File22

- ボウズ -




少年時代に訪れた産地もずいぶん様子が変わってしまっていた


 白馬洞で復活して以来、私はすっかり化石熱が再発してしまった。すぐに次の採集に出かけたくて、ウズウズしてくる。しかし、実際に採集に出かけられたのは3ヶ月経った盛夏のころだった。

 行き先は荘川村。Sさんの話によると、アンモナイトが比較的よく見つかるという場所があるらしい。荘川村には父と何度か足を運んでいるが、Sさんの言う産地は私たちが行っている場所とは違うみたいだ。かなりの期待を持って、私は荘川村に向かった。

 予定より早く到着しAM8:30には採集の準備に入れた。車を止めるスペースには何台か車が止まっている。しかし化石が目的ではなく釣りにきている人ばかりだ。リュックを背負い一人林道を歩き始めた。しばらく行くと斜面が崩れている場所があった。転石を調べてみると、それは風化が進んだかなり脆い泥岩だった。私が知っている石は、もっと黒くて緻密な頁岩だったし、この石からはあまり良い化石が出ない気がしたので、もう少し先に進んでみることにした。しばらくすると黒っぽい頁岩の露頭があったが、そこを探しても化石らしいものは何も出てこない。やはり、先ほどの脆い泥岩から出るのかもしれないと思い引き返す。

 そこで探してみると、ここの特徴的な貝「テトリミヤ」が出てきた。やはりこの場所なのだ。しばらくするとトラキアやイタヤガイ科の化石も出てきたが、この場所から出る化石は全て殻が解け去り印象化石になっている上、風化が進んでいるのでもろい感じがする。ここより保存状態のよい標本は以前沢山採集しているし、持ち帰るかどうか思案していると、ハンマーを持った親子連れがやってきた。
「化石ですか?」
と声をかけると
「子供の夏休みの宿題で...」
と返事が返ってきた。
「丁度いいここで取れた化石をあげよう」と思い、取れたばかりの化石をみせると、さほど感心がないような反応だ。よく話しをみるとこの父親はかなり採集歴が長い人らしい。「子供が自分で採集しないと納得しないので...」
「なるほどそういうことか」
と思い子供たち3人の採集活動を見守った。
しばらくすると子供の一人が
「これなに?」
と聞いてきた。見ると半円状のものが母岩から覗いており、そこには明瞭な肋が見える。アンモナイトの住房部に間違いない。臍の部分は母岩に隠れているが、クリーニングすると完全な標本になるかもしれない。
「やられた!」
と心の中で叫んだ。
この場所の転石は随分調べたはずなのに、やはり子供は目がいい。
アンモナイトが見つかって満足したのだろう、親子連れは帰っていった。
私はその後、必死になって、ここの転石を調べた。しかし、アンモナイトを見つけることはできない。しかたなく、私は別の場所へ移動することにした。先ほどの親子の父親がベレムナイトが出た所があると言っていたからだ。しかし、それらしい場所には全く何も見つからず、結局空振りに終わった。

 ここでいったん車へ引き返し今後の作戦を考えた。結論は昼食の後もう一度あのアンモナイトの見つかった場所を探し、あまり成果のないようなら、昔行った産地に移動することにした。食事を済ませもう一度現場に向かった。テトリミヤは出てくるのだが、アンモナイトは一向に出てこない。結局、ここで見つけたものは何も持ち返らず(この時はすっかり頭に血がのぼっていた)昔、通った場所へ向かうことにした。

 その産地は随分変ってしまっていた。草木が覆い茂っているし、産地の面積は以前の半分以下になっているような気がする。しかも、あの漣痕も土砂に埋まってしまっていた。あれだけあった転石もすべて片づけられてしまい、残っているのは固い頁岩の露頭があるだけだ。ここでの採集は無理と判断し写真撮影だけして次の採集地を探すことにした。

 ガイドブックには所々産地がプロットされており、そうした場所で車を止め探すのだが、全く何も採集できない。しかたなく、天然記念物の牛丸の化石を見学することにした。それは、金網を張りめぐらせた小屋のようなところに、テトリシジミの密集したブロックがいくつか置いてあった。しかし、雨風が当たるのだろう、風化が進んでおり、素人が見てもこれが貝の化石であるということが分かるかどうか疑問に思った。

 いよいよ行く場所がなくなってしまった。今日はどうも調子が上がらないので、これで帰ろうかと思ったが、植物化石を採集した場所に行ったことを思い出し、そこに行くことにした。

 狭くて砂利道の悪路を40分ほど走ったところで見覚えのある谷があった。この下で貝や羊歯の化石を採集したことがある。しかし、そこには降りられそうもない。そこではもう少し奥に行ってみることにする。しばらく行くと車の中で寝ている人がいる。釣りに来た人のようだ。きっとこの近くに谷へ降りられるところがあるに違いない。案の定ケモノ道があり、そこから谷に降りられそうだ。しかし、そのケモノ道は思ったより険しく、ずり落ちるように谷へ降りていくことになった。苦労して降りた割には化石は植物片しか出ず、がっかりしてこの地を後にした。ここでようやく諦めがつき、すこし早いが帰ることにした。

 人里に降りたところで強い雷雨に遭う。ワイパーがほとんど用をなさないほどの雨だ。どうやら帰るタイミングはよかったようだ。

 この時の採集行は完全に惨敗だった。どうも色々と場所を移したのが敗因のようだ。次にこの地を訪れたときに、そのことが立証されることになる。



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