File20

- ドラム缶の中 -




奇跡的に残った新生代の植物化石


 バンドをやめてからの私は、ただ漫然とした日々を過ごしていた。この頃の楽しみといえば、同僚に誘われてたまに行くゴルフにくらいのもので、休日のほとんどは怠惰に過ごしていたような気がする。
そんなある秋の日のことだった。私は庭先でタバコを吸いながら外を眺めていた。当時住んでいた家の裏は空き地になっており、どこからか種が飛んできたのだろう、コスモスがたくさん咲いており、ちょっとしたコスモス畑になっていた。私はその花たちが時折吹く風に揺られている様をぼんやりと眺めてため息をついた。
「何かがしたい。でも、何もする事が無い。」
そんな苛立ちを感じていたのかもしれない。
ふと見るとコスモス畑の脇に錆付いたドラム缶が目についた。それは父が封印した化石を納めたドラム缶だった。
「あの時の化石はどうなっているんだろう」
私は他にする事も無いので、興味本位でドラム缶を開けてみることにした。ドラム缶ビニールシートが掛けられ、紐で固く縛られていた。私はカッターナイフでその紐を切り、ビニールシートを剥がし始めた。まるでタイムカプセルを開けるような気持ちになって私はワクワクした。しかし、次の瞬間信じられない光景が私の目の前に飛びこんできた。

ドラム缶の中は水浸しになっていた。

おそらく、長い年月の間徐々に雨水がしみ込んだのだろう、ドラム缶の中はサビ色の水で満たされていた。この状態を見ただけで中の化石がどうなっているのかは、容易に想像できた。
結果は想像通りだった。母岩の柔らかい新生代の化石はほぼ全滅状態だった。ボロボロに崩れ去っていたのだ。固い母岩の古生代、中生代の化石もサビがこびりついたりして、良く分からなくなっているものがほとんどだった。私はしばらく呆然として立ち尽くした。そして後悔した。「もう少し早く気がついていれば...」
気を取り直して、少しはましな化石をピックアップし、洗剤を使って洗ってみることにした。幾分かマシになったものもあったが、かなり色褪せてしまって標本としての価値は半減したような感じがした。
私は涙が出てきた。化石を失った事で、私は少年時代の思い出さえも失ってしまったような気がしたのだ。
「もうあの頃には戻れない」
私はなぜかそう思い込んでしまった。
私はいくつかの標本をダンボールに入れて物置にしまい込んだ。そして、それからさらに長い間化石に関わる事はなくなってしまった。



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