File21

- 復活の日 -




白馬洞にて


 私は九頭竜湖の湖畔に立ち感慨にひたっていた。
この地を再び訪れるのに20年という月日が経っていた。そして、少年時代に夢中になっていた化石採集にもう一度挑戦しようとしている...私の胸の鼓動は高鳴った。

 例のドラム缶事件以来、私は完全に化石のことは忘れ去っていた。しかし、ある人との出会いが私を再び化石の世界へ引き戻すことになった。
 その人は、Sさんといって私の勤める会社の協力会社の方だった。上司から紹介され話を伺っているうちに、上司が「この人は石が好きでねぇ」という話題を切り出した。私は水石のことだと思ったが、とりあえず話を合わせるため「そうですか。私も子供のころ化石を集めていました」というような話をしたところ、Sさんは「私も化石をやっているんですよ」との返事。あまりの偶然で私は驚いたが、それから時々Sさんとお会いして化石の話を伺う機会が増えていった。もともと、化石が嫌いになってやめたわけではない。Sさんとの化石談議は私にとって楽しい一時だった。
 すると段々化石採集をしたくなってくる。採集は化石を趣味とするものにとって最大の楽しみの一つだ。
 このところ休日出勤が多く、代休もたまっていた。そこで私は休みを取り、20年ぶりに化石採集に出かけることにしたのだ。

 行き先は色々迷ったが、白馬洞に決定した。理由はシルル紀の化石は一度も採集したことがなかったことと、ここで三葉虫が見つかっているからだ。私が小学生の時に、ここでシルル紀の三葉虫エンクリヌルスが発見されたという新聞記事が掲載されたのをよく覚えていた。前日は遠足の前の子供のようになかなか眠れなかった。
 前日に白馬洞の産地をSさんに教えてもらっていたが、そこは私が見た新聞記事の場所とは違うように思えた。記事にはバールを持った人が露頭から採集している様子が写真に出ていた。Sさんに教えてもらった場所はあとで行くことにして、あの記事の記憶を頼りに産出地を探すことにした。
 初めての産地はこの時が楽しい。カンを頼りに産出場所を探るのだ。地図を見ると白馬洞の入り口からの道路沿いにいくつか露頭があるようだ。どうも、ここが怪しいと思った。車を走らせながら場所を探したがほとんどコンクリートで固められており、地層が露出している場所がない。ようやくそれらしい露頭があり車を止めて行ってみた。しかし、ここが化石産地なのかどうか分からない。転石を観察すると石の表面に穴が開いており、それがが化石のようにみえた。ところがハンマーで割ると全く層理と関係ない方向に割れてしまうし、化石のカケラも出てこない。1時間ほど探したが、結局何も採集できず場所を終えることにした。どうやら、化石を含まない石を割っていたようだ。

 時間があるので、白馬洞でも見学しようと車に戻ると、一人の中年女性に声をかけられた。「恐竜をさがしているのか」と聞かれたので「いえ、もっと古い時代の三葉虫です」と答えたが、当然よく分からないようだった。この女性と一緒に白馬洞を見学したあと、Sさんに教えてもらった場所にいった。

 そこには白っぽい石灰岩の転石が散乱しており、拾って観察してみると何か入っていそうだ。ハンマーで割ってみるが分離が良くなく、なにも見つからない。しかたなく、何か入っていそうな石を片っ端から湖の水に浸けてみた。すると、層孔虫やハチノスサンゴなどが次々と見つかった。中にはスパゲティ石灰岩と呼ばれる層孔虫の群体の風化して浮き出たものが採集できた。他にはファボシテスクラスロディクチオン(層孔虫)、それにトリプラズマと思われる四放サンゴも見つかった。しかし、産出すると言われている三葉虫や腕足類は全く見つからなかった。ここでは30分ほど探して、やや遅い昼食をとった。

 まだ帰るには時間があるので、以前行った上伊勢に向かってみる。しかし、自分たちが入った産地がわからず結局空振りに終わった。途中、ニホンカモシカに出会ったのが唯一の収穫だった。

 こうして、私の復帰第一弾の採集行は終わった。以降、私はふたたび化石にのめり込んでいく事になる。


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