「月虹ーGEKKOHー」


  説明

 この小説は、主人公・聖剣の勇者:シャルロット(ビショップ)
             二人目:ケヴィン(デスハンド)
             三人目:リース(フェンリルナイト)という設定です。
 なお、登場人物の性格は作者のイメージ(妄想)に従って描かれているため、
 実際のゲーム中の人物の性格と一致しない場合があります(というか全く一致しない^^;)。 

 聖なる光が、古城の一室を満たしていた。
窓から城外へとこぼれ出すその輝きは、まるでこの世の闇全てを消し去ろうとしているかのようだ。
そして、まさしく今、闇は古城から完全に消滅しようとしていたのだ。
 …一つの別れの言葉と共に。

「ヒースっ!!!!!!」
聖都ウェンデルの僧衣に包まれた少女が、光の中心へと走り出そうとした。
しかし、少女の後ろにいた女戦士が、即座に少女の腕を強く掴んでそれを制した。
「だめよシャルロット! 行ったらあなたも魔法の犠牲になってしまいます!!」
「はなすでち! ヒースをたすけるんでちっ!!」
「何を言っているの! あなたはもう充分ヒースさんを助けたわ、これでいいのよ!!
 『死』をもってしか彼は本当に救われない、あなたにはそれがわかっているハズよ!!!」
女戦士の力強く、微かに哀しみの混じった制止に負けてしまったらしく、
少女は糸の切れた操り人形のように床へと倒れこんでしまった。
ホーリーボールの爆発が、彼女の力無い影を床に落としている。
「ヒースっ…」
  ぽたっ、ぽたっ……
青空の下の泉のような少女の蒼い瞳から、大粒の雨が降る。
その水たまりの上に黒く落ちた少女の影は、雨が激しくなるにつれて少しずつ薄くなっていった。
…闇が、消滅する。
(シャルロット…さよなら)
闇が光と共に消えた瞬間、少女の耳にどこからともなく声が届いた。
「ヒースーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
少女が叫んだ。とても鋭く冷たいナイフで胸を深く引き裂かれたような、悲痛な声だった。

 ホーリーボールがヒースを呑み込んで消滅した後も、シャルロットはただただ泣いていた。
「ヒース…っく…ひっ……うう…」
涙は瞳から止めど無く溢れ出し、シャルロットの顔にいくつもの流れを作って、床へ落ちている。
水たまりが大きくなっていくのを、リースもケヴィンも止める事は出来ないのか。
「シャルロット……」
リースが堪りかね、シャルロットの傍らにしゃがみ込み、そっと彼女の涙を拭おうとする。
 が、
  ぱしんっ
「!?」
「うっ…うわああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「シャルロットっ!!」
涙をぼたぼたとこぼしながら、シャルロットは部屋の外へと走り出て行ってしまった。
「…シャルロット……」
シャルロットに払いのけられた自分の手を見つめながら、リースは悲しそうに呟いた。
「……私は何も出来ないのですね。わかったわシャルロット…好きなだけお泣きなさい」
リースはゆっくりと立ちあがったあと、ふとある事に気付いて部屋を見回した。
「ケヴィンさん…?」
シャルロットが走り出した事にケヴィンが素早く反応し、
すかさず彼女の後を追っていったことに、リースはようやく気が付いたのだった。

 大きな月が、ミラージュパレスを幻想的に照らし出している。
その古城の中庭で、シャルロットは一人泣いていた。
「ヒース…ヒース……」
顔を両手で覆い、ひっくひっくと声を上げながらゆっくりと不安定な足取りで歩くシャルロット。
その姿は、まるで知らない土地で親とはぐれた子供か、宝物をどこかで無くしてしまった子供だ。
いや、今のシャルロットはまさしくそうなのかもしれない。
 ヒースという親と宝物を失った少女。
「……あたち…どうすればいいんでちか……」
よろよろと幻惑のジャングルの方へと歩いて行くシャルロット。
その前に、いくつもの異形の影が立ちふさがった。
「!!」
仮面の道士が召喚したものか、もともとこの城に棲みついていたものかは分からないが、
既に朽ちている筈の肉体に邪悪な魂を宿したアンデッドモンスターは、
明らかにシャルロットに対し殺気を抱いている。
「あ…あっ……」
思わず後ずさるシャルロット。なんとか破邪の呪文を唱えようとするが、声が震えて上手く唱えられない。
ニ匹のプチドラゾンビが、同時にシャルロットに襲いかかった。
「ぃやっ!! ヒースっ!!!」
絶望に満ちた叫びがミラージュパレスの中庭に響いた。
…いや、それよりも前に、それよりも大きな声が悲鳴をかき消していた。
 野生の狼の遠吠え。
「…?」
自分が無事である事に気付いたシャルロットがおそるおそる前を見上げると、
そこには一匹の獣人が、シャルロットをかばうように立ちふさがっていたのだ。
夜の獣人の区別は人間にはつきにくいものだが、シャルロットにはそれが誰だかすぐにわかった。
「ケヴィンしゃん!?」
ケヴィンはプチドラゾンビの猛攻をひたすら凌いでいた。
明らかに、防御に徹している。
「シャルロット、今のうちに!!」
「う、うん、わかったでち!!」
小さくうなづくと、シャルロットは今度ははっきりとした声で、ターンアンデッドを詠唱し始めた。
「…」
どうやらケヴィンは「今のうちに逃げろ」と言ったつもりだったらしかった。
「まよえるふじょうのたましいよ、ただしきすみかへかえりたまえ!!」
シャルロットの呪文が完成すると、辺りに聖なる光が満ち、
二匹のプチドラゾンビをあっさりと光の彼方へと消し去ってしまったのだ。
「…シャルロット、大丈夫だった?」
変身を解いたケヴィンが、シャルロットの方を振り向いた。
「ケヴィンしゃん……ご、ごめんでち……」
しゅんと下を向くシャルロットに、ケヴィンは笑いかけた。
「いいってシャルロット。こっちこそ助かったよ」
しかし、シャルロットはうつむいたままだ。
「……あたち…どうすればいいんでちか……」
澄みきった小川のような声が、今は絶望の底に沈んでいる。
「シャルロット…?」
「……ごめん、あたちをひとりにして」
小さく言うなり、シャルロットは再び走り出した。
「シャルロットっ!!!」
ジャングルの闇へと消えていく少女の足音に、ケヴィンの叫び声が儚く重なった。

  たったったった………
 闇の静寂の中、大地を蹴る規則正しい音だけが響き渡る。
それ以外に聞こえるものといったら、闇を走る少女の荒々しい呼吸。
「はぁ…はぁ……」
ジャングル内の金の女神像まで走りきると、シャルロットはふぅっと大きく息をついた。
ここなら魔物も来ないし、しばらく仲間にも見つかる事はないだろう。
「…ヒース……」
空を見上げたシャルロットの蒼い瞳に、ほのかな黄金色の月が映る。
明るく、美しく、どこか悲しげな光が、女神像と少女をふわりと包んでいる。
「……ヒース………」
シャルロットの瞳の月が涙に歪んだ。
「…どうして…どうして、こんなことに……」
涙が女神像の足元に降り注いだ。
「あたち…ひとりぼっちでち……」
そのかわいらしい顔までも、涙の雨に濡れてくしゃくしゃになっていく。
少しずつ激しくなっていくその雨は、いつまでも降り続くかと思われた。
いや、少なくともシャルロットは雨を止ませるつもりはなかったし、
傍らの女神も、天の月も、それを止めようとはしていなかった。
 しかし…
それを、彼は許さなかった。
「シャルロット!」
静寂を破る呼びかけに、シャルロットははっと顔を上げた。
ジャングルの闇から一人の少年が月光の海に走りこんできたのを、その瞳ははっきりと映している。
「ケヴィンしゃん…」
虚ろな呟きがその口から漏れた。
「危ないよ、こんなところ一人で来ちゃ…」
月明かりの中、ケヴィンの体は汗に濡れていた。必死にシャルロットを捜しまわったのだろう。
しかし、シャルロットはそのことに気付いていたのか。
「どうして…どうしてここまでシャルロットにかまうんでちか!?」
悲愴な叫び声に、ケヴィンの汗まみれの体がビクっと震えた。
「さっきもそうでち…いまだって……どうしてあたちをひとりにしてくれないのっ!?」
「シャルロット…?」
そんなシャルロットの様子に、ケヴィンは明らかに戸惑っている。
「だって…ほっとけないよ!」
「ほっといてよ! シャルロットだってもうがきんちょじゃないんでちから!!」
「どうして、そんなこと言うの!?」
「…」
ケヴィンの問いかけに、シャルロットが静かになる。
「…教えてよ。オイラに出来る事あったら、力になるから…」
「………………あたち、ひとりぼっちになっちゃった」
少しの沈黙の後、シャルロットが口を開いた。
「……ヒースも…ぱぱとままみたいにしんじゃった…」
「シャルロット…」
ケヴィンがそっとシャルロットの顔を覗きこむ。
…とても普段の彼女からは想像できない、悲しげな表情だ。
「ヒースがしんじゃったから、おじいちゃんのびょうきをなおせるひともいなくなっちゃった…
 これでおじいちゃんがしんだら、あたち…っく…ひとりぼっちに…なっちゃうよ……」
しゃくりあげながらも言葉を必死に紡ぐシャルロット。
やはりそれは、今までの…ヒースが死ぬまでの…彼女からは想像できない姿だった。
「ひとりぼっち…?」
「…あんたしゃんはいいでちね…こわいけどりっぱなぱぱがいて…カールだっていきてたんだし…
 ……それにくらべて、シャルロットには……もう、だれも…いなくなっちゃった……」
かすれ声で一気に言い放った後、緊張の糸が切れたのか、
シャルロットはがっくりと大地に膝をつき、大声で泣き始めてしまった。
「……」
そんなシャルロットの様子を、ケヴィンはしばらく無言で見つめていた。
そして、何を思ったのか、突然傍らの女神像を勢いよく蹴り飛ばしたのだ。
「!?!?!?」
ケヴィンのあまりにも冒涜的な行為に、シャルロットは思わず泣くのも忘れてしまったようだ。
「な、なんてことするんでちかケヴィンしゃん!! そんなことしちゃ、めがみさまが!!!」
「女神様がどうしたんだ!」
答えるケヴィンの声はどこか挑戦的でもあった。
「めがみさまがおこって、てんばつくらっちゃうでち!!」
「誰が喰らうって言うんだ!!」
「あんたしゃんにきまってんでちょう!!!」
「どうしてオイラが天罰喰らうといけないんだ!!」
「だって…てんばつでちよ!? ただじゃすまないでち!!!」
「じゃあ、どうしてひとりぼっちのシャルロットがオイラなんか心配するんだ!?」
「っ!?」
その一言にシャルロットの攻撃が止まる。
「…どういうことでちか?」
「シャルロットには、誰も大切な人なんかいないんだろ?
 だったら、オイラが天罰喰らったって、関係無い筈だ!!」
「……!」
ようやくケヴィンが何を言いたかったのかが分かったらしい。
「それとも…生まれてからずっと一緒の人じゃないと、ダメなのか?」
やっと自分の気持ちが伝わったのに気付き、ケヴィンは口調を和らげて訊いた。
「そんなことないでち!! ケヴィンしゃんもリースしゃんも、
 ヒースとおなじくらい、シャルロットのたいせつなひとでち!!!」
「よかった…オイラにとっても、シャルロットとリースは、カールと同じくらい大切なトモダチだ!」
ケヴィンが微笑んだ。その笑顔は、その言葉が心からのものであることを示していた。
「ケヴィンしゃん…あたち、ひとりぼっちじゃないんでちね?」
「もちろん!!」
「――――――――!!!!」
今までシャルロットを覆っていた雨雲は、その一言でどこかへと飛んでいってしまった。
雲の去った後に広がる青空は、とてもさわやかで心地よかった。

「月が綺麗ね…」
ミラージュパレスの一室から、外を眺めている少女がいる。
ローラント国王女リースであった。
「あぁ…あの人はまだ道具屋の地下で病人の看護をしているのかしら…
 こんな大きくて綺麗な月も見ることなく………あんな女、とっとと捨ててしまえばイイのに」
危ない口調で小さく呟くと、リースは部屋の入り口へ目をやった。
「お姫様のお戻りのようね」
  ばたんっ!!
扉が勢いよく開け放たれ、シャルロットとケヴィンがほぼ同時に部屋に飛び込んできた。
「ごめんでちリースしゃん!!」
「ごめんリース!!」
「いいのですよ、謝らなくても」
そろって頭を下げる二人に、リースはさわやかに笑いかける。
「さぁ、マナの聖域へ行きましょう。仮面の道士を倒し、マナの女神様をお助けするのよ」
「わかったでち!!」「うん!!」
元気な返事が二つ、同時に部屋に響いた。
「ふふっ、それでこそあなたたちね」

 月光に包まれた密林から、一匹の巨大な鳥のようなものが勇ましく羽ばたいた。
行き先はたった一つ、マナの聖域のみ。
「あ…」
フラミーから地上を見下ろしていたシャルロットが小さく呟いた。
目下に煌いているのは、故郷ウェンデル。
(おじいちゃん、まってて。ぜったいにもどるでち。
 ヒースはもういないけど、さみしくなんかない。だって、シャルロットはひとりじゃないから)
病の床についている祖父に心の中でそう告げると、シャルロットはフラミーのスピードを上げた。
目の前に広がるのは、大きな月によって彩られた、聖域への扉だった。

                                FIN.

  

  後書き

 う〜ん、最初に考えていたのとかなり違ってしまいました。
っていうかこの小説で語られてる事って、EDで全く意味無くなる…^^;
リースあまり出てこないし、最後の方のセリフを見た妹に「リース悪役?」などと言われるし…
…リースファンの方、本当にごめんなさい。

 余談ですが、タイトルの『月虹ーGEKKOH−』っていうのは、T.M.R−eの曲の名前です。
この小説に雰囲気がぴったりかなって思ったので使わせてもらいました。執筆中に聴いてたし。

ホームに戻る 小説コーナーに戻る