「絶望を選んだアナタへ」
ヒトに未練がなかったわけじゃない。
勇や千晶に振り回されながら過ごす日常が、とても輝いて見えることに変わりは無くて。
けれど……やはり、僕には許せなかった。
「本当に、逝くの?」
「ああ」
紅き迷宮の奥底に通じるリフトの前、僕と妖精はささやかな別れを惜しむ。
「大丈夫。何になろうと僕は僕。ただ、空っぽでなくなるだけ。
ピクシーがどんなに強くなっても、ずっと僕のそばにいてくれたのと同じだよ」
この脈打つ魔界で、女王はかつて僕と出逢った頃と同じ、小さな愛らしい妖精の姿を取り戻した。
秘めた力ははじめの頃はおろか、女王だった頃と比べても敵わないほど強大になって。
「正直、君の例がなければ、僕はまだ躊躇ってたと思う。
でも、もう僕は逃げない。立ち向かうよ。自分にも、運命にも」
だから、また僕と逢ったら、変わらない君で出迎えて欲しい。
僕は彼女のほほに軽く口付けて、笑顔を作る。
「じゃあ、またね」
そのまま振り返らずに、リフトに乗る。
ゆっくりとリフトは奈落へと沈んでいく。
「アタシのこと、絶対に忘れないで!
目が醒めたら絶対に最初に呼んでよね!
破ったら……絶対に、承知しないんだから!!」
遥か遠くから、愛しい彼女の声が響いた。
――行け……カグツチのところへ。
闇の奥から響く、深い声で目が覚めた。
――見せよ……はじまりを……。
蛍光灯の仄暗い光の下、僕はゆっくりとベッドから身体を起こした。
自分の存在を確かめるように、床に足を下ろし、辺りを見渡す。
その部屋には憶えがあった。確か、僕が「僕」として生まれた病室。
そうか、ここはシンジュク衛生病院。全てのはじまりの場所であり、そして。
「君とはじめて出逢った場所だよね。ピクシー」
ぱっちりとしたルビーの瞳に見つめられながら、僕は目の前の愛しい妖精に笑いかけた。
「じゃあ、結局カグツチ塔に行くんだ?」
「うん。アーリマンとかノアとかバアル・アバターとかカグツチとか倒して力を付けてこいってさ」
「辛くないの? アーリマンはともかく、ノアとバアルはアナタの……」
「それがさ、辛いどころかむしろ早く闘いたくてたまらないんだ。
自分の力を試したいっていうか、ギラギラしたいっていうか……
割り切れちゃってるみたいなんだ。昔僕たちは友達同士だったけど、それはそれこれはこれって」
「それ、アタシたちと同じ感覚ね。アタシも他のピクシーたちと出来るなら闘いたくはないけど
実際の命のやりとりに、友達だとかそういったモノは一切関係ないもの」
ピクシーの言葉に、自分が本当の悪魔になってしまったことを改めて実感する。
しかし、目の前に突きつけられた事実に対し湧き上がる感情は、後悔ではなく歓喜。
……真の悪魔ってのも、案外悪くない。
「さて、そろそろ行こうか」
腰掛けていたベッドから立ち上がる。
「カグツチ塔へ?」
「ああ。はじまりを見せてあげるよ」
僕の言葉に、ピクシーは笑って。
「最初はヨヨギ公園までって約束だったのに、とんでもないトコまで付き合うハメになっちゃったわ」
「イヤなら、無理強いはしないよ?」
「バカね。アタシが今更アナタから離れると思う?」
言いながら、僕にしっかりと抱きつく彼女。絹のような白い肌の感触が心地よい。
「アナタはアナタの望むままに、運命も、神も、全てを燃やし尽くしちゃえばいいの。
アタシがアタシの望むままに、アナタのそばを離れないように」
それがアタシたち「悪魔」なのだから……と囁く彼女が、とてもいとおしくて。
「さぁ、行きましょう。最後の闘いへ。アナタの選んだ絶望へ」
僕と彼女は手を取り合って、前を向いて歩き出す。
全てを昏い炎で燃やし尽くし、滅ぼすために。
その紅い瞳を瞬かせながら。
FIN.
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