「少年の叫び」

 

 

 次元の狭間に閉じ込められた飛行船が、『血塗られた聖天使』と共に崩れてゆく。
辺りは激しい光と轟音に満ちあふれ、少しずつ自分の立っている足場が削り取られていくのが分かった。
(僕…死ぬのかな……)
ラムザは薄れゆく意識の中でそう呟いた。
(でも……)
自分にやれることは全てやり遂げた。自分の信じる『正義』に従い全てを終わらせた。
…今、ここで尽き果てても悔いはない。
 そう思い、瞳を閉じたときだった。
「ラムザ兄さんっ!!」
妹の声にラムザははっと意識を取り戻した。
アルマは時空に発生した巨大な渦に今にも呑み込まれそうになっていたのだ。
兄に向け大きく伸ばされた腕は細かく震え、その必死の表情は、死にたくないと叫んでいるようだった。
(そうだ)ラムザは悟った。(まだ終わってない)
 自分を信じ、心から慕ってくれた妹。
 そして、今まで自分と共に闘ってきてくれたかけがえのない仲間たち…
……彼らを死なせるわけにはいかない!
 ラムザはほとんど崩れ果てた足場から最後の力を振り絞って大きく跳び上がり、
全てを呑み込もうとしている渦へ自ら飛び込んでいった。
「帰るんだ!」ラムザは叫んだ。「みんな一緒に、イヴァリースに帰るんだっ!!」
両手を伸ばせるだけ伸ばし、ラムザは妹の腕を掴もうとする。
が、アルマは兄の腕先のすぐ側で、渦の中へ消えていった。
そして、その一瞬後には、ラムザ自身が渦に呑まれつつあった。
「諦めちゃだめだ!!!」ラムザは大きく声を上げた。
「生きてイヴァリースに戻ろう!!! みんなでっ!!!!」
その叫びは妹のためでも、仲間のためでもなかった。
 渦は轟音を轟かせながら全てを呑み込んでゆく。何もかも。ラムザと、彼の妹、仲間をも。
「生きるんだっ……!!」
ラムザが最後に発した叫びは、しばらく空間にこだましたあと、渦に吸い込まれるように消えていった。

 さわやかな風が吹いてくる。かすかに草の匂いを伴った、どこか懐かしい風。
ラムザは辺りに立ちこめている光に気付いた。
そこは、ついさっきまで自分たちのいた次元の狭間ではなかったのだ。
「ここは…?」
ラムザはゆっくり立ち上がり、辺りを見回した。
果てしなく続く草原だった。ところどころに小さく可憐な花も揺れている。
上を見上げると、これも果てしなく続く青空だった。
そこから降ってくる暖かな光は、雪を溶かす春の日差しを感じさせた。
ラムザはしばらくの間全てを忘れて景色に見入っていた。
が、突然妹と仲間の事を思い出し、さっきとは違う目的で辺りを見回したあと、大きく叫んだ。
「アルマ!!」
 アルマはラムザのすぐ傍に倒れていた。ラムザは慌てて妹の具合を確かめる。
…大丈夫。気を失っているだけだ。
 「ラムザ!!」
彼の背後から二つの声が飛んできた。
振り返ったラムザの目に、自分の方へ走り寄ってくるムスタディオとアグリアスの姿が映った。
「よかった、二人とも無事だったんだ…!」ラムザの顔が喜びに輝く。
「それは俺たちのセリフだぜ」ムスタディオがラムザの言葉に笑いながら返した。
「アルマも大丈夫のようだな」アルマの傍にしゃがみ込んでいたアグリアスが安心した様子で立ち上がる。
そんなとき、ムスタディオが何かを見つけたらしく、遠くに向かって大きく手を振り始めた。
「マラーク、ラファ、ここだ!!」
見ると、マラークとラファがキョロキョロと辺りを見回していた。
どうやらムスタディオの声が届いたらしい。こちらを向いたかと思うと、その姿がだんだん近づいてきた。
「みんな御陀仏かと思っちまったぜ…」
「言ったでしょ、死ぬわけないって」
恥ずかしそうに笑みを浮かべるマラークをラファが横からツンツンつついている。
「あ、いたわよラムザたち!!」「なんだ、みんな集まってるじゃないか!」
次々に声が響き、遠くから他の仲間たちが嬉しそうな顔をしながらラムザたちの元へと集まりはじめた。
みんな仲間が無事だったことに喜びを隠せないようだ。
 人の波が収まった後、ラムザは人数を数えてみた。自分とアルマを入れて16人…一人足りない!?
「…クラウドはどこだ?」
ムスタディオが仲間を見渡しながら呟いた。
「あ!!!」そうだ、誰かいないと思ったら、クラウドがいないんだ!!
ラムザは人の束の中から抜け出し、大きな声で呼びかけた。
「クラウドー!! どこにいるんだー!!!」
その声はすうっと風に吹かれ、遠くへと流れ、消えていった。
しかし、返事らしき声は聞こえてこない。
「まさか、クラウドだけ……」
全員の顔が刹那にして緊迫したものに変わった。
「…手分けして、彼を捜すか。でも、アルマをこのままには…」
ラムザが不安な様子で妹をちらりと見たそのとき、アルマの口から小さく声が漏れた。
「アルマ!」
アルマはうっすらと瞳を開け、はっと立ち上がると辺りを見回した。
兄とその仲間が自分を囲んでいるのを認めると、安心したように微笑む。
ラムザは彼女に今までの経緯を話し、自分と共に行動するように告げた。
アルマはコクンとうなずくと、祈るように両手を組み、瞳を閉じた。
「よし、捜そう!!」ラムザの一言で人の束があちらこちらに散らばっていった。

 いくら歩いても、地平線が消えることはなかった。
このまま歩き続けたら、一体どこに行ってしまうのか。誰もがそれを知りたいと願った。
「こんなところ、イヴァリースには無かった…じゃあ、ここはどこなんだろう?」
ベイオウーフがレーゼにそうこぼした。
「まさか、クラウドのいたって言う異世界なのかしら?」
恋人の返答にベイオウーフはうなずいた。確かにそうなら、クラウドがいなくても納得できる。
「そうだとしたら、先に帰っちまったってことか?」
ベイオウーフは空を見上げた。雲一つない、真っ青な空を。
「こう草と空だけだなんて、異世界とやらはとんでもないところだな。
 どうやったら人のいるところに辿り着けるのやら」
ぼやきながらレーゼの方を向いたときだった。
「チョコボ…?」
「どうしたの?」
レーゼの遥か後ろに、チョコボが一匹佇んでいたのを見つけたのだ。
「……違う! クラウドだ!!」
叫ぶなり、ベイオウーフはチョコボ…クラウドの元へと走り出していた。
「待ってベイオウーフ!!」レーゼも慌ててベイオウーフの後を追った。
 クラウドはただ空を眺めていた。その不思議な輝きを放つ瞳と同じ色の空を。
「クラウド、無事だったか。心配したぞ」
しかし、ベイオウーフの呼びかけにクラウドは答えようとしない。
「どうしたのクラウド?」
レーゼの問いにも同様だった。
「…とにかく、みんなに知らせてくるよ。クラウドを看ててくれ」
「わかったわ」
そう言葉を交わしたあと、一人が草原を走って戻っていった。最後の仲間の発見を大声で伝えながら。

 ベイオウーフの知らせを受け、仲間が全員クラウドの元へ集まった。
しかし、クラウドは相変わらず空を見上げたまま身動き一つしない。
「…ねぇクラウド、大丈夫なの?」
ラムザが呼びかけるが、クラウドが正気に戻る気配はない。
「まるで、魂の抜け殻って感じだわ…」メリアドールが不安そうな声を出す。
「………………」
 しばらくの間、クラウドと同じ状態に陥ってしまったかのように、誰も言葉を発せなかった。
辺りに静寂が満ちる。その静寂を破ったのは、魂の抜け殻から放たれた、この一言だった。
「…約束の地」
それはおぼろげに響き、すぐに消えた。
「クラウド?」
「……ここが…そうなんだな…………ス…」
「約束の地って? ここが??」ラムザが問いかける。しかし答えは返ってこなかった。
まるでメリアドールの言ったように、魂だけがどこか別のところへ行ってしまい、
残された肉体は魂の見聞きしていることを虚ろに言葉に表しているだけのようだった。
「本当にどうしちまったんだか…前から変な奴だったけどな」
ムスタディオはもはや諦めているようだ。
「強引に起こしてみる?」セイラがそのたくましい腕をこきこき鳴らした。
「ちょっと、それは危険です!」ジョセフィーヌが慌ててセイラをたしなめる。
「…セトラの民、約束の地へ還る。永遠の幸せが約束された場所」
聞き慣れない言葉が響いた。しかし、それを発したのはクラウドではなかった。
「何言ってんだよテンスベルガー。オマエまでイカれちまったのか?」
シェイカーが傍らの少年の頭をコツンと叩いた。
「…前にクラウドがそう言ってたんだ。約束の地って…何のことかは分からないけど」
頭を押さえながらテンスベルガーがシェイカーに返した。
「じゃあ、ここがその約束の地だってのか? 永遠の幸せが約束された場所!?
 ………冗談じゃねぇ!!!」
突然の怒鳴り声に、クラウドを除くその場にいた全員がシェイカーを振り返った。
「こんな草っ原がそうだってのかよ! 人一人…いや、動物の一匹もいねぇこんな場所が!?
 ふざけんじゃねぇぜ全く!!」
「ちょっとシェイカー、落ち着いて!!」
ヴァネッサがシェイカーを宥めるが、それでシェイカーが落ち着くはずもない。
「それに、どうして俺たちがそんなところに来ちまったんだ!?
 いつまでもボーッとしてねぇで説明しろクラウド!!」
シェイカーはヴァネッサの制止を振り切り、クラウドの肩を掴むと大きく揺さぶりはじめてしまう。
「…セトラの民って何なんだろそういえば?」
シェイカーの暴走のきっかけの半分が自分だと気付いているのか、
テンスベルガーがそんな疑問を誰に問うでもなく口にした。
すると、驚いたことにその質問に答えが返ってきた。
「古代種…地球と会話が出来る古の人間のことだ」
はっきりとした口調で答えたのはクラウドだった。完全に普段の彼に戻っている。
そのことに気付き、シェイカーが慌てて彼から手を離した。
「エアリスが…地球が俺たちを助けてくれたんだ」
穏やかに微笑むなり、クラウドはいきなりラムザの手をぎゅっと握りしめた。
「わっ、な、何クラウド! どうしたの!?」
「ありがとう、ラムザのおかげだ」
「!?!?!?」
「あのときの、アンタの生きようとする叫びが地球に届いたんだ。エアリスが…そう言ってた」
「エアリス???」いきなりそんな名前を出されてもラムザにわかるはずはない。
しかし、クラウドはそんなことどうでもいいといった様子で言葉を続けている。
「あのときお花買ってくれてありがとうって伝えてくれって頼まれたよ。
 あのあと、借金も無事返せたそうだ」
「お花……え、まさかあの花売り!?」
思い出した。貿易都市ザーギドスで花を売っていた一人の女性。
そういえば、クラウドを見つけたのもザーギドスのあの場所だった気がする。
「あの子が、例のセトラの民っていうのか…?」
クラウドはうなずいた。
「でも、ここはセトラ以外の人間は来れない…来ちゃいけない場所だから、
 そろそろ帰さなければいけないんだそうだ………ラムザ」
クラウドはラムザの顔を見つめた。その瞳には、どこか悲しげなものがあった。
「今まで世話になったな。本当にありがとう」
ラムザは、クラウドが転送機によってイヴァリースに召喚されてきたことを思い出した。
「クラウド…僕もだよ。本当にありがとう」
いつの間にか、ラムザの瞳から大粒の涙が溢れ出ていた。
 見ると、風が少しづつ強くなり、周りの景色も薄れているようだ。
“ラムザ………”
強くなる風の音に紛れて声が聞こえた。
“…元気で………”
その言葉が終わるか終わらないかのとき、突然大きな風に襲われ、
ラムザの意識は青空に吸い込まれるかのようにゆっくりと薄れ、消えていった。

 気が付くと、ラムザは大きな本の山の中に倒れていた。見覚えのある光景だ。
「ここは…オーボンヌ修道院!」
帰ってきたのだ。イヴァリースに。
「みんな!!」
仲間も全員側にいた。しばらくすると全員意識を取り戻し、自分たちの生還を喜び合った。
ラムザはそんな仲間たちの様子を涙を流しながら見つめていた。
「兄さん」
アルマが兄の涙をそっと拭った。
「ありがとう。私たちが今ここにいられるのは兄さんのおかげなのね」
「ううん、違うよアルマ」
ラムザは妹を振り返った。
「僕は…あのとき、実は諦めていたんだ。
 でも、アルマを見て、それじゃいけない。まだ終わってないんだって思って…
 僕たちを救ったのは、本当はアルマなんだ。…ありがとう」
ラムザは妹を強く抱きしめた。暖かさが鎧を通り抜けて伝わってくるようだった。
「泣かないで兄さん。せっかく拭ったのに、また顔びしょびしょよ…」
そう言うアルマの顔も、涙で濡れて光っていた。

 
 Epilogue

 廃墟と化したミッドガルの教会の前に、ひとりの青年が佇んでいた。
着古されたソルジャーの制服。チョコボのような髪形。魔晄の瞳。
青年は教会の入り口を塞ぐ瓦礫を軽々と退けると、中へと自然な様子で入っていった。
祭壇の手前に、小さな花畑があった。そして、花の世話をしている女性の姿。
…決してここにいるはずのない……。
「エアリス」
青年の声が教会に響く。
女性が声に反応したかのように立ち上がる。その姿はどこかおぼろげで、今にも消えてしまいそうだ。
「肉体ももう戻って来るはずだ。頼むから、それまで消えないでくれよ」
しかし、青年の言葉に逆らうように、女性の姿はぼんやりと薄れはじめた。
「…やっぱり、ダメなのか?」
青年の顔が落胆に沈む。
「そんなにガッカリしないで」
不意に青年の背後から声がした。
「!!」
そこに、一人の少女が立っていた。
古風な服装に左手から下げたかごからあふれる色とりどりの花がよく映えている。
そして、青年を見つめる大きな瞳は、美しくどこか不思議な碧色………
「ただいま、クラウド!」

                            FIN.

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