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―Contraries cure contraries― 緑のグロースカーブ

いつもの飲み会 ―― ではなく、魔術師たちの打ち合わせの場で、大抵議長的に進行をこなす衛宮切嗣が、口を開いた。

「ウェイバーくん170cm突入おめでとうの会ーー」

ひとりでパチパチと手を叩く彼の姿に、個室の温度が気のせいでなく下がった。

「……衛宮、今日の議題はそれか?」
「いや、そんなはずないだろう」

剣呑な目つきで睨む言峰綺礼に、衛宮はアッサリと首を横に振った。

「サブは、外来の魔術師たちのことだよ」
「そちらがサブなのか。私は多忙の身なのだぞ」
「ふーん、多忙。……多忙ねぇ。ウチで、しょっちゅうだらだらするほど多忙だよなぁ。公務員や社史編纂室勤務辺りと、どちらが忙しいか良い勝負じゃないか」

いつものが始まったが、スルースキルEXを誇る間桐臓硯は、孫のような魔術師を、それはめでたいな――と祝った。
最近はすっかり慣れ、スルースキルAに達する成長株のウェイバーは、ありがとうございます――と頭を下げた。

「だが、おぬし、もう21か22歳ではなかったか? まだ伸びるものなのか」
「無理な魔術修練が成長を阻害していたらしくて、ある程度控えたら、自然と身長も伸びてきたんです」

コンプレックスの一つであったものは、自分の焦りが引き起こしていた。
がむしゃらに足掻いていた視野の狭さに気付くにつれ、色々と連鎖的に劣等感は解消されていき、今のウェイバーには余裕も出てきた。

絶賛喧嘩継続中の死んだ目をしたオッサンたちに、ごく自然に話し掛けられるほどに。

「で、魔術師がどうしたんですか。あれ、……『たち』?」
「そう魔術師たち。冬木で消息を絶つ連中のことが少し噂になってて、組んでやってくるらしい」

胸倉を掴みあったまま、衛宮は器用にも、ポンッと資料を投げ渡した。

相変わらずのぶ厚さであった。
どんな情報網を抱えているのかと、一度問うてみたウェイバーだったが、衛宮は笑って答えなかった。


「へーー、アトラス院の錬金術師と人形師。実在するんだ」

資料に目を通しながら、ウェイバーは驚きのあまり声に出してしまった。

「ほう……連中が穴倉から出てくるとは、珍しいこともあるのう」

臓硯の呟きに、ウェイバーは同感だと頷いた。
巨人の穴倉とも呼ばれるアトラス院は、閉鎖的なイメージが強い。

所属する魔術師たちも、研究畑タイプが圧倒的多数を占めるはずだ。

「どこにだって一定数の異端は居るんだろう。外界に不慣れな自覚もあるようで、フリーランスの案内人まで雇ってる。6ページ目参照」

いつの間にか己の分の資料を捲っていた衛宮が、すっかり冷静な口調で説明する。
指示されたページには、見るからに研究職ではない面構えの男の写真があった。

「実践派の魔狩人系。確か昔、彼とは組んだこともあったはずだ」

正直あんまり記憶に残ってない――と言外で告げる衛宮に、ウェイバーは何か嫌な予感がした。

衛宮は良い意味でも悪い意味でも、プロ意識が高すぎる。

味方であった者も、対立した相手も、終わってしまえば感情を碌に残さない。
そもそも彼と『仕事で対立した相手』が、落命する可能性が非常に高いという前提条件も大きいのだが、とにかく割り切る。投げ捨てる。

だが、もし生き残った場合。
相手も彼と同じくドライであるとは限らない。

――ぶっちゃけ目の前に居る人物が、まさにそうなのだ。

「相手はどうだか。魔術師殺し、貴様は嫌われ者だからな」

わざわざ異名を口にして挑発した言峰に、衛宮は満面の笑みで応じた。



「ああもうッ! ストーーーップッ!!」

しばらくは我慢していたウェイバーだったが、さすがに限界に達し、座したまま居酒屋のフォークとナイフで高度で馬鹿な喧嘩をしていた二人を怒鳴りつけた。

「行儀悪いし、キンキンうるさいッ!!」

分析たちが真面目に資料を熟読しているのに、実戦担当たちは何を遊んでいるのか。

「Mr.衛宮。この男、あなたを狙わないですかね? もしそうなら、動きがかなり読みやすくなると思うんですが」
「プロが戦略完全無視かい?」

手にしたままのフォークをくるくると玩びながら、衛宮は苦笑した。

「悪感情を持っていても、僕だったら……それはしない」

ましてや『外』に不慣れなお客様を抱えた状態では、まずないだろうと否定された。

敵たちの戦闘技術と精神構造。
戦場候補とその近くの分析・支援場所を何点かピックアップし、いつも通りの流れの確認作業。

相手が複数であっても、すべきことに大差はないとの説明が衛宮から為され、計画の詳細へと移る。




影絵のような世界。
恐ろしいほど人気がなく、静かすぎる夜の街を、三体の魔力を持つ者たちがゆらゆらと進んでいた。
線の細い男ふたりが先を歩き、それなりに鍛えられた男が少し後に続く。

「これは十中八九……」

僅かに気配を撒きながら移動するその様子に、魔術と物理的観点双方から監視していた衛宮は呟きを洩らした。

「誘われてるな」
「食い破るのか? それとも上から罠を被せるか?」

隣に立つ相棒もどきの問いに、衛宮はしばし思案した後、結論を支援部隊にも通達した。



冬木大橋の中央に差し掛かった魔術師たちは揃って足を止めた。
彼らが振り返る前に、銃弾と黒鍵とが、その身体を貫く。

ぱたりと血も流さずに倒れた仲間二人には目もくれず、人形師の資料と同じ顔をした男は、剣を身体から生やしたまま、ゆっくりと振り向いた。

「ふん、下種な殺し屋どもが」

並び立つ死神のような黒の男たちの前で、奇妙なほど乏しい表情の男は、焦ることなく魔術を発動させた。

互いに誘い込んだ戦場――冬木大橋の向かいから、わらわらと多数の人影が現れる。

ごく普通の人形師であれば質か量か、どちらかしか重視できない。
どうやら今回の敵は、量の方を選択したようだ。
それでも一般の人間など容易に凌ぐ性能を誇るであろう大量の人形を見据えながら、衛宮は肩を竦めた。

「強大なボス一体じゃなくて、ゾンビ系雑魚大量パターンだったな。まあ並レベルの人形師なんて、こんなものか」
「なんともつまらぬ展開だな」

心底落胆した様子で、言峰は呟いた。

本当に、ただただ素直な感想。
物を壊すなど、つまらない。彼は生命を消したいのだから。

「君の趣味・嗜好はどうでも良いけど――結構まずいな」
「ああ、非常にまずいな」

多数の雑魚で戦闘要員を包囲する。
近くにある大きな魔力反応は一つ――当然、人形師のもの。

ならば人形と入れ替わり姿を消した錬金術師とフリーランスの魔術師は、どこへ、何をしに向かったのか。

「ちなみに今のって、人形師本人じゃないよな」
「確実に人形師を模した人形だろう。自分が人形師だったら、本体を敵の前に晒すか?」
「する筈がない。はぁー、本体を探すのも僕らがやるのか――――グリーンたちが危険だ。急いで潰すぞ」





人形遣い――本体は隠れると予想される術形態の為、戦場――橋の下にて、それなりの規模の捜索術を仕掛けていたウェイバーは、糸を断たれる感覚に顔を上げた。

「逆探知!?」
『しまった、捕捉されたな。やつらに知らせてくるから、どうにか凌いでおけ』
「……ここからでも、蟲で連絡取れますよね。それ逃げてますよね」

思わず突っ込むウェイバーを残し、無情にも間桐臓硯の気配は消えた。
確かに発見された後方支援部隊など、危険極まりない立場だが、即座に逃げるのはチームとしてどうなのだろう。


「ああ、居た居た。アレですよ、アレが探索係」
「見つけたぞ。凡俗の魔術師よ」

師の威圧感を数段ランクダウンさせたようなインテリ然とした男と、衛宮を柄だけ数段悪くしたような男が揃って現れた。
間違いなく、衛宮の資料にあった錬金術師とフリーの魔術師であった。

冬木大橋の方へちらりと視線をやったウェイバーに対し、フリーの魔術師は無駄だ――と告げた。

「あのバケモノ共なら、人形師の先生が使役最大数で足止めしてるぜ。観念しな、お嬢ちゃん」

そもそも魔術師殺しは救援になんて来ないと嘲笑う、魔術師としては珍しい程野卑な男の言葉に、ウェイバーは心底――安心した。

こんな敵で良かった――と。


衛宮たちに巻き込まれてからの数年間、ウェイバーはただサポートに徹していたわけではない。

目指すものがあるのだ。
優れた先駆者たちに、教えを請うのは当然のことだった。

間桐臓硯は、回路が衰退していく子孫にも支障なく魔術を行使させる為に、ウェイバーが漠然と考えていた効率的な魔術運用法を既に確立していた。

言峰綺礼は、魔術師の家系ではない。
ゆえに少ない魔力量で魔術師や魔物と渡り合う為に、要所要所、必要な時のみピンポイントで、素早く強化魔術を発動させることに長けていた。

衛宮切嗣は、人間一体を無力化するには、状況に応じた急所を、一定以上の威力で『うて』ば良いと教えてくれた。

魔力でも打撃でも斬撃でも銃弾でも手段は問わない。
ある程度の威力だけが必要なのだと。


「捕らえろ」
「了ーー解。その可愛い面、苦痛で歪めてやるよ」

落ち着き払ったウェイバーを警戒することもなく、男たちは優位を確信していた。
錬金術師が冷酷に命じ、魔術師がにやけ面でゆっくりと歩き出す。

「……なあ、オマエたち、何しにきたんだ?」

逆であったなら。
敵チームの戦闘力に乏しい分析役を、彼らが捕捉していたなら。

声など掛けない。姿は見せない。
まず、手足を蟲に喰いつかせるか黒鍵で斬るか銃弾で貫いていただろう。
そして痛みと衝撃にパニックになった相手の魔術の発動を防ぐ為に、喉を潰し、礼装を奪う。

そこまでした上で、やっと接触するはずだ。

「あ? 言うじゃねぇか、お嬢ちゃん」
「殺してはならんぞ。奴らの情報を得なくてはならん」

途端に苛立ち牙を剥く粗野な男も。
状況を理解しないインテリ然とした男も。

等しく価値無く愚かだと思った。



その時、上方――橋から、轟音が響いた。
大量のヒトのカタチをした浮遊もできないモノなど、地雷の良いカモだったのだろう。

まだまだ続く爆発音に、男たちは不安を隠せず橋を見上げ、注意をそちらに向けてしまった。

爆音などとうに慣れているウェイバーは、案内役の男の方へ自然な動作で踏み出し、二歩目で活歩――八極拳の歩法にて、地を滑るように移動し、瞬時に間合いを詰めた。

振り返り、目を見張った男が行動する隙など与えない。
震脚にて――殺戮神父ほどではないが、体格に不釣合いな轟音で大地を踏みしめ、魔力で強化した肘を叩き込んだ。


世の中には己を基点とした高位結界を引き連れて移動可能なレベルの化け物も存在するらしいが、そうそう出会うもんじゃない。
大抵の魔術師が咄嗟に張れる防御結界など、高が知れている。

ゆえに結界への対策など簡単なもの。
一点に攻撃力を集中し打ちぬけ。

嘗て第一線で戦っていた魔術師殺しは、そう教えてくれた。


男も辛うじて結界を張ったようだが、教えの通り大した強度ではなかった。
すくい上げるような鋭い肘が結界を砕き、いわゆる裡門頂肘が、男の喉元に綺麗に入った。

三人から嫌と言うほどに学んだのは、実戦の――殺し合いの場での躊躇などしてはならないということ。
教えに忠実に、微塵の迷いなく打ち出された攻撃は、粗野な魔術師の声を確実に潰した。

悶絶する男には構わず、ウェイバーが残った錬金術師に向き直ったのと、その男が礼装らしき杖を取り出したのはほぼ同時。

脚力を強化し飛び掛ろうとしたウェイバーは、既に不要であると気付き足を止めた。

「う……うぁ、な」

男の顔面に、一際グロテスクな蟲が飛び掛る。
礼装を手にしているのだから、簡単な魔術で退けられるだろうに、嫌悪感を催す外見に混乱した男は狼狽し、蟲を引き剥がそうともがいた。

それは致命的な隙。

微かな風切音と共に、礼装を持つ錬金術師の細腕を、よくこんなにも刺さるものだと感心するほどの本数の黒鍵が貫いていた。

「ひ、ぎゃぁああ……」

耳障りな悲鳴は、すぐに止まった。

背後に現れた黒衣の男が、錬金術師の後頭部に消音器付きの拳銃を当て、引き金をひく。
平手打ち程度のパンッという乾いた音が鳴り、錬金術師は崩れおちた。

「構わんのか?」
「そっちが本命だ。言葉が分かる程度に喉を治癒してくれ。あ、手足は外せ」

頷いた聖職者が、薄い笑みを浮かべて喉を押さえ蹲る男に歩み寄る。

あと一歩という距離で、男が急に跳ね起きて大型のナイフを振りかぶったが、全くもって無駄な抵抗であった。

言峰は冷め切った表情で僅かに下がり、ミリ単位で避けていた。

挙句、男を先程飛び上がった以上の勢いで、地に叩き落とす。
威力のあまり軽くバウンドした男の背を、縫うかのように無慈悲に踏みぬいて動きを止め、右手を取り、肩関節に足を置いた。
ごきり、めきょりと気分が悪くなるような音と、声にならない悲鳴であろうヒューヒューという息遣いだけが響いていた。


「治したぞ」
「ご苦労さん」

うつ伏せに倒れたままの男の背に無造作に座った衛宮は、靴裏を男の後頭部に乗せ、まず最初に地面に叩き付けた。
そのまま男の顔面をぐりぐりと地に押し付けながら、やっと口を開く。

「引きこもりどもに話を持ち込んだ意図は?」
「魔術師殺し……テメェ、殺す。必ず殺してや」

男の悪態は途中で止まった。
音も無く眼前に立っていた聖職者の殺気に気付いたのだろう。

衛宮が男の髪を掴み、上体をぎちぎちと反らさせる。
強制的に言峰の眼差しと対面させられた男は、おそらく恐怖にて目を見開いた。

「あ、や、止め」

踵が男の顔面にめり込む。
衛宮が頭を固定している為、勢いを流すことさえ許されていない。

ゴッ、ガッ、ドガッと鈍く短い音が連続して鳴った。


「意図は?」

再度静かに問う黒い二人と赤に塗れた男から視線を逸らしたウェイバーは、逸らした先で、まさにクライマックスだった臓硯のお食事風景を目の当たりにした。

「Oh……前門のバイオレンス、後門のスプラッタ」

ある程度慣れたこととはいえ、愚痴がこぼれた。
先程の錬金術師が、鮮度を大切にとばかりに、早速頂かれているようだった。

集中を切らさないように気を付けながら、双方から目を背けた。
今日の夜景はいっそう綺麗だな――などと考えていたウェイバーだが、途切れ途切れの供述内容に思わず振り返り、覚悟していた以上の赤い光景に視線を戻した。

「……そんな。真の依頼者は時計塔だって?」

結構な行方不明者数に、調査に着手したのは時計塔。
依頼された男が、魔術師の頭数を揃えるために、外に興味津々だった穴倉の下っ端連中に接触して噂を流し、彼らの方から依頼させるように、根回ししたのだと。

依頼人の立場や目的など。
内容が核心に近付いてきた為、あくまで時計塔に戻る予定のウェイバーは、知るべきではないことだと判断し、意識を更に遠くへと飛ばした。


タンッと小さな銃声と濡れたモノを叩き付けた音が、ほぼ同時に聞こえた。


「Mr.衛宮、質問があります」

少し待ってから、ウェイバーは振り返り、少しばかり低い声で問いかけた。

「何なりとどうぞ」

返り血も浴びずに立ち上がった男は、笑顔で続きを促した。

『僕だったら……それはしない』

打ち合わせで衛宮はそう答えた。
戦略を考慮せず、感情だけで動くプロはいないと。

――悪感情と戦略とを併せて考え、敵の非戦闘者を先に抑え、何らかの交渉に出るという手段にでる可能性は、衛宮ならば読めたのではないだろうか。

「……わざとコイツら逃がしませんでした? その方が手っ取り早いから、この男が感情で動きつつ、戦略上も適っている行動を――――ボクの方を狙うであろうと読んだ上で」
「いやぁ、ホントに大人になったねェ」

全肯定だった。
全く悪びれていなかった。

「罠を食い破るって言ったじゃないですかッ! 嘘だったんだ。大人って……大人って汚い」

敵の罠を予想以上の力で破ることで生じる動揺を狙うから、フォーローを頼むと確かに言ったのに。
実際は、罠に罠を張る手法を選択していたのだ。

「まあ臓硯さん居たし、今の君なら大丈夫だと思ってさ」

偉かった、凄かった、おかげで助かったよと、わしわしと頭を撫でる衛宮に、本当にこの人、口は巧いし、能力を最大に発揮することを強要するが、それをきちんと褒める飴と鞭の達人だし、礼は必ずするし、人誑しだよなぁとウェイバーは呆れ返った。

撫でるその手は、たった今引き金をひいたものだし、囮にされたのだと明言され――彼の苛烈さを目の当たりにしていても、嬉しく思ってしまうのがまた凄い。

そして僅かに感じる、横からの黒い殺気が真剣に怖い。
何故だか据わった目をしている黒の聖職者に背を向けて、刺すような視線から逃れようと試みた。

向いた先――しゃがんで血を採取する衛宮と、順番待ちの御老人の作り出す凄惨な光景に、何処見てもグロだなと少し疲れたが、ウェイバーは思ったほど動揺していない自分に気付いた。
気付いてしまった。

ずいぶん黒に染められつつあるな――と、戦場に慣れてしまった自分自身に小さな溜息を吐いた。

初めて死体を見たのは、キャスターの工房だった。
歪な愛情すら込められた作品たちは特殊だったとはいえ、今の自分はあの時ほどの衝撃は、おそらく受けまい。

「……ボク少し変わったよ、ライダー」

『汚れちまった悲しみに』という名言が、むなしくウェイバーの脳裏をぐるぐると回っていた。