TOPへ

―Contraries cure contraries― 黒と緑

「FireWall !」
「衛宮、良い発音で格好つけてるところすまないが、その火炎瓶、こちらにも頼む」
「モロトフ・カクテル!!」
「言い替えたところで、所詮は火炎瓶だな」

テンポ良くボケとツッコミを繰り広げる彼らの前は、割と地獄絵図であった。
ホラー映画のワンシーンのように、前面から迫り来るゾンビ的なものに火で対応しているところである。

「ぅあつッ!! 熱すぎてパープルとっくにいないし。あ、言峰、コードで呼べって言っただろ?」

武器なら大概使えるのか、火炎瓶を的確に投擲しつつ、自動小銃の大音響に包まれているせいか、やたら大声で衛宮は文句を垂れる。

「……今、貴様も人の名を口にした気がするがな」

炎の壁と衛宮の銃弾を抜けて近寄ってきたグールを、黒鍵で薙ぎ払いながら言峰は言い返す。

パープル――間桐臓硯は、自身も火に弱い。
地上で頑張るふたりを置き去りにして、蟲に分散し上空に避難済みであった。

『右手40度。距離は25m程度』
「わかった。――PB、標的の位置確認。道を開けるから、術の発動と同時に進め」

間桐の御老人より、敵位置の通信が入る。
途端に戯けた空気も感情さえも消失し、凍えた声で衛宮は指示を出した。

「了解した」
「―――」

不思議な音節による短小節の呪文。

グールたちの足元の土がぬかるみ、その身体を周囲の木々が触手のように枝で絡め取る。

事前の仕込みがあったとはいえドルイドマジック――自然魔術・風水じみた術を使う衛宮の姿に、不思議な笑いが込み上げてくる言峰だったが、身体全体がふわりと魔術的な力に覆われたのを感じ、心を切り替え、表情をなくす。


言峰の身体が僅かに沈んだのを確認した衛宮は、小さなルビーを取り出す。
五大元素使いの小さな天才に、練習用だと魔力を込めさせていたそれを手にし、力を一挙に解放する。

一つしかない才を懸命に磨き上げた遠坂時臣にはおよぶべくもないが、それでも流石は火属性――かなりの炎が、ある一点に向かって猛り、途中のグールどもを排除する。


交差した腕で顔を庇い、燃える屍肉には構わず、言峰は放たれた矢のように駆けた。
間桐の水と法衣に守られ、一瞬でグールに紛れていた死徒の元へ到達する。

「に、人間ごときがッ!!」

炎に紛れての完璧な不意打ちであったが、響いたのは金属同士を打ち合わせるような澄んだ音。

死徒の運動能力は、人間の比ではない。
普通レベルにすぎない死徒でさえ、言峰の黒鍵による攻撃を咄嗟に硬化にした爪で防ぐことができる。

「ashes to ashes, dust to dust」
「くッ、教会の狗どもめ」

言峰を援護するように、――わざとらしく英語にて聖句を唱え銃弾をばらまく衛宮を、死徒は忌々しげに睨む。

何処で買ってきたのだか大振りのロザリオまでこれ見よがしにぶら下げているので、あちらも代行者だとでも思っているのだろう。
実は通常弾と銀の弾丸とが入り混じってるので、全弾喰らってもそこまでのダメージは受けないだろうに、死徒は律儀に銃弾を回避し、同時に言峰の近接攻撃をも防ぐ。

死徒と数合打ち合いながら言峰は、離脱のタイミングを計っていた。

別に死徒と肉弾戦という策が恐ろしいからではない。
走りだす直前に、衛宮本来の魔術の発動を確認していたからである。

「Time alter ―― square stagnat」

固有時制御 四重停滞――という呟きを。


「Release 」

そして今、衛宮の呪文を冒頭を聞いた言峰は、大きく飛びのく。
死徒からではなく――弾丸の檻から逃げる。

「逃がすか……なッ!?」

追撃を――と意気込んだ死徒は、ひどくゆっくりと近付いてくる銃弾に気付いた。

衛宮は左右で全く違う銃を自在に使うことができる。
やたらと音を鳴らす右手の小銃と違い、消音器付きの左手の銃からも、静かに弾丸が吐き出されていたのだ。

但し、加速だけではなく減速も可能な彼の魔術特性が発揮されていたため、その銀の弾丸はゆるゆると進んでいた。

「alter!」

制 御 解 除――呪文の完成に従い、固有時制御が解除される。

死徒の間近にて。
いかな彼らの反射速度でも対応できない至近距離で、弾丸は本来の速度を取り戻す。

「ぐぁッ」

ご丁寧に、こちらは全てきちんと銀の弾丸で。
見事全弾突き刺り、破邪の銀が死徒の身体を焼く。

激痛に悶絶する死徒の視界に映るのは、ゆっくりと近付いてくる代行者と、蟲の群れに呑まれていく眷属たち。

「灰は灰に、塵は塵に」

代行者の静かな祈りとともに黒鍵が飛来する。

痛みと恐怖とに混乱していた死徒は、白銀の刃に腕を、脚を斬り落とされ、芋虫のようにもがいていたところを蹴り飛ばされ、木に叩きつけられ、――――地に落ちなかった。

「A-men」

死徒の胴体と頭を木に黒鍵で磔にし、およそ聖職者とは思えない笑みを浮かべた代行者は、ひどく愉しげに祈りを唱え剣を振りかぶった。




「グール共で回路が残っていたのはごく少数――死徒相手の際は、ワシにはうまみが少ないのう」

微かに『使える』魔術回路を取り込み、使えない有機物部分を土に戻すという、まさに虫やバクテリアのような仕事をさせられていた間桐臓硯は、ぼやきながら人の形をとった。

「御老人は死体みたいなものだろう、彼らも身体の構成に使ったらどうだ?」
「……ほほう、言うのう。おぬしはただただ暴れて、腐れた性根を存分に発揮できて楽しかったかもしれんが、ワシの仕事は繊細で疲れるのだよ。単細胞が」
「……この無脊椎動物が」

険悪な空気に、後始末をしていた衛宮が呆れた様子で振り返る。

「おい、阿呆な喧嘩してないで手伝ってくれ」

盛大に燃やしてしまったため、魔術による修復が必要だというのに、何をやっているのか。

「うむ。この暴力ゴリラでは、複雑作業に向いていないからのう」
「ああ、了解した。脆弱な御老人は、すぐ泣き言を抜かすからな」

ぎりぎり睨みあいながら二人が、自分の方へ歩み寄って来る様に、衛宮は深く溜息を吐いた。

「……妻と母の不仲に板ばさみなっておろおろする旦那みたいな立場に置かないでくれ」

彼ら三人は、それぞれ非常によく似たところと、絶対に違うところがあり、それゆえに『こいつと一緒にされたくない』という気持ちを互いに持っているため、確かにあまり仲がよろしくないのだが、大抵の言い合いは、衛宮と言峰の間で為されるため、このパターン珍しかった。

「あーあ。あと一人、魔術師欲しい。どこか落ちてないかな。戦闘型・分析型どちらでも良い」

兼任は辛い。足りない方を僕がやるからさぁ――とぼやきながら作業を続ける衛宮に、細かいことをやる気は更々ない言峰と、前線に立つ気は毛頭ない臓硯は、同じ感想を抱いた。

その辺に野良魔術師が落ちているわけないだろう――と。





コンビニでのバイト中、年配の御婦人に何かを尋ねられた英国人男性――ウェイバー・ベルベットは硬直した。

ある程度は日本語が理解できるようになっており、また『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』が話せれば大体対応可能なコンビニのレジ業務であったが、今された質問は、彼の語彙にはなかった。
店長はちょうど電話対応をしているし、相手も年齢的に英語を解するとは考えにくい。


「『お線香どこ? 説明は僕がするから、場所を教えてくれればいい』」
「『あ、……ありがとう。そこの真ん中の棚の下から2段目。ろうそくとかの近くです』」

突如、横から出された助け舟。
30歳前後の和服の男性が、流暢な英語でおばあさんの要求をウェイバーに伝えてくれた。
ウェイバーの返答に頷いた彼は、御婦人をそちらへと連れて行く。

「ゴメンナサイ」

線香とろうそくのセットを手にし、レジに来たおばあさんに、ウェイバーは片言の日本語で頭を下げた。

「ううん助かったわ。通訳してくれたのはあの人だけど、教えてくれたのはあなたでしょう?」

ありがとうと。
殊更ゆっくりと話し微笑む女性に、もう一度頭を下げる。

男性にも礼をしようとしたウェイバーは、先に相手から話しかけられた。
勿論英語で。

「で――何してんの? ウェイバー・ベルベット君……だっけ?」

最初は訳が分からなかった。
確かに名札には『べるべっと』と平仮名で書かれているが、ファーストネームが分かるはずもない。

「え? えーと……あ」

軽く混乱したウェイバーは、男の声がどこかで聞き覚えがあることに気づいた。

「セイバーの本当のマスター!?」

電話越しに会話したのみの関係。
それでも、あの感情のない低い声音は記憶に刻まれていた。

「意外だな。気付いていたのか」
「……僕じゃなくてライダーが、セイバーの隣のアインツベルンの女性は、多分マスターじゃないって」

ならば電話の男が、真のマスターではないのか。
推測が正しいのなら、その男はまともではないから、最大限に警戒しろと、王より忠告されたのだ。

扱いから判断するに、ちゃんと大切に想っている相手をデコイという危険な立場に据えて、本人は裏で動く――尋常な精神でできることではないし、ランサーに自ら宝具を破壊させるよう誘導させた手腕といい、絡め手に弱いタイプでは為すすべなく打破されるであろうから――と。

「まだあの家に寄生してるのかい?」

そんな恐るべき元敵は、目は薄暗いものの、気さくに笑いながら、人聞きの悪い言葉を投げてくる。

「寄生って……今は食費を入れてますよ」

……食費だけで滞在させてもらっているのだから、寄生という言葉を否定しきれないのだが。
バイト代は、申し訳ないが、殆どを世界巡りの旅の為に蓄えている。

「苦学生みたいだな。……金曜の夜、飲みか、いや、打ち合わせがあるんだが、もし良かったら来ない?」
「今飲み会って言いかけましたよね」
「おごりだよ」

ウェイバー・ベルベット。
彼は日本人ではない。
だからこれから訪れる状況を避ける為の、とても有名な二つの心構えを知らなかった。

『ただより高いものはない』

『知らないおじさんについて行ってはいけません』





「こっちだよ」
「あ、どうも」

先日の和服とは違い、周囲に馴染むスーツ姿であった。
だが、どこか異質。

金曜日の夜という状況が助長させているであろうサラリーマンの方々が醸し出す平和な雰囲気が、彼には微塵もない。

早まったかなという、ウェイバーの漠然とした不安は、後程確信に変わる。


個室にて、先客に向けて男は妙な事を言った。

「魔術師ゲットだぜ」
「え……ちょッ」

これで魔力針役は任せられると、恐ろしいことを言い出したセイバーのマスターを、ウェイバーは慌てて見上げた。

「……本当に見つけてきおったわ」

呆れきった声音。
振り返ると闇を固めたような老人がいた。
年を取り過ぎていて、何歳くらいなど推測できないが、とにかく老人だと感じた。

渋い色のおそらく上質であろう和服を纏ったやたら『黒幕』という印象を受ける人物だった。

「気の毒にな」

心の篭らない同情の言葉の方に顔を向けると、これまた闇の印象の二十代後半程度の男性がいた。
髪や肌の色から判断するに日本人なのだろうが、それにしては珍しいほどの身長に鍛えられた身体つき。

黒と茶を基調とした上質そうだがカジュアルな装いが、良く似合っている。
だが彼もセイバーのマスターと同様、ごく普通の服装では隠しきれない不穏な空気を纏い、しかも同じくらい目が死んでいる。


正直、ウェイバーはこの時、ジャパニーズマフィアにでも売り飛ばされるのかと思った。
それほどに、この面子は恐ろしい。見た目からして怖い。





「この少年は、ライダーのマスターか?」
「そう、ウェイバー・ベルベット君。時計塔でロード・エルメロイの門下生だった。確か」
「歴史が浅い家柄の出身で、名門の典型――エルメロイと折り合いが悪く、彼宛の聖遺物を手違いで受け取ったのを機にライダーを召喚したのだったか」

人の経歴を勝手に語り合う、死んだ目をしたコンビにウェイバーは凍りついた。

どうしてロンドンでの話まで知っているんだ。
プライバシーの侵害だ――と、ウェイバーは心の奥でひっそりと憤慨した。

勿論、こんな怖い連中相手に抗議する気力はなかったが。


「そういえば僕ら、ちゃんと名乗ってなかったよね。こちらが師である遠坂家当主を刺殺し、アサシンからアーチャーのマスターにクラスチェンジした外道 言峰綺礼神父だ」
「こちらがキャスターのマスターをライフルで射殺し、君の師であるロードエルメロイを婚約者を人質に取った上で殺害した外道 魔術師殺しの衛宮切嗣氏だ」

言峰という神父が異様に詳しかったのは、あの大量に存在した特異なアサシンのマスターだったからで、衛宮という男に情報を掴まれているのは、ライダーが語ったような人物像――油断ならない、裏で暗躍するタイプの敵対者だったからなのだろう。

納得はできた。


ただ、どう対応したらいいのだろうか。
にこやかに互いを貶したのち、至近距離で睨みあう連中の無駄な殺気と迫力に、ウェイバーは困惑していた。

こんなのを仲裁するなど、冗談ではない。

少年の戸惑いを救ったのは、第三の人物であった。

「ワシは間桐臓硯。御三家間桐の隠居爺で、おぬしに分かるように言うなら、バーサーカーのマスターの父親じゃ」

正しい対応は『放置』のようだ。

小声で――日本語なので内容はよく判らないが、雰囲気的に罵倒しあっているらしい衛宮と言峰のことは構わず、間桐の老人は経緯をざっと説明してくれた。


言峰神父は仕事と彼自身の都合半々で、間桐と衛宮は純然たる彼らの都合のみで、冬木に潜む犯罪者や、悪意を持って来訪する死徒や魔術師を秘密裏に始末しているのだという。


「……犯罪者は大都市だからまだ分かるけど、死徒や魔術師がそんな頻繁に?」
「ここは日本でも有数の霊地で、更に大規模な混乱があったからね」

当然の疑問には、言い争いが落ち着いたらしい衛宮が応じた。

「しかも管理者はまだ幼いツインテロリ幼女だし、ちょくちょく馬鹿が、根を張れないかと来るんだよ」
「髪型は関係ないだろう。……彼らを説得するのに、時間を取られがちで少々困っている」

説得(物理)ってやつだけどね――と混ぜ返す衛宮と、またも睨み合いを始めた神父に対して、ウェイバーはおずおずと切り出した。

「協会に報告すれば、ある程度の抑止力になるんじゃない……ですか」
「確かに君の言う通りだが、借りを作ってしまう。更に当主の管理能力がどうこう難癖付けられかねん」

後見人としては、望ましくない事態だと重々しく告げる言峰を、衛宮は鼻で笑った。

「という建前の奥のホンネは?」

問いに、真面目そうな表情ががらりと変わった。
さっきこの人、神父だと確かに言っていたよなぁ――と、ウェイバーが不安になる笑みを浮かべ、言峰は正直に思いを口にする。

「妙案を思いついたとノコノコやってきた愚か者どもが、絶望に打ちひしがれる様が結構愉しい」
「歪みねぇ歪みっぷりだね。まあ僕も間桐の御老人も、魔術師の身体には用があるんで、協会には黙っていたい」

身体に用。
衛宮の不吉な言葉に、肝心な部分を聞かされてないと、ウェイバーは気付いてしまった。

仕方なく、嫌々ながら、訊ねる。
魔術師たちの処遇――というか末路について。

「私がある程度いたぶり」
「僕がぎりぎりまで血を吸いあげ」
「ワシが身体を美味しく頂いておる」

なんて嫌な三段攻撃だと、ウェイバーは顔を歪めた。
意気揚々と霊地を乗っ取りにきた迂闊な魔術師たちは、搾りかすすら残らないほどに搾取されているようだ。


「今までの説明で、大体は分かったかな」
「あ、はい。一応は」

理解が早くて助かると笑った衛宮に合わせるように、言峰がさりげなく杯を置いたことにウェイバーは気付いた。
二週間にも満たない短期間だったが、死地に在った経験は、彼を確実に成長させていた。

ここからが商談だ――と続けた衛宮の表情に、ウェイバーは小さく息を呑んだ。
その『商談』を断る権利はあるのだろうか。

「お願いしたいのは、敵位置・情報の分析、および魔術的観点からの後始末。戦闘は基本、僕と神父が請け負うから前線に出ることはないはずだ」
「……僕の腕は未熟です。ご存知でしょう?」

これだけの情報を収集済みの彼らだ。

倉庫街で師に恫喝され震えていたのも、隙だらけだと侮られて暗殺者に襲われたのも、騎士王の聖剣から未熟なマスターを庇うために征服王が戦車を捨てたのも、知られている可能性は高い。

「座学の優等生は要らないんだ。大切なのは、殺し殺される場を知っていること」

僕らだって魔術師としてのランクはそう高いものではない――嘯く彼らは、完全に実戦派なのであろう。
確かに研究している姿が、全く想像できない。

「実戦というリスクを負うだけのメリットは? あと断る権利はあるんですか?」
「ああ――本当に、話が早い。断られても殺したりはしないよ。記憶を弄る程度だ」

衛宮は、あっさりと非道なことを口にする。
だが、口封じの可能性さえも覚悟していたウェイバーとしては、正直なところ安堵してしまった。

「君が得るものは魔術の実践、死地での多大な経験値。および、ぶっちゃけ金銭。ただし、コンビニのバイトは続けた方が良い」
「え、どうしてですか?」

危険に付き合せておいて、まさかコンビニの時給以下しか寄越さない気なのか。
そんなウェイバーの不安に応じたのは、言峰の方だった。

「簡単な話だ。寄生さ……寄宿先の方々に、収入源をどう説明する気なのだね」
「……なぜ寄生って言いかけるんですか」

この死んだ目コンビ、実は仲が良いんじゃないかと思わされるものがあった。
どこか似ている。

「それと日本語の勉強になる。日本語、頑張りなよ」

先日助けられたこともあって、衛宮の更なる容赦ない言葉に反論できなかった。

「……みなさん英語堪能ですよね」

そもそもこの場の会話は、全てウェイバーに合わせて、英語で為されているのである。
年配の間桐臓硯までもが何の問題もなく。

「英語の他に、独語、仏語、伊語、中国語辺りは会話可能だ」
「言峰からマイナス イタリア語、プラス スペイン語だな。ロシアもぎりぎり行けるかな」

あっさりと列挙するマルチリンガルなオッサンどもに、ウェイバーは顔を顰める。
何だって、そんなに無駄に多才なのか。

幼い頃から巡礼に同行していた言峰と、同じく逃亡の繰り返しであった衛宮は、努力や才能からではなく、環境によっての多言語習得なのだが、ウェイバーには知る由もない。

「……英語ならどこでもある程度は通じるじゃないか。大体、あなた達は母語が日本語っていう面倒な言語だから、他の習得も早いんじゃ――」
「ワシは日本人ではないが、日本語も英語も支障ないぞ」

懸命に搾り出した抗議は、間桐臓硯に握りつぶされた。
彼の本名はマキリ・ゾォルケン。れっきとした外国人だという。


「英語は世界の公用語なんだ」
「まあ、語学談義はとりあえず置いておいて――時計塔の若き魔術師殿」

とうとうブツブツ言い出したウェイバーに苦笑しながらも、衛宮は口調を改め、真摯に一礼する。

「我らに力添え戴けますか?」



聖杯戦争に参加した『最強の魔術師』は、間違いなく時計塔の天才魔術師で、それに比肩していたのは、名門遠坂の当主だった筈だ。
だが、彼らは命を落とした。

戦争の勝者は、おそらくこの死神のような黒の男たちのどちらかなのだろう。

「……こちらからお願いします」

生き抜く心得を、勝利する手腕を得る為に、なによりも――――かの王に相応しい臣下となる為に、ウェイバー・ベルベットは再び戦場に踏み入った。