。その汚い手を離せと言ったんだ」
「何だテメエは、ヘンな格好をしやがって!!」
そう怒鳴り、殴りかかってきた男を思い切り殴り飛ばした。ゴロツキどもが一瞬ひるむ。
「今のうちだ…さっさと逃げるんだ」
花売りは呆然としていたが、クラウドの声にせかされるように建物の陰へと走り去っていった。
(…やっぱり)
後ろ姿も、彼女そのままだった。
そんなことはありえないとわかっているのに。
「なめたマネしやがって!!」
どうやら男どもを怒らせてしまったらしい。しかし、負ける気はしなかった。
「俺とやるのか…?」
そう挑発するように言い放ち、構えようとした時だった。
キィィン……
「!?」
突然の頭痛がクラウドを襲う。
再び闇の中に、あの光景が浮かび上がった。
「うっ…うぅ……」
たまらず地面にしゃがみ込む。
「何だ、コイツは」
ゴロツキどもの声も、クラウドの耳には入らなかった。
いつにもなく激しい頭痛。走馬灯のように浮かんでは消える彼女の笑顔。
……意識が朦朧としてきた。
(…これまでか……)
そう覚悟した瞬間、
「クラウド!」
……自分の名だった。
「くそっ、やっちまえ!!」
男どもが自分から離れ、声のした方へと殺到していく。
(…誰だ……?)
気力を振り絞り、声の主を見た。
ゴロツキどもと剣を合わせていたのは、自分をこの世界に喚び出した、鎧姿の青年だった。
確か、名前はラムザ。
「…どうして、俺を……」
「君を放っておくわけにはいかない!!」
ラムザの剣がゴロツキの一人を切り裂いた。
迸る血しぶきを見た瞬間、再びあの光景が目前に広がる。
“…お前は…人形だ…”
アイツの宣告が、意識全体に響き渡る。
「やめろ…! 俺は、クラウドだ!! 人形じゃないっ!!!」
たまらず叫んだ刹那、クラウドの意識は深い闇へと落ちていった。
“クラウド…”
闇の中、彼女の声が聞こえる。
「エアリス…?」
“来てくれて、ありがと”
声はそう語りかけてくる。
「エアリス…どこに、どこにいるんだ? さっきの花売りは、ホントにアンタなのか!?」
クラウドは意識の中叫んだ。
“お願いがあるの…彼を、助けてあげて”
「彼…?」
そう呟いた瞬間、周りの闇が晴れた。
「…?」
クラウドは体を起こし、周りを見まわした。…どうやらテントの中らしい。
「クラウド、気が付いた?」
傍らにラムザが座っていた。ずっと自分を診てくれていたのだろうか。
「……」
「つらいようなら、まだ休んでなよ」
「…失くしてしまったんだ…大切な…とても大切なものを」
突然の言葉に一番驚いたのは、他ならぬクラウド自身だった。
「クラウド…?」
「あの時から、俺は俺でなくなった。今の俺は…一体何なんだ…?」
心の内からあふれ出てくる感情を言葉にしながら、クラウドは彼女の言葉の意味を考えていた。
“―彼を、助けてあげて―”
彼とは一体誰の事なのだろうか。
「クラウド…君の世界に、君を待っている人がいるんだね……」
ラムザが話しかけてきた。
「他の聖石を使えば、君を元いた世界に戻す事が出来るかもしれない」
「……」クラウドはかぶりを振った。戻りたいのはやまやまだった。
向こうはまだ混乱している。仲間も心配しているだろう。
しかし、自分にはやらねばならない事がある。
彼を助けてあげて。彼女は自分にそう言ったのだ。
(彼…?)
クラウドはふとラムザの顔を見つめた。
(…そうか……)
クラウドはやっと全てを理解した。
「…行こう、ラムザ。ここにはいられない」
地球の…彼女の願い。それは、この世界を平和にする事。彼女が幸せに暮らせるようにする事。
彼は…ラムザは、それをなす事の出来る唯一の人物なのだろう。
自分がここに喚ばれたのは、ラムザを助け、この世界を平和にするため。
そして、それを成し遂げた時、彼女は本来いるべきところへ帰る事が出来る。自分と一緒に…
「行かなければ…ここではない場所、約束の地へ」
FIN.