「Walking with you...」

 

  子供の頃から、ずっと一緒だった。
 どこかへお出かけする時も、学校にいる時も。
 今だって、一緒にこうして歩いている。
 …それなのに。

「アランシア? どうしたんだ、アランシア?」
 キルシュに声を掛けられ、アランシアははっと我に返った。
「…ん〜ん、なんでもない〜」
「そっか…それならいいんだ……」
 キルシュは安心したように笑みを浮かべた。しかしすぐに真顔に戻り、死のプレーンの灰色の空を見上げぼそりと呟く。
「…キャンディ…どこまで行っちまったんだろう…」
 キャンディ。その言葉を聞くや否や、アランシアは反射的に顔を伏せていた。
(そう…キルシュってば、いっつもキャンディのことばっか…)

 キャンディとガナッシュを追って、魔法学校ウィルオウィスプのクラスメートたちは死のプレーンを訪れていた。
ガナッシュの不可解な行動と、闇のプレーンでキャンディに起きた異変。
クラスメート全員で学校に戻るという目的は、いつしか彼ら二人を追うことに変わっていた。
「しっかし、キスニカ鉱山で見たキャンディ、様子がガラリと変わってたよな…
 オリーブが『エニグマが憑いている』みたいなコト言ってたけど、ホントだとしたらエライことだよなぁ」
カシスが本気とも冗談とも取れない様子でため息をつく。
「ふざけんじゃねぇっ!!」
突然キルシュがカシスの胸倉を掴み上げる。
「キャンディが、あのキャンディが、あんなブサイクなバケモノになっちまっただなんて、そんなことあるもんかっ!!
 俺は信じねぇ! この目で確かめるまで、絶対信じねぇぞっ!!!!!!」
「…わ、わかったわかった! オレが悪かった! だから離してくれよ!」
ものすごい剣幕で怒鳴るキルシュに、カシスは気圧されしてしまったようだ。
「ったく…」
ようやくカシスを解放するキルシュ。
「…エニグマと融合しても、本人の意思が消えるわけじゃないって、バソリモ村のブラウニーさんは言ってたわよ?
 確か、エニグマと同じ波長の思いが増幅される…とかだったかしら?
 その話が本当だとしたら、鉱山の中でのキャンディの行動は、彼女自身の意思によるものだったんじゃないの?」
「そうだとしても、やっぱりキャンディらしくない行動だったよな…あんなヤツだったっけキャンディって?」
アランシアの後ろでは、ブルーベリーとレモンの仲良しコンビが、小声でそんな会話を交わしていた。
「…」
 アランシア自身も、キスニカ鉱山で出会ったキャンディの変わりようには戸惑いを隠せなかった。
他の何を犠牲にしてでも、ガナッシュについていく。
そんな決意が、彼女のセリフ、仕草ひとつひとつからにじみ出ているのがわかった。
アランシアの知るキャンディは、両親や周囲のしがらみに絡み取られていて、そんな思い切った行動の出来る少女ではなかったのに。
(もし…私が…)
あの時のキャンディのように、他の全てを犠牲にしてでも、好きな人と一緒にいたいと思えるのなら。
(……ううん、やめよ〜)
アランシアは物思いにふけるのをやめ、他のクラスメートに歩みを合わせた。

 どれくらい歩いた事だろう。すっかり辺りは暗くなり、ただでさえ不気味な死のプレーンが、より一層その不気味さを漂わせていた。
「今日はこの辺で休まない?」
「そうだな、もうすっかり暗くなっちまったし」
慎重派のブルーベリーたちが、野宿の準備を始めようとする。
「明かりを灯せばまだまだ行けるぜ。もしかしたら、すぐ先にキャンディたちがいるかも知れねぇじゃねぇしよ」
行動派のキルシュが反対意見を述べる。
「いや、今日はもう休んだ方がいい。何つったってここは死のプレーンだ。いつ何が起きるかわからねぇしな」
カシスはブルーベリーたちの意見に賛成のようだ。
「けどよっ…!」
しかし、キルシュは自分の主張を曲げようとはしない。
「そうだ、アランシア! お前はどっちの味方だ!?」
「え〜、私〜〜??」
突然話を振られ、アランシアは言葉に詰まった。
「え、えっと〜〜〜、私は〜〜〜…」
正直に言えば、アランシアも今日はもう休みたかった。しかし…
「どっちなんだよ、アランシア!」
キルシュの必死さが伝わってくる。一刻も早くキャンディに会いたいに違いない。
……………
「…私も、今日は休みたいな〜。もう足クタクタだし〜」
「…そうかよ。ちぇっ」
アランシアまで敵に回しては勝ち目がないと、さすがのキルシュも観念したらしい。
(ごめんね、キルシュ)
アランシアは、小さく心の中で呟いた。

 星一つない暗黒の空だ。
闇のプレーンでさえも、ここまで深い闇に包まれてはいなかっただろう。
 どうしても寝付けずに、アランシアは一人死のプレーンの夜空を眺めていた。
(何で、こんなに重い気分なんだろう…)
ぼんやりと、そんなことを考える。
原因はわかっている。キルシュとキャンディだ。
 女の自分からしてみても、キャンディは魅力的な少女だ。
いつも明るく積極的で、成績もトップこそ取れないが優秀。
自分はといえば、取り柄は音楽しかない。キャンディはおろか、ブルーベリーやレモンに比べても明らかに目立たない部類だろう。
幼なじみというだけで、一緒に遊んでくれる年頃ではなくなったのかもしれない。
(…キルシュもお年頃なのはわかるけど、それを言うんだったら、私だって…)
キルシュがキャンディの話題を持ち出すたびに、不快な気分になる。
ずっとキルシュは自分の傍にいると思っていた。いてくれると思っていた。しかし、それは自分の思い込みに過ぎなかった。
 怖いのだ。キルシュが自分から離れていってしまう事が。
当たり前だったから。ずっと一緒にいて、それが当然だったから。
(…キルシュ…)
そっと、キルシュの寝袋を覗き見る。
「…?」
 寝袋は、もぬけの殻だった。
「キルシュ〜…? ……まさか!?」
まさか、独りでキャンディたちを追って…!?

 闇の中を独り、アランシアは走っていた。
他のクラスメートを起こそうだとか、明かりを灯していこうだとか、そのようなことには考えが回らなかった。
ただ、キルシュがキャンディたちに追いついてしまい、その結果彼まで遠いところへ行ってしまったら…
それしか頭になかった。
「キルシュ〜!! どこにいるの〜〜!?」
声を張り上げて叫んだ次の瞬間、視界の隅で何かが動いた。
「キルシュ〜?」
思わず振り返るアランシア。そして、そこにいたのが何かを確認すると同時に、辺りを包む闇よりも黒い魔力が彼女を襲った。
「きゃ―――――――――!!!!!!」
不意を突かれ、アランシアは地面に倒れこんだ。そして、自分の目の前に立ちはだかったものを見上げる。
「…エ、エニグマ……どうして、ここに…」

「エキウロクリュに呼ばれ来てみたが…思わぬ拾い物をしたようだな」
エニグマが不気味な声で喋りながらアランシアを見下してきた。
 アランシアは、エニグマの目的が自分たちとの融合だという事を知っていた。
そして、宿主となる人間が合意しなければ融合する事は出来ないことも。
決して苦痛や誘惑に負けない強い意思を持てば、そう簡単に殺されはしないはずだ。
「…私は、絶対に屈したりしないわよ〜…」
「くっくっく、お前は知っているのだろう? お前たちの仲間の一人が、我らと融合したことを」
「…」
「羨ましいとは思わないのか?」
「…何を、よ〜?」
「そのキャンディとかいう娘がだ」
一瞬、動揺した。
「…な、何でなのよ〜?」
アランシアの心を見透かしたかのように、エニグマは不気味な笑みを浮かべた。
「知っているぞ。お前がキャンディに嫉妬している事を。他の全てを投げ打って、己の愛する者と生死を共にすることを選んだ彼女に」
「……だから、何よ〜…?」
「我らと融合すれば、お前もキャンディと同じように、他の全てを捨ててでも愛する者に尽くせる力を手に入れることが出来るのだ」
「! ………」
「お前の望むものは全て手に入るようになる。もちろん、キャンディに勝つことだって出来る。
 先ほど名前を言っていた、キルシュとかいう者もお前に振り向くかも知れんぞ?」
ダメ、誘惑に乗っちゃダメ!
アランシアは必死に自分の心に言い聞かせようとした。しかし、それ以上にエニグマの言葉に惹かれる自分がそこにいた。
「どうだ? これでもつまらん意地を張るのか? もっと自分に素直になればよいものを…」
「………」
「ならば、もっと素直になれるようにしてやろう!」
エニグマが魔法を飛ばしてきた。闇魔法の中でも、かなり上位に位置する攻撃魔法だ。
「きゃぁっ!!」
音の精霊の加護を受けるアランシアに対し、音の精霊が苦手とする闇の精霊の魔法は、本来の効果以上の威力を発揮する。
逆に、自分が今使える限りの攻撃魔法を相手に放っても、闇の精霊の加護を受けるエニグマには本来の威力を発揮出来ない。
今ここでエニグマとの戦いになれば、クラスメートやマジックドールの援護のない自分に、勝ち目はない。
このままでは、殺される。
それならば、いっそ………
「どうだ? 少しは素直になれたか??」
「……」
アランシアが口を開きかけた、そのときだった。

 「喰らえぇぇ――――っ!!!! 黒こげジェットォォォォ―――――――ッッッ!!!!!!!!!」

威勢の良い掛け声と主に、大きな炎の塊がエニグマに向かって飛んできた。
「グワァッ!! な、何者だっ!!!!」
不意を突かれたエニグマは、紅蓮の炎に身を焦がし身悶えた。
「アランシア!! 大丈夫かっ!!!!!」
遥か後方から、アランシアに向かって走ってくるその姿は…
「キルシュ―――――!!!!!!」

「アランシア! 何だって独りでこんなところまで来たんだ!?」
「だって、だって〜…キルシュが独りで先に、キャンディたちのところに行っちゃったと思ったんだもん〜!」
「バカかお前は! 俺がお前やみんなを置いて勝手に行くわきゃねぇだろうが! ちょっと離れたとこでションベンしてきただけだっ!
 …とにかく、早く逃げるぞ!!」
「う、うん〜」
キルシュに腕を引かれて、アランシアは走り出した。しかし、
「…バカめ、逃がすものか!!」
キルシュの炎に耐えたエニグマが、素早く二人の前に回り込む。
「くそっ、追いつかれたか!」
「観念して、俺と融合しろ!!」
「嫌なこった!」
「ならば、死ぬがいい!!」
エニグマが牙の生えた大きな口を開け、キルシュを噛み砕こうとしたその時だった。
「ダブルスラッシュ!」
「エクルヴィス!!」
 ほぼ同時に二つの掛け声が響き、次の瞬間エニグマの体を無数の刃がズタズタに切り刻んでいった。
「のわっ…な、何だとおぉぉ……ギャアァァァァッ!!!!!」
 エニグマの体が膨張し、大きな音と共に四散する。
そして、その後ろに現れたのは、カシスたちクラスメート4人の姿。

「ごめんね〜…みんな〜〜……」
 その後アランシアは、何度も何度もクラスメートに頭を下げる羽目になった。
「ったく、アランシアらしからぬ行動だったぜ。キルシュならともかく、お前がそんな早とちりするようなヤツだったなんて意外だよ、ホント」
「おいカシス、それってどういう意味だ?」
キルシュがカシスを軽く睨みつけた。
「まぁ、それだけキルシュのことが心配だったってことだもの。充分反省してるみたいだし、そろそろ許してあげてもいいんじゃない?」
「確かに、キルシュと違って、同じ過ちを二回繰り返すことはないだろうしな」
「おいレモン、それってどういう意味だ?」
キルシュが今度はレモンを軽く睨みつける。
「…とにかくアランシア、もう一人で行動したりしないでね。あとちょっとなんだから」
ブルーベリーの言葉に、アランシアははっとした。
 そう、ガナッシュたちが目指しているという、モギナス魔窟まで、あと少し。
今まで先延ばしにされてきたこと全てに、答えが下されることになる。
真実を知ったキルシュが、キャンディに対しどのような行動を取るのか。
万一、彼女と闘わなければならなくなったとしたら…彼は、闘うことが出来るのか。
(もし、私がキルシュの立場だったら…)
キルシュと、闘うことが出来るのか。
(…出来ない)
 アランシアは、エニグマに襲われた時助けに来てくれたキルシュの姿を思い出していた。
子供の頃、私に何かあると彼はすぐに駆けつけてきて、私を助けてくれた。
…あの頃と、全く変わっていなかった。
それが嬉しくもあり、悲しくもあった。
「…アランシア」
キルシュが、話しかけてきた。
「お前はお前なんだから、俺のマネなんかしなくていい。ただ、いつも通りでいてくれ。それだけでいい。
 何たって、ムチャするのは昔っから俺の役目だからな」
「…うん」
ただ、一つだけ。

力なんかいらない。自分を変えようなんて思わない。でも…
…もう、何があっても、キルシュを悲しませるようなことだけはしない。

「よぉっし!! 日も明けたし、行くぜっ!!!」
皆の返事を待たず、キルシュが先頭を切って歩き出した。
「おい、待てよキルシュ、まだ支度が…!」
慌てて支度を終えたカシスやブルーベリーが後に続く。
「アランシア、行くぜ!!」
「うん〜!」


 子供の頃から、ずっと一緒だった。
 どこかへお出かけする時も、学校にいる時も。
 今だって、一緒にこうして歩いている。
 …それなのに、この時間がいつまでも続くわけじゃない。
 だったら、せめて、今こうして一緒に歩けることを、幸せに思おう。

FIN.

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