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天の足り夜


「風がいっているから、間違いないだろうね」

とある調査を、彼にお願いしていた。
結果は上々であり、思わず笑みが漏れる。

「ヒマだったら君も付合ってくれるかい?クライブとペシュメルガさん達は、構わないってさ」

笑いながら続けると、毒舌家の魔術師は、呆れたように首を振る。
だが、彼の反応にも随分と慣れた今ならわかる。これは了解ということだ。

「もう君にこき使われるのに、慣れたんだよ。僕も、ま、いいけどさ」
「頼んだよ。ありがとう」


軽く頭を下げ、彼の定位置――誓いの石版の前から離れようとしたら、都市同盟軍の軍師が、険しい顔をして待っていた。

背後から、笑い声が聞こえる。
彼にも今後の予想がつくのだろう。――勿論、僕にも大体つくけれど。

「あ〜あ、お説教だね」

そんな言葉に、苦笑してしまう。
これでも、彼なりに気遣ってくれているのだから。

「そうだね、じゃあ」

ひらひらと手を振ると、仕方なしに歩き出す。
非戦闘員相手だ。逃げることも可能だけれども――それは良くない結果しか生まない。

少し前から会話が終わるまで、待っていてくれたんだろう。
僕が近くまで行ってから、やっと口を開いた。

「指揮官気取りですか。少しお話があります」

彼からかけられたのは、痛烈な皮肉と非難の眼差し。


「おわかりですよね。私の言いたい事が」

中庭、池のほとりにやってくると、いきなり切り出された。
分かっている。
いつか注意されるだろうとは思っていた。

「成長中の英雄の前で、実現してしまった建国の英雄は邪魔だ、ということですね」

ましてやその『成長中の英雄』は、名実ともに同盟の旗印だ。大勝利の契機となった狂皇を倒した張本人であり、嘗て都市同盟にいた英雄の養い子であり、そして真の紋章をその身に宿す少年。

「その通り。仲間内にトラン建国に関わった者が居ないのならば、それでも構わない。
けれども、多い。しかも重要な人物たちばかりだ。
よほど、放逐しようかとも考えたが、戦力的に痛いのですよ、貴方も含めて」

名より実だと話す露骨な言葉と、それを僕という相当な立場の者に直に告げられることから、分かることがある。
彼には、アップルにまだ足りないものが備わっている。

大の利のためなら、小を殺すことを厭わない。
多くの人命を預かる軍師としては、不可欠な考えだ。

ある意味では、マッシュよりも有能かもしれない。
レオン・シルバーバーグに近い。


「シュウさん!
そんな言い方ってないでしょッ!!」

突然そこに、少女が飛び出してきた。
たしかナナミという名だったか。同盟軍盟主たる少年の義姉のはずだ。

どうやら立ち聞きしていたらしい。
僕にも、気配を掴ませなかったとは、格闘術の腕は確かなようだ。


「どうして、そんな言い方をするの!
ミツキさんは、ルーシェが無理を言ってお願いしたのよ。それを、そんな!」

彼女は言い募った。

まっすぐだった。
小の為に、命さえも投げ出しかねない純粋さ。
危険だけれども、少し羨ましいと思った。

「いいよナナミさん。本当に、危険なのだから。僕がいる事は」
「どうしてですか!?ミツキさんのお陰で、助かった事だって何度も」

「だからだよ」

ナナミの言葉を、冷たくシュウが遮った。
あまり、相性が良くないらしい。

キッと振り向いたナナミを睨みつけ、彼は続けた。

「これからの、同盟軍の成した事が、彼の戦果になりかねない。
たとえ彼が望まなくてもな。英雄の影響力と言うのは、それ程に大きい」

だからこそ、ルーシェをたてたのだから――と、彼は言外で告げていた。

英雄の影響力か。
そんなものは熟知している。英雄と称えられる立場だからこそ。

「だからって、そんなのミツキさんには……」
「事実だ。考えなしに大きな口を叩くな」

ピシャリと――それこそ、もうお前と話すことは無いと言わんばかりに断言され、ナナミが口惜しそうに、言葉に詰まる。
このままだと、喧嘩になるな。話を打ち切った方がいい。


「私の不注意でした。今後気をつけます」

彼に向かって頭を下げて、彼女の腕をとって連れ出す。



「ミツキさん、本当にごめんなさい」

彼女は、泣きそうな顔をしていた。
彼女が謝る必要はない。そして軍師の青年が悪いわけでもない。

「謝るのは、僕のほうだよ。不快な思いをさせたね」


彼女は目を丸くし、それからぶんぶんと物凄い勢いで首を振った。

「そんな事は、い―んですッ!!
その、あのシュウさんの事なんですけど、さっきのは、多分本心なんだけど、本心じゃないんです。あーもう、なんて言ったらいいのかな……」

混乱してきたのか、整理しようと考え込んでる。
それにしても驚いた。あんな言い方をされても、彼を庇うのか。

「えっと、シュウさんが言ってた事は、多分正論ってやつだと思います。
でも、あの人本当は嫌なんですよ。あんな事をいうのって。
だけど自分が悪役になることで、上手くいくならそれで構わないって、考えちゃう人だから」

それは、僕も思っていた。

レオンとは、違うところがある。
それは、本当は卑劣な手段を、厭っているところ。

そして、似ているところもある。
必要であれば、躊躇い無く実行できる事。

「ああ、わかっているよ」

きっと同盟内でも、彼を悪く思う者は多いのだろう。 それでも彼は、憎まれ役を引き受けることができるから――それならば、可能な限り引き受けるのだろう。苛立ちも嫌悪も憎しみも。

そういう意地っ張りは嫌いじゃない。
だから頷いたら、少女の表情がパァッと喜色に輝いた。

「よかった。ありがとうございます」
「君がいう事じゃないだろうに」

苦笑してしまう。
ふと気付くと、彼女にじっと見つめられていた。

「やっぱりミツキさんって、ルーシェに似てる」
「そうかな」

特に自覚は無いけれど。
少年の童顔ながら落ち着いた静かな表情を思い出し、小さく首をかしげた。

「顔とかは、そうでもないんだけど、雰囲気とかが。立場が似ているからなんですかね」
「どうだろう」

やはり自分では分からず首を捻っていると、彼女は全開の笑顔を見せてくれた。
本当に無邪気な子だ。

「ふふ。すごく嬉しいの。
ルーシェは優しい子だけど、何も欲しがらなかったんです。ただ、与えるだけの子で」

なんとなくわかる気がした。彼は捨てられた子だったという。
多分、いつも恐れていたのだろう。また捨てられる事を。
だから最初から、何もいらないと思っていたのだろう


「仲間の人も、ただ増えていくのを頷くだけだった。
だけど、ミツキさんにだけは、自分から、仲間になって欲しいって言ったから」

小さな村で出会い、毒に倒れた子供をトランまで運んだ。
その時に彼らと同行したんだった。
変わらない無愛想なガンナーや、捻くれた魔術師や、懐かしい忍びの少女たちがいて驚いたことを覚えている。

その中で中心に居た少年が、真の紋章を持っていることにすぐに気付いた。
色々なものを背負った、静か過ぎる目をしていたから。

気になったのかもしれない。
都市同盟と帝国との闘いなんかよりも――彼の行く道が。

だから彼に手助けをして欲しいと言われたとき頷いていた。
あんなにも放浪を続けていたのに。

「今まで、私とジョウイとじいちゃんだけにだったんです。
ルーシェが、執着を持ってくれたのって。だから本当に、すっごく嬉しくて。
あの、ルーシェをお願いしますね」

結婚するんじゃないんだから……
まあ、いいか。

「うん、わかったよ」
「わーい、ありがとうございます。あ、ルーシェ!!」


「じゃあ、お願いしますね」

義弟を見つけた彼女は、パタパタ走っていく。
台風みたいな子だ。

後ろからそっと近づいた彼女が、タックルに近い形で抱きついた。
肩が、直前にピクッと反応したからには、少年は気付いていたんだろう。

それでも、そのままぶつかられるのを待ち、前に倒されていた。
しばし突っ伏し、それから起き上がった彼は、少し怒ったような顔で、義姉に言う。

『いきなり何するんだよ』
『びっくりしたじゃないか』

きっとそんな類の言葉を。
卓越した戦士である彼は接近に気付いていたくせに。
少女の前では、変わらぬ『どこかボーっとした義弟』を演じ続けて。

願わずには、いられない。
互いが互いを深く想う、あの少女と少年の幸せを。
現在の状況から、それがどれほど困難かはわかっているけれど。

そのために、できる事なら力を貸したい。そう思う。

まるで、古代神話の姉弟神、天照と月夜見の如く…………
互いに護るように寄添う、太陽のように元気な少女と、月の如く静かな少年の為に。

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