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―Contraries cure contraries― 黒のデクライン

「はい、綺礼。これ、頼まれてたルビー」
「ありがとう凛……どうした?」

差し出した手のひらには、何も乗せられていなかった。
訝しげに見下ろせば、勝気な碧の瞳が悪戯っぽく煌いていた。

「ルビーばかりね。私の練習の為なら、もっと色々な種類をくれても良いのよ」

事情を見透かしたように笑う天才少女に、兄弟子兼師匠は苦笑した。
確かに殆どが『火』、時折『地』程度では、この才気溢れる五大元素使いには退屈だろう。

「ふ……死徒相手に使わせてもらうには、火が汎用性が高い」
「やっぱり実戦で使ってるのね……練習用レベルを。はいどうぞ」

やっと手に乗せられたルビーは、ただ美しいだけではなく、見るものが見れば判る力が充溢していた。

「ま、私の技術への信頼と受け取らせてもらいますか」

才能の塊が弛まぬ努力を続けているのだから必然であるとはいえ、誇らしげに胸を張る少女の成長は、凄まじいものがあった。
言峰は立場こそは、兄弟子兼第二の師匠ではあるが、純粋な魔術師としての実力では、現時点でも勝負にならない。

そんな小さな上級者に、言峰は昔から持っていた疑問をぶつけた。

「私にも魔力を込めることは可能かね?」

一通り基礎を学んだ後は、高価な宝石が必須であるという現実的な面倒ごともあって、それきりであった。
だが仇敵用の保存食・非常食としては、血より余程向いているのではないか。

「お父様から基礎を履修済み――けど、確か宝石はあまり向いてないって判定だったのよね……そもそも素養のある器に、機能を限定すればあるいは……」

考え込んだ凛の呟きの内容に、言峰は首を傾げた。

機能の限定は、わかりやすい。
属性こそついてしまうが、彼女の宝石魔術は込められた魔力をタイムラグなしで発動するための魔力庫。その汎用性こそが利であり、難易度を跳ね上げる難点でもある。

だからこそ防御結界なり攻撃術なり、限定した機能のみを合図とともに発動するように設定するならば、格段に容易になるのだろう。それは理解できる。

「素養のある器とは? ありとあらゆる物体との相性を判定しなくてはならないのか」
「あなたにとっての素養じゃなくて物自体の素養よ。よく人形に霊が憑いて――なんて話があるでしょう」

霊的現象が皆無――とは断言できない。
だが、ヒトのカタチを模ったものに、想いを感情を込めて語りかけ抱きしめるなど、本来はとても恐ろしい行為なのだという。ほんの少しの才能があれば、情念は簡単に魔力となって流動するのだという。

ちょっとした才能持ちの一般人や多感な世代辺りにも可能なのだから、曲がりなりにも魔術師ならば――と、小さな魔術師サマは結んだ。

「凛……市松人形を片手に闘う代行者は」
「ものの例えよッ!! 思い入れがあって元々魔術的な力が強いものなら、可能性が高まるっていう話!」

家――教会に帰ったら、ロザリオや聖書辺りから、手当たり次第試してみたら――という妹弟子の示唆を心に留め、言峰は遠坂邸を後にした。



「あ、いらっしゃーい」
「……私以外だったらどうする」

帰宅前に寄った先で、明るく出迎えてくれたのは黒っぽい主ではなく、緑っぽい青年――ウェイバー・ベルベットであった。
確かに宝石を届けるのと手合わせを頼まれてたのとで、来訪の予定を伝えてはいたが、彼が顔を出すのはどうなのだろう。

「Mr.衛宮があんたが来たって教えてくれた。ちなみに彼は、まだ眠いってごろごろしてます」
「10時過ぎに眠い……だと?」

それは言峰には理解できない感覚だった。
どれだけ自堕落な生活をしていればそうなるのか。

そんなこと良いから道場行きましょう――と、やたらと意気込むウェイバーは言峰を急かせた。

「ふふふ、今日は秘策あり! アーチャーとバ一チャをやりこんだんですよ」
「……それは良かったな」

にッと快活に笑う若き魔術師に背後に、言峰は金の居候の笑顔を幻視した。
妙なところで仲良くなっているのは知っていたが、彼の為には付き合いを控えさせた方が良いのではないだろうか。
少なくともリアル達人相手の対策に、格闘ゲームを参考にする精神は、誰かが止めてやるべきである。

「まあそれでも、君の成長はとても期待している」
「壊すなよ。うちも――ウェイバーくんも」

口元を歪め小さく呟いた言峰に、咎める言葉が掛けられた。

「承知してい……その格好はなんだ」

渋い声で為された忠告に振り返った言峰が見たものは、掛け布団を肩に羽織った衛宮切嗣であった。
正直、そんな間抜けな姿を見たくなかった。
眠くて寒くて――などと真顔で答える相手から、言峰はそっと目を逸らし、見なかったことにして道場へと向かった。



態勢の崩れたウェイバーに止めとばかりに、遠心力をも加え、凶器と化した言峰の長い腕が襲いかかった。

丸太を振り回すような凄まじい音にウェイバーは顔を引きつらせながらも、ガード部である両の掌に強化を集中し、受け流す。
みしりと不吉な音がしたが、骨に影響が出るほどではないと判断し、強引に言峰の長い手足の内側に身体をねじ込んだ。

唯一ともいえる有利な――超至近距離より、相手の守りを開きそのまま剄を叩き込む、攻防一体の一手、双纒手をかます。

「おぉ……惜しい」

一瞬ヒュウと口笛を吹きかけた衛宮は、苦笑して手にしていた布団を広げて、予測地点へ移動する。

ウェイバーも気付いていた。
腹部に喰らわせた筈の渾身の一撃は、いつの間にか戻された左腕で防がれていた。

必死に後方へ跳ぶウェイバーを嘲笑うかのように、それ以上の速度で言峰が距離を詰める。
鋼鉄の塊による体当たり――鉄山靠をまともに喰らい、ウェイバーのいまだ軽量級な身体は、文字通り弾け飛ばされた。

壁に叩きつけられるまさにその瞬間に、ばさりと布団が間に入る。
勢いを殺しきることは当然のことながら不可能なので、衛宮の最大の力にて、床に向かって布団ごと引き倒す。

「ぐごぇ」

作用反作用の法則に従い、ウェイバーの身体はそれなりの勢いで前へぼとりと倒れ、顔面を床で打って間抜けた声をあげた。

「……Mr.衛宮、これはこれで痛いです」
「壁にめり込むよりはマシだって。僕、しばらく壁にくっついていたからね。本当に」

突っ伏したままのウェイバーの搾り出すような抗議を、衛宮は笑顔で聞き流した。
うちっぱなしのコンクリート壁にめり込んだ身体は、しばし重力に逆らった。彼まであんな目に遭うことはない。

「自分から同じ方向へ跳んで威力を抑えるのは良い判断だが、それで壁に激突しては無意味だろう」

他人事のように評価を下されたウェイバーは、恨めしそうに、平然とした様子の加害者を見上げた。
彼は、最大限に威力を殺すよう努力した。それ以上の――重戦車のような勢いで突進してきたのは誰なのか。

「……ボクの後方に跳んだ力、精々二割程度。殆どがあんたのせいですよね。あと、なんでわざわざ鉄山靠? アキラ倒せるようになったボクへの嫌がらせですか」

バ一チャなファイターの主人公格、八極拳系列の武術を使うアキラの代名詞ともいえる大技が鉄山靠。
だがゲームに明るくない言峰が、そんな事を知るはずもなく、偶然の一致だったのだろう。無表情ながらもキョトンとしているのが分ったウェイバーは、一度深い溜息を吐いてから、床から身体を剥がした。

「だけど本当に強くなったね。惜しかった。避けるのがとても上手い。目が良い……というより観察力があるのかな」
「ああ、観察力が素晴らしい」

どうやらお世辞などではなく褒めてくれているらしい。そう理解したウェイバーは、少し照れつつも誇らしく思った。
確かに今回は、結構良い所までいけたのではないかと自負していた。

「では傍観者からの感想。まあ僕の体術なんて、今の君に比べたら下だから参考程度に留めて欲しいんだけど」
「あ、はい。お願いします」

ウェイバーは思わず姿勢を正した。
彼からも講評があるのは珍しい。それほど、今回は惜しかったのだろう。

「受けて捌いて内に入って攻撃までがわずか一呼吸、とても良かった。君は見る余裕なかっただろうが、言峰が本気の表情で防御を戻した。とにかく急いで、利き腕では間に合わないから左手で」
「今の君の剄をまともにもらったら、しばらくは動けまい。必死にもなる」

楽しげに笑いを噛み殺す衛宮が気に障ったのだろう。わずかに不機嫌になりながらも、言峰がかなりの危機であったことを保障する。

「その後の逃げが考えた結果なら、君の選択なのだからそれはそれで正しいが」
「……いえ、とにかく逃げないとダンプに轢かれるとしか」
「…………私は人間なのだが」

つまりはそれが選択ミスだったのか。
そう目線で問うと、衛宮はそうとも限らないと否定した。

「躱せれば、むしろ最良だったさ。けれど現実には、この追尾式ミサイルが追ってきた」
「だから私は人間だと――」

言峰の抗議を、二人揃って無視した。
素手で大木をへし折り、コンクリを叩き壊す者は、基本的には人間とは呼ばれない。

「完全に間合いに入っていたんだから、防御を打ち抜くほどの剄でもって、もう一撃入れるという手もあった」
「……そうすると君の攻撃力と私の防御の真っ向勝負になる。抜ければ勝ちであり、駄目ならば直後に私の完全な一撃を喰らうデッド オア アライブという賭けだな」
「それって、デッド率が七割くらいじゃないですか」

ウェイバーは疲れた声で応じながらも、攻撃を続けた方が生存率が高かったのだと理解し、実戦で同様の機会があれば、そちらを選ぼうと学習した。
こうして彼は、どんどん物騒な思想に染められていくのだが、残念なことに自覚はなかった。

「で、そろそろ良い時間だし、お昼食べてくかい?」
「お前は朝食だろう」

言峰の突っ込みは黙殺しつつ、息子が用意した御飯と汁物があるから、おかずだけ作るという衛宮に、ウェイバーは素直に頷いた。
組手の予定があった為、朝食を控えていたので、かなりの空腹を覚えていた。

「ちなみにおかずは何にするつもりだ?」
「麻婆豆腐」
「ひッ」

ウェイバーの小さな悲鳴があがった。
だが、頂くと返事してしまったものを、今更取り消すことは出来そうもなかった。



ふっくらと炊けた白いご飯。三つ葉の香りが心地よい汁物。
そして赤い豆腐。

「……あれ?」

決死の覚悟でぱくりと一口いったウェイバーは、予想外の味に驚いて素直な感想を述べる。

「あ、本当に思ったほど辛くない。ちゃんと美味しいです」
「さりげなく酷くないかい?」

某地獄のマグマ的なものを想像し、恐れおののいていたウェイバーだが、彼にも問題ない範囲の『辛口』であった。
尤も、泰山の麻婆豆腐をとうとう受け付けなくなってしまった衛宮が、限界ぎりぎりの辛口を模索しているのだから、通常人でも食べられるのは、当然の話なのだが。

「辛みは足りんが、悪くはない。……お前のようにがさつな者でも調理が出来るのだな」
「あのなぁ……『あるものでさっと作る』のは難しいけど、材料買ってきてレシピ通りに調理するなら、失敗する方が難しいだろ。ちょっと貸せ」

いや食べる――と、皿を抱え込もうとした言峰を、味を直すだけだと納得させた衛宮は、言峰分の皿を持ち去り台所へと向かった。

衛宮切嗣の調理姿に興味が湧いたふたりは、その背をなんとなく眺めていた。

意外にも手馴れた様子で中華鍋でひき肉を温めなおし、赤いビンを手に取り蓋を開ける。
思わずウェイバーが『うわぁ』と呟いたほど赤い中身――豆板醤をどばしゃあと投入し掻き混ぜ、火を通すことで風味と香りを高める。

2〜3段階は赤みが増したソレを再度手渡された言峰は、満足した様子で頷いた。

「うむ、これなら……ところで衛宮、にんにくと生姜はどうした?」
「香りが強いのは苦手でね。自分で作るなら抜いちゃおうかと」

確かにそういった薬味の類は入っていなかった。

「……ネギは?」
「野菜好きじゃなくて。以下同文」

確かに野菜の類も入っていなかった。

「………………それでは挽き肉と豆腐ではないかッ!!」
「豆板醤も甜麺醤も花椒もラー油も使ってるッ!!」

がーッとやりあうアホ二名から目を逸らし、ウェイバーは自分の分をもくもくと食べ続けた。
本当に美味しかった。

「シンプルで食べやすいと思ったら、色々抜いてるのか」

好き嫌いの問題のように衛宮は話していたが、本当にそれだけなのだろうか。
香りが強いものは、もう無理なのではないか。

昔は衛宮も鍛錬に結構付き合ってくれていたのだが、今では物騒な講義のみ。
元から戦闘者としては比較的細身ではあったが、今は痩身といえるレベル。

何よりも――彼らが喧嘩をしなくなった。

言い争いは今も絶えない。
が、いつからか、どちらが先にもう喧嘩にならない――と気付いたのかは分からないが、なくなった。


アーチャーに連れられて、日に弱い間桐の老人以外の面子で、ゲームセンターに行ったことがある。

そこから先のストーリーが気になるのだ――と偉そうにふんぞり返る金色の財布が、代金は負担するからと、衛宮に無理矢理プレイさせたゲームがあった。
ウェイバーとアーチャーによる協力プレイでは、どうしても四面――最終の一つ前の面の壁を越えられなかったのだ。

研究所に溢れるゾンビを倒すガンシューティングだと聞いたとき、彼はなぜか非常に嫌がったのだが、結局は諦めて見せてくれた。

初プレイだと言うのに、ミスはたったの二回。最初の救助対象の研究員を撃ってしまったのと、ラスボスの猛撃を一撃喰らったのみ。
最初は説明役としてウェイバーがプレイヤー2側に入っていたのだが、面が進むにつれて足手まといになってしまうので、最終的には衛宮一人で、自分の分+ウェイバーが残した1ライフでの二丁拳銃状態による、ワンコインクリアとなった。

曲芸的なプレイかつほぼノーミスという技術に、ギャラリーが集まってしまった程であった。
何かのスイッチ入ってしまったらしく、衛宮の表情はまさに戦闘機械といった冷徹なもので、一般人が見たら引くこと間違いなしの状態になっていたのだが、幸い二丁拳銃という派手なパフォーマンスの方が目立ち気付かれていなかった。

「基本ヘッドショットで、絶対に左右で同時に弾切れしないようにしてるんだ。すごいな」
「……ッ」

ぎりッと歯を食いしばるに音に、怒っているのかとそっと横を見たウェイバーは息を呑んだ。

普段の言峰は、人をくったような薄笑いか、外向けの穏やかな表情をしている。

だが、その時は――怒りと憎悪と憧憬と羨望と諦観と。
なにもかもが入り混じった複雑な表情で、言峰は衛宮の横顔を見ていた。

玩具の銃だからこそ、あれだけ自在に扱えていたが、おそらく今の衛宮には本物の銃は重すぎるのだろう。
『仕事』で使用する銃が、素人目でも判るほど、小型のものが増えた。

ウェイバーも魔術師の端くれとして、解呪は当然試みてみた。
優れた治癒魔術の使い手で、ある意味では当人よりも回復を願っている神父も同じく。

だが、この世の全ての悪意など、個人で太刀打ちできるはずもなく。
常人であればとうに狂死するほどのものを背負いながら、衛宮切嗣は緩やかに朽ちていた。

「……ゴチソウサマデシタ」
「お粗末さまです」

日本語での食後の挨拶に、衛宮は反射的に、口喧嘩を中断して同じく決まりの言葉を返した。
海外生活が長くとも、そんなところは非常に日本人らしかった。



衛宮邸を後にし、町をふらふらしていたウェイバーは、日本人のたどたどしい英語とイギリス英語との会話に足を止めた。
どうやら同国人が道を尋ねているようなので、手助けできるかと振り向いたウェイバーは硬直した。

「ウェイバー君じゃないか!」
「うわあ」

やたら爽やかな声にて名を呼ばれる。
そこにいたのは、時計塔に所属する魔術師。一応同じ師に属する立場ではあるが、彼の方は相当な名門出身の魔術師であった。

「久しぶりだね! 長らく休学しているから心配していたんだよ」
「ひ、久しぶり。……なんで日本に?」

相変わらずのテンションの高さに若干引きつつ、少し声を落としてウェイバーは尋ねた。

ただの観光ならば文句などない。
だが、冬木を訪れる魔術師の目的と命運は、ほぼ決まっている。

案の定、ああちょっとね――などと言葉を濁した相手に、ウェイバーは微かに顔を歪めた。

他人の死には、正直かなり慣れた。
だが、彼は魔術師としては珍しく一般的な意味での『良い人』で、赤子同然の家柄と蔑視されることも多いウェイバーにも分け隔てなく接してくれていた。

「……時計塔の連中と一緒に来てるのか」
「ああ、三人で――あ、うん、ちょっとした視察で」

応じてから誤魔化す相手の素直さに、少し気分が悪くなった。
素直で名門で典型的な魔術師――彼らにとっては、格好の獲物だ。

ホテルまで案内し、エントランスで別れたウェイバーは、重々しい溜息を吐いた。
魔術師が連続で失踪している土地で魔術師と会い、宿泊先まで教えた。迂闊にも程がある。


ウェイバーはしばらく悩んでから、衛宮に連絡を入れた。
相談したいことがあるので、急ぎで皆を集めてくれないだろうか――と。



夜間の緊急会議ということで、会合の場として選ばれたのは、間桐邸であった。

「……怖」

同じく魔術師の根城でありながら、衛宮邸の開放された造りとは根本から違った。
澱んだ瘴気のようなものに顔を引き攣らせながら、若き魔術師は、魔窟に足を踏み入れた。

「今日の発案は、ウェイバー君です。どうぞ〜」

衛宮のこういうノリには、もはや皆が慣れきっているので、誰も突っ込まなかった。
話をふられたウェイバーは、真面目な顔のままで口を開いた。

「はい、今日顔見知りの時計塔の魔術師と、新都で会いました。Mr.衛宮、該当する情報掴んでますか?」
「……早いな。そういう動きは聞いてたけど、もう来日してるとは思わなかった」

大体の経緯を説明し、宿泊先は特定してあると結んだウェイバーに、衛宮は当然のように頷いた。

「素晴らしい。よし、爆破しよう」
「ストップ。それについてお願いがあるんです」

今すぐにでも動き出しかねない状態の黒衣の殺し屋の服の裾を、ウェイバーは必死で掴んだ。
強襲する為に把握したのではない。むしろ逆であった。

「彼には色々助けられた――良い人なんです。どうにか助ける方法はありませんか?」

その為ならどんな指示でも従うと、完全に覚悟を決めた表情をするウェイバーに、衛宮はターゲットの属性を訊ねた。

「火と風のダブルです」
「それってかなり厳しくないか」

魔術など関係なくとも分る自然の摂理――風に煽られた炎は、どこまでも勢いを増す。

「面倒だな。そんな才能持ちで名門の長子が、何だってこんな危険な案件に手を出したんだろう」
「……長子だけど後継者じゃないんです。『優秀』レベルなのでそのまま研究職になる予定で」

尤もな疑問に、ウェイバーは答えた。
衛宮の資料には名門の長子としか記載されていないのだろうが、時計塔では割と有名な話であった。

二重属性、しかもひとつは風という希少種を得た長子よりも、五大元素外の例外属性である妹が後継に選ばれ、家が管理する霊地も彼女のものとなる。
時計塔で十分な地位を約束されていながらも、僻地の霊地の簒奪などに興味を抱いた原因は、それだろう。

「時計塔では『矮小な青崎家』と揶揄されることもあって……そんな焦りもあって、他の連中の口車に乗ったんだと思うんです」

優秀な兄と、後継者である尖った妹。
確かにそれは、封印指定の魔術師である姉と魔法使いの妹という規格外の某家のスケールダウンともいえた。

「それはお気の毒さまだね。まあ良いよ」

助けること自体は構わないと衛宮は頷いた。当然のように、但し――と注釈が続いたが。

「僕らは普段通りにやる。――僕らより先に、君がその手で無力化させるんだ」
「そんな無茶な。そもそも邪魔になってしまいますよ」

あの凄まじい襲撃の間に入れというのか。
大体、動線でうろちょろしても、邪魔にしかならないのに。

「または金銭で、君が『その人物を助ける』依頼をする。報酬三回分で手をうつよ」
「う」

投資が特技レベルに達している間桐、現役時代に散々稼いだ衛宮、居るだけで金が入ってくる座敷わらし的なものと同居している言峰。
そんな彼らは形式上、ウェイバーを雇っており、結構な報酬を支払っている――その三回分。

金銭と学友の命を、真剣に天秤に掛けて悩むウェイバーに、衛宮はおそらく本命であろう代替案を出した。

「じゃあ、もう一つ譲歩案。君が誘い〜その他作戦一式を立案し、ノルマ一人一殺で君がその男を担当する。僕らが終わるまでに、その男を済ませればミッションクリア」

時間的猶予も難易度においても金銭面でも、一番マシなその提案に、ウェイバーは力なく頷いた。


「まず納得できる作戦を練ること。僕らを妨害するのも禁止。頑張ってね」

資料一式を抱え、よろよろとした足取りにて出て行ったウェイバーの背に、衛宮は呑気な声を掛けた。
そんな彼に、呆れた様子の非難の声が両側からあがる。

「貴様、本当に外道だな」
「人の心を持たぬのか、おぬしは」

お前に言われたくない――そんな返しをしたくなる言葉を、外道な聖職者と非道な魔術師から投げられた外道な魔術師殺しは、心底嫌そうに顔を顰めて反論した。

彼の為でもあるんだよ――と。

「どういうことだ? 名家の魔術師としては、稀少なレベルで『まとも』な人物だと言っていなかったか? 容易く裏をかき――助けられるだろう?」
「おぬしなら、その男だけ助けることに意味を持たせ、恩すら売れるであろうに」

ある意味では信頼されているのだろう。
簡単なことを、どうしてしてやらんのかという文句に、衛宮は肩を竦めて応じる。

「初代に等しいウェイバー君にさえも分け隔てなく接する名門の魔術師。本当に人格者だとしても――何割かは処世術だろう。跡継ぎになれなかったことに、名門であればあるほど、本人の能力が優れているほど、忸怩たる思いがある」

魔術師としては珍しい、スポーツ万能で人格者で外見まで良いという多角的な優れっぷりが、資料を見た時から気にはなっていた。
己の価値を少しでも信じる為に、色々と努力しているのだろう――と。

「感心な人格の持ち主が、心の奥底ではどこか見下していた格下の魔術師に、必死な様子で救われるんだ。きっと彼の良い味方になるだろう」
「裏を読んだ上でか……本当に外道だな」
「人の心を持っておるからこそ酷いな」



翌朝、目にクマを作って衛宮邸を訪れたウェイバーは、計画を語った。
殆ど寝ずに高レベルの作戦を立てたウェイバーを労いつつ、衛宮は、十分に使えると承諾した。

「ネックは宝石と君の負担が大きいくらいか。宝石はすぐ用意するから、言峰に急いで頼もう」
「お願いします。何とか一日は余分に稼ぎます。親切ごかしてホテルを訪ねて、冬木の観光案内をするつもりです」



「ここに魔術の痕跡が……」
「あるか? ん、確かにほんの僅かだが……」

それはウェイバー会心の魔術痕跡であった。
大体の痕跡は消し、同門である魔術師たちの探索法ならば微かな違和感に気付けるように、細心の注意をもって作成した撒き餌。

見事な分析力で発見した時計塔の魔術師たちは、用心深く――罠へと近付いていく。


かなり離れた場所にて、機械的なセンサーが、罠ポイントに人間が現れたことを知らせる。

「さて……まともな魔術を行使するなど、いつ以来かのう」

青の宝石を手にした老魔術師は感慨深く呟くと、久方ぶりの呪文を唱えた。

古来より民間にさえ存在する基本的な魔術、雨乞い。珍しい『火』と『地』以外の属性に、天才が張り切って魔力を込めたもの使用して、老成した魔術師がごく狭い範囲に対して行使したそれは、常識外のレベルで発動した。

「何だ急に」
「冷た」

まさにゲリラ豪雨。叩きつける雨に辟易する魔術師たちは、それが攻撃の意図など含まない、あくまで猛烈な普通の雨であった為に反応が遅れた。
視界すら危うい中で、雨と闇に紛れながら現れた影たちに、反応できた魔術師はいなかった。

ウェイバーの作戦のコンセプトは、とにかく気付かせないこと。

一切の魔力使用を禁止されていた為に、言峰も黒鍵ではなくぶ厚いナイフでもって、担当する魔術師へ襲いかかる。
衛宮が無造作かつ確実に総頚動脈を斬りつけ、言峰は刃を寝かせ肋骨の守りを避けて心臓に突き刺し止めに捻りを加える。

魔術師ふたりの身体からほぼ同時に大量の血が噴きだすが、雨が洗い流す。

「う、うわ」

残されたひとりは、暗闇と豪雨と仲間の血飛沫に恐慌をきたした。

能力を活かす為に、そして師という素晴らしき手本が居た為に、彼は己の二重属性を複合した状態で考えすぎていた。
だから大雨に怯んでしまい、咄嗟に魔術が使えなかった。
風を使えば、突進してくる学友を止めることは可能であったかもしれないのに。

「……ごめん」

でも死ぬよりはマシなはずだから。
とうに覚悟を決めていたウェイバーは、突進の威力ものせてローキック――八極拳でいうところの斧刃脚を叩き込む。

たまらず崩れ落ちる魔術師の延髄に、両肘を揃えて落とす。
勢いを追加され地面に激突した魔術師が、意識を失っていることを確認してから、ウェイバーは顔を上げた。

「ぎゃッ」

なんとか押し殺したが、悲鳴が漏れた。
血塗れのナイフを構え雨に濡れた黒衣の男がふたり、すぐ傍に立っていたのだ。ホラーの世界だった。

「Mission complete.」

とりあえずの魔力補給なのだろうが、ナイフに付いた血を舐めながら、無駄に良い発音で衛宮はサムズアップなどしてみせた。

「殺人鬼みたいですよ……大丈夫ですよね?」

力なく魔術師殺しに突っ込みを入れた後、傍らの人体破壊のオーソリティーに対してウェイバーは問いかける。
同じく血塗れのナイフを衛宮に返却してから、言峰は屈みこみ魔術師の身体を乱暴にひっくり返した。

「ふむ……脛は結構な怪我だが、脳の方は問題ないようだ」
「う、やっぱり折っちゃいましたか」
「見事に折れている」

ざっと診断した言峰は非常にイイ笑顔で頷いてから、魔術師の身体を小脇に抱えて立ち上がった。



「う? ウェイバー君? ここは……ッ!?」

魔術師は、最初状況が全く掴めなかった。
目が慣れ顔見知りを発見し、投げかけた言葉を途中で飲み込んだ。

椅子の背もたれに向かって座らされ、両足と左手は椅子に縛り付けられていた。

だが、問題はそれだけではなく。
足元ぎりぎりまで魔道の産物であろう蟲に囲まれ、左右の黒衣の男たちから、銃と刃物とを突きつけられていた。


「ボクはオマエを助けたい。だから殺さなかった」

本当のことだ――と、昔からは想像も付かない声音と瞳で、ウェイバーは告げた。
このまま死ぬか、ギアスを受けた上で時計塔に彼らの用意した報告をするか、選択しろと。

魔術師は素直で単純な性質ではあったが、愚かではなかった。
おそらくは、今生きていること自体が、学友による最大限の温情なのであろうと察した。


「死にたくはないから君らに従おう。だが時計塔にどう釈明する? 十分に説得力のある何かは用意してあるのか」

彼は明るくて優しくて素直で――優秀な魔術師であった。
混乱することもなく、静かな瞳で落ち着いて問う学友の右手に、ウェイバーはここ数日必死で仕上げた資料を渡した。


聖杯戦争の多数の犠牲者たち。
その中で偶然、魔術的資質を有していた死者が、魔術師という輩に巻き込まれ、殺されたのだと知り、大規模な霊団を築き、死した場所の近くを通った魔術師を襲い、取り込み、怨霊と化し、さらに力と憎悪を増していた。

元々、時計塔に帰った時にウェイバーが使うつもりだった『冬木の異変』の説明。
荒唐無稽というほど在り得なくはなく、だが知らずに訪れた並レベルの魔術師が犠牲になってもおかしくない程度には、突拍子もない原因。

こつこつと捏造証拠を蓄えていた為、仕上げは急ぎであったが、それなりの『説得力』が揃っていた。

「私は仲間を失い、……それでも解決したで良いのか? あまり霊体に有効な能力ではないのだが」

納得できる資料にもう一度頷いた魔術師は、結果が少々苦しくないかと疑問を呈した。
応じたのは、黒衣の薄暗いふたり。

「命からがら逃げた君は、救いを求めるのさ。元代行者であり、聖杯戦争の生存者が神父を務める、冬木の教会の話を思い出して」
「神の救いを求める者のために、我が教会は常に開かれている。――魔術師であっても例外ではない」
「……聖堂教会か。理解した」

聖堂教会ならば、霊体に対する信頼性に何ら問題が無い。証拠も残さず滅してしまっても、その苛烈な性質上おかしくはない。
助けて貰った立場な上に、接点の薄い機関に所属しているのだから、殲滅を抗議することもできない。


蟲と刃と銃に囲まれたままで、魔術師は、手足の拘束だけは解かれた。
刃に右の指を押し当て、噴出した血で左の手の甲に家紋を描く。

それを学友に掲げ、誓いの言葉と呪文を紡ぐ。

「君に救われた命だ。これからの私の栄誉も業績も、家ではなく君に捧げよう。君に従い、君に誓おう」
「ちょッ!? 時計塔に黙ってくれればそれで」

ウェイバーの制止は間に合わなかった。

血による陣が一瞬光を放ち、魔術師の手に灼きついた。
ウェイバーに捧げられた誓いの証は、彼のみに見え、彼の命に従い、所持者を誅する。

魔術師は、彼自身の優れた魔力によって己を厳しく束縛してしまった。

「……そこまでしなくても良かったんだよ」
「彼らを説得して、助けてくれたんだろう。ありがとう」

怪我を負い、つい先程まで拘束されていた魔術師が、本気の目で繰り返し頭を下げる様子に、ウェイバーはストックホルム症候群という言葉を思い出した。

基本的には己に甘い衛宮たちが、今回に限って異様に厳しかった理由に、ウェイバーはようやく気付いた。

必死に――懸命に助けさせる為に。
命を助けられた聡い魔術師が、自分からウェイバーの尽力を察して深く感謝し、これからも支援するよう仕向ける為に。

時計塔で何の後ろ盾も持たない一介の魔術師に、有力な支援者を与えることが目的だったのだろう。

「あ、うん。……何かゴメン」

ある意味で、自分が巻き込んだことを理解したウェイバーは本気で謝り、ギアスを絶対に使わないと誓った。
そして時計塔に戻ったら、あくまで友人として接しようと決心した。



支援を求めないその謙虚な態度がますます魔術師を感服させ、表から裏から時計塔の名物講師を支え続けることになるのだが、それはまた後の話であった。