「堕ちた天使」

目の前には血のように赤い水溜り。
その中心に浮かぶ円盤状のリフト。

ここはアマラ深界。「ある目的」のために、(天使以外の)あらゆる悪魔が集う場所。
僕はここの主らしい車椅子の老人と、老人に付き従う女性から依頼を受けて、「メノラー」と呼ばれる燭台を集めることになった。

…全てが仕組まれたことだったとも知らずに。

僕は邪教の館で、自分の目的に沿った力を持つ仲魔を創り出すようになっていた。
例えば、歩くだけでチャクラを回復出来る仲魔にマカトラの呪文を覚えさせたり、炎に弱い仲魔に炎を無効化する能力を覚えさせたり。
…僕自身がこのように、他の誰かの目的のために創り出された悪魔だったなんて知らないままに。

以前、こんな夢を見た。
同じように東京が壊れ、友は敵となり、魍魎が跋扈する混沌の世界に独り放り出される夢。
でも、夢の中の僕は、僕の想うがままに、混沌の世界を元通りに修復した。
自分以外の誰一人として、それを願ってなんかいなかったのに。

僕はみんなを敵に回した。一番辛い道を選んだ。
でも、それを成し遂げたとき、誰かが僕にこう囁いた。

「お前は、我と同じだ」

今ならわかる。僕は彼と同じ。
彼と同じように自由に溺れた、堕ちた天使。
漠たる死という安息を拒み、苦難の道を歩む、光を敵に回す者。

だから彼は、僕を欲しがった。
敵の被造物であり奴隷であった僕を、強引に己のモノにしようとした。
彼は己の敵と違い、上から縛りつけ強制させることはしない。代わりに、自分の意思で選ばせるように、巧みに誘導する。

…結果、見事に彼の思惑に嵌った僕は、今こうしてここにいる。
このままだと、僕は身も心も人ならざるモノに…彼の所有物に成り果ててしまう。

逃げ道は残されている。選択肢を最後まで残し続けるのが彼のやり方だ。
今からカグツチ塔へ走れば、ひょっとしたら夢と同じように、全てを元通りに直せるかもしれない。

でも、それは出来ない。僕はここに至るまでに…多くのことを知りすぎた。
今まで屠った魔人たちは、僕に希望を託して散って逝った。
この紅い魔界に集まった悪魔たち全てが、僕に期待をかけてくれた。
それを裏切ってまで逃げ出すことは…皮肉なことに、人間としての僕の心が許してくれそうになかった。

…全てが彼の手のひらの上だったってワケか。

僕はふぅ…と息を吐き出した。

後一歩。このリフトに乗れば、全てが終わる。
今こうしていろいろ考えている僕がどうなるかなんて、わからない。
でも、このまま「 」が死んでも…誰も悲しむ者はいない。
未練たらしく前の世界にこだわり続ける亡霊なんて、誰も必要としていない。
だから、僕はこのリフトに乗ることに…自分を殺すことに、何の躊躇いもない。

…ただ、ひとつだけ。

彼は、自分を創った神を裏切り、殺そうとしている。
そして、僕は、彼と同じ。

僕はゆっくりと、リフトに乗った。
紅いマガツヒの泉の中に、リフトはゆっくりと沈んでいく。

「…堕ちた天使。黒き翼の魔王。
 僕はかつて、あなたに殺されました。
 そして、また、あなたに殺されます。

 ただ、これだけは忘れないでください。
 僕が死んで悲しむ人はいないけど、
 僕の仇を討ってくれる悪魔(ひと)は、確実に一人、ここに存在するのだから」

FIN.

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